第75話「ランドフィア王都攻防戦(5)」
「なにをなさるのですか!? ジュリアンさま!!」
聖女が目を開き、ジュリアン王子を見た。
俺もおどろいた。
いきなり王子が聖女に『首輪』をつけるとは思っていなかったんだ。
「罰するべき者を間違えております。魔王はあちらです!! 倒すべき邪悪な魔王は──」
「もうやめるのだ。カザネ」
「どうしてですか!? どうして私に首輪を!! 病に倒れられた国王陛下を治療し続けてきた私を!!」
「──黙るがいい」
「……ひっ!!」
聖女が青ざめる。
ジュリアン王子の声は完全に、冷え切っていた。
「カザネよ。君に『首輪』をつけた理由は簡単だ。魔王よりも、君を放置している方が害が大きいと判断した。それだけのこと」
「ど、どうして……」
「君は他国に父上のことを知らせた疑いがある」
……まじかー。
聖女はそんなことをしたのか?
なに考えてんだ。あの人は。
国王の病状なんか秘密に決まってるだろうが。
ナタリア王女も、侯爵宛ての文書で知らせただけだ。
おそらく一般国民には、明かされていないはずだ。
その情報を他国に知らせるって……なに考えてるんだよ。
他国に隙をさらすようなものだぞ。それって。
敵対的な国なら侵攻してくるんじゃないのか……?
俺だってこの場では、国王が病についていることは口にしていない。
堂々と公開するようなことじゃないからだ。交渉のカードとして使うなら別だけどな。
それに、民衆が動揺したら、話を収めるのが面倒になるし。
そんなことは魔王にだってわかる。
なのに……王子と一緒にいたはずの聖女には、それがわからなかったのか。
「私が君を厚遇してきたのは、それが国のためになると思ったからだ」
ジュリアンは続ける。
「私が魔王を排除して国王になれば、よりよくランドフィアの国を守れると思っていた。君とともに……国を安定させていけると」
「ジュ、ジュリアンさま……?」
「その期待を君は裏切った。いや……君には、裏切ったという意思もないのだろうな」
ジュリアンは再び、聖女を見た。
「申し開きはあるか? 聖女カザネよ」
「あ、あります。私がそんなことをしたのは魔王のせいで……」
「その根拠は?」
「魔王が存在しているからです! 魔王が私を呪っていたに違いありません! その呪いが私にこんなことをさせたに決まっています!」
ボッ。
聖女の周囲に、炎の球体が生まれた。
マジックアイテム『首輪』の力だ。
さっきジュリアン王子は『これからは自分の責任で、真実のみを語れ』と言った。
今の言葉はそれに反している。その場限りの、でたらめだからな。
だから罰として、炎が生まれたんだ。
「い、いや! やだ! 死にたくない。死にたく──」
「……一度だけ許す。二度目はない」
ジュリアン王子が、聖女の『首輪』に触れた。
炎が止まる。
動揺しすぎたのか、聖女の足元から使い魔が──純白の獅子が消滅する。
ジュリアン王子は地面に降り立ち、聖女は土の上に倒れ込む。
「聖女カザネ。君は異世界に追放する」
「…………え」
「ランドフィア王家には、異世界へ渡ろうとした者の記録がある。我が叔父、アルムス=ランドフィアもそうだったと言われている。彼らが研究していた魔法を使えば、君を元の世界に戻せるかもしれぬ。多少のリスクは存在するだろうが」
「元の世界に……?」
「そうだ。その世界で嘘をつかず、真実のみを語って生きるといい」
その言葉でわかった。
ジュリアンは『首輪』をつけた状態のまま、聖女を異世界に追放するつもりだ。
マジックアイテムが元の世界でも機能するかどうかはわからない。
仮に機能するとしたら……聖女はあの世界で『自分の責任において』『真実のみを語る』人生を送ることになる。
ということは──
「いや、いやあああああああ──────っ!!」
聖女は絶叫した。
「だ、だって、私はお父さまの子どもじゃないかもしれないのに! 真実しか語れないのなら……そのことをごまかせなくなるじゃない!! 私がお父さまの子どもじゃないって知られたら、私はどうなるの!? お母さまはどうなるの!? 嫌だ。いやああああっ!!」
「兵に命じる。聖女カザネを連れて行け」
「やだ!! いやだぁああ、ああああああああっ!!」
叫び続ける聖女を、ジュリアン王子はもう、見なかった。
呼ばれた兵士たちが、聖女を王都へと運んでいく。
聖女はもう、抵抗しなかった。
力をうしなったように、ただ、引きずられていくだけだった。
そうして王都の扉が閉じて、聖女の姿は見えなくなった。
「……魔王にたずねる」
「うかがおう。ジュリアン王子」
「貴公は聖女カザネに、言いたいことがあったのではないか?」
「ない」
俺は魔王っぽい口調で答えた。
「俺は魔王として、王家の者と話をするためにここに来た。聖女と話したいことはない。それに……俺は聖女の話に、興味が持てなかった」
元の世界のことは、もう、終わっている。
俺はもうこの世界の住人だからな。
俺には灰狼領という居場所がある。
魔王と精霊王という仕事に就いている。
アリシアやティーナも仲間になってくれた。
元の世界の血の繋がりには、もう興味がない。
あの聖女が俺の父親と血が繋がっていたかどうかはわからないし、どうでもいい。
聖女に『王位継承権』スキルがないとわかっただけで十分だ。
あいつがマジックアイテムを操って、俺たちに干渉することはないわけだからな。
俺の聖女に対する興味なんて、それくらいだ。
「聖女に興味はないが、王家には言いたいことがある」
俺は魔王剣を手に、ジュリアン王子を見据えた。
「今回の事件によって、王家の信頼は地に落ちた。ゆえに、魔王と灰狼、および黒熊は王家にいくつかの要求をする。叶えられない場合は魔王が王家に罰を下すことになる」
「……魔王」
「言っておくが、一騎打ちで決着をつけるという話はなしだ。お前が向かってきても、俺は応じない。ただ、兵を動かすだけだ。それはわかっているのだろう?」
俺の言葉に、ジュリアン王子は、無言でうなずいた。
俺たちの側には宰相エドガーと、魔法使いダルサールがいる。
兵士たちもこの状況を見ている。
城壁の上にも、その向こうにも大勢の人間がいる。
ちょうどいい。ここで俺の要求を伝えよう。
本当はナタリア王女と話をするつもりだったんだがな。
まあ、別に来てもらう必要もないか。
魔法でめいっぱい声を広げれば、ナタリア王女にも聞こえるだろう。
王家になにを要求するかについては、すでに決めてある。
精霊経由で、灰狼侯のレイソンさんや黒熊侯代行のカリナさんと相談したんだ。
灰狼領と黒熊領──王都以北の土地を落ち着かせるには、この方法が一番いい、と。
「では、こちらの要求を伝える」
俺はジュリアンに向かって、告げる。
「ひとつ。
王家は、黒熊領に対して兵を動かした金蛇侯爵家に罰を与えること。
金蛇侯爵家は代償として、みずからが所有する軍船の3分の2を灰狼と黒熊に引き渡すこと。
また、金蛇は黒熊に与えた被害に対して、金銭的な補償を行うこと。
これらのことを王家が金蛇侯爵家に対して実行させること」
序列一位の金蛇侯爵家は豊かな領地を持ち、多くの船を所有している。
奴らがいつまた海を越えて、襲ってくるかわからない。
だから、船を奪い、それを灰狼と黒熊で分ける。
船上の敵なら『杭』と竜姫のメルティの力で対抗できるけど、頼りっぱなしというわけにもいかないからな。
「次に、王家に対して要求する。
魔王および灰狼、黒熊は王家と、新たな不戦協定を結びたい。
その保証として、人質の供出を願う」
これを提案したのは、レイソンさんとカリナさんだった。
王家の信用は地に落ちた。
灰狼侯と黒熊侯代行は、もう、王家を信じていない。
だから、王家に約束を守らせるための、保証が必要となる。
そのために王家の血に連なる人間を人質にする。
それが、レイソンさんたちの提案だった。
ちなみに、この世界の人たちにとって『人質』は、それほど悪いイメージじゃない。
古代、王が死んで国が乱れたとき、貴族が人質として預かっていた王女を王都へと凱旋させて、国を継がせたこともあるらしい。
この場合の人質は、あくまでも相手を信じるためのものだそうだ。
「人質は丁重にあつかうことを約束する。それに王家も、保証が必要なことはわかっているだろう?」
「……わかって……いる」
ジュリアン王子は、絞りだすような声を漏らした。
まあ、屈辱なんだろうな。
自業自得だけど。
ジュリアン王子──というか王家は、こちらの要求を拒否できない。
こちらには50体を超える『不死兵』がいる。
『不死兵』が王都になだれ込んだら、民衆はパニックになる。
ジュリアン王子が身に纏っているマジックアイテム『初代王アルカインの鎧』で、すべての『不死兵』を止められるなら別だけど、そうじゃなさそうだ。
あれは本人の力を増強して、一騎打ちで勝利するためのものなんだろう。
民を守ることを考えたら、ジュリアン王子は要求を断れないはずだ。
「こちらの要求は、以上だ」
俺は、かちん、と、魔王剣を鳴らした。
「検討の上、本日中に回答をいただきたい」
「本日中に……?」
「いや、ゆっくり待っていても構わないが。ただ、城門の前で野営するのは危険だからな、王都に入らせてもらう。王都の中で陣を敷くか、宿屋を大量に借りることになると思う」
「…………う」
「もちろん『不死兵』や精霊たち、他の兵たちも一緒だ。皆で王都を堪能させてもらうのもいいだろう。アリシアもティーナも、王都には入ったことがないからな」
「…………う、ううううううっ!!」
「時間を差し上げる。検討するがいい。ジュリアン王子よ」
俺は手を振った。
ジュリアン王子はしばらく、無言だった。
黄金の鎧をまとい、がっくりと肩を落としたその姿は、彫刻のようにも見えた。
戦う気は、もう、なさそうだった。
俺にとってはそれでいい。
あとは要求に対して、どんな回答が返ってくるかだけだ。
そんなことを考えていると──
「王とは……責任を取るものだと言ったな。魔王よ」
ふと、ジュリアン王子が、そんな言葉を口にした。
「そして、このジュリアンとは戦わぬと」
「ああ。言った」
「ならば……私は今回の失態に、どのように責任を取ればいいのだ……?」
「それは俺が決めることじゃない」
俺は言った。
「ただ、聖女を信じたせいで起きた出来事に対して、つぐないをすればいいのではないか?」
「…………そうか」
そうして、ジュリアンは俺に背中を向けた。
そして、そのまま王都へと入っていったのだった。
数時間後、回答が来た。
「ジュリアンより交渉の権利を引き継ぎました。その上で申し上げます。魔王コーヤ=アヤガキの要求をすべて、受け入れましょう」
俺たちの前で堂々と、ナタリア王女はそんなことを宣言したのだった。




