第74話「ランドフィア王都攻防戦(4)」
今日は2話、更新しています。
本日はじめてお越しの方は、第73話からお読みください。
……なにを言ってるんだ? 聖女は。
ここは王都の前で、まわりには大勢の人たちがいるってのに。
俺は魔王としてこの場所に来ている。
後ろには大量の『不死兵』を引き連れている。
灰狼から連れてきた10体と、王家から管理権限を奪った42体が。
さらに後方には黒熊領の兵団がいる。
黒熊侯代行に派遣されたカナール将軍と、黒熊領の兵士たち数十名。
黒熊領の人たちは偽の魔王軍に仲間を誘拐されて、金蛇侯爵家の船団に攻め込まれかけた。
その怒りを抱いて、ここまでやってきた。
俺たちから少しだけ離れた場所には、魔法使いダルサールと宰相エドガーがいる。
王都から来た兵士たちも一緒だ。
『不死兵E』と『不死兵L』に殺されかけた彼らは、ジュリアン王子と聖女が弁明するのを待っている。
すがるような目で、ふたりを見ている。
なのに、聖女が口にしたのは『どうして私にはマジックアイテムを操る力がないの?』という言葉だった。
普通だったら、ありえない話だ。
だから──
「聖女の問いに答える」
俺は聖女に向かって、告げた。
「あなたの問いに対する答えを、俺は持っていない。それはそっちの問題だ。俺は関係ない」
「────な、なにそれ!?」
「ジュリアン王子にも言っておく。俺は聖女の義兄かもしれないが、俺はそのことを知らなかった。そして、俺の来歴と今の状況には一切関係がない。俺の生まれについては俺に責任はないし、元の世界のことは元の世界で終わらせている」
そりゃそうだ。
俺が誰の子どもだろうと、この世界の俺には関係ない。
それに、聖女カザネのことも興味はないんだ。
俺はこの世界で居場所と、仲間を手に入れた。
精霊王と魔王の地位を受け継いだのは、みんなを守るためだ。
元の世界のことは、召喚されたときに終わっている。
いまさら元の世界に戻るつもりもない。
前世の義兄とか義妹とか、そんなことはどうでもいい。
俺はアリシアやティーナやメルティ、灰狼の人たちのために王都までやって来た。
聖女の生まれのことなんか知らないし、関係ない。
魔王を名乗った者としての責任を果たすだけだ。
「その話は終わりだ。こちらもジュリアン王子に言うことがあるからな」
俺は聖女を視界から外して、告げた。
「書状で伝えた通り、今回、先に手を出してきたのは金蛇侯爵領とジュリアン王子だ。それに対して俺や灰狼領の人々、黒熊領の人々は、身を守るための行動を取った。他にどうしようもなかったからだ。金蛇侯爵家や王家に被害が出たとしても、責任はそちらにある」
「魔王よ。貴公は……」
「その上で、我々は交渉のためにここまで来た。王家の側も、それを受け入れたはずだ。なのにジュリアン王子は我々に『不死兵』を差し向けた。宰相エドガーと魔法使いダルサール、および王家の兵士たちを巻き込むとわかっていながら。これは我々と、王家の臣下に対する裏切り行為だ」
俺は顔を上げて、ジュリアン王子を見据える。
獅子の上で、ジュリアン王子が震えている。
「これが、初代王アルカインの血を引く、ランドフィア王家のやり方か? 王家の誇りはどこに行った? 正当なる交渉を持ちかけた魔王と、約定を破って兵を差し向けた王家……邪悪なのはどちらだ!?」
俺の声は、精霊たちが拡大してくれている。
おそらくは王都全体に響いているはず。
ジュリアン王子がなにをしたのか、王都の人々にも聞こえるだろう。
ジュリアン王子は国の高官と、側近の兵士たちを裏切った。
彼は次の王になることは、たぶん、ない。
まあ、敵対することを考えるなら、王は無能な人間の方がいいんだろうけど。
……でもなぁ。別にこっちは戦いたいわけじゃないんだよな。
それに……隣人にするなら、なにをしてくるかわからない無能な人間より、話が通じる有能な人間の方がいいんだよな。
たぶん、ナタリア王女なら不戦協定を結んだ相手を攻撃してきたりはしないだろう。
あの人は、利害関係に敏感だ。
自分の名前に傷をつけるような真似はしないだろう。
というわけで、俺は声を拡大して、王都の人間に聞かせている。
ジュリアンを王にした場合のデメリットを伝えておくために。
「ジュリアン王子は俺たちに『不死兵』を差し向けた。王家の『不死兵』は敗北し、その管理権限を魔王に奪われた。ジュリアン王子はマジックアイテムを魔王に差し出したようなものだ。これほどの失態をさらした王子を、ランドフィアの者たちは支持するのか?」
「…………う。うぅ」
「ジュリアン王子は豪華な鎧を身に着け、獅子にまたがっている。だが、貴公のすべきことはそれではない。まずは失敗を認め、黒熊領の民に謝罪するべきだ。すべての話はそれからだろう」
近くで宰相エドガーと魔法使いダルサールがうなずいている。
その姿は、ジュリアン王子からも見えているはずだ。
ジュリアン王子の様子は、上空にいる精霊たちが見ている。
あいつが変な動きをしたら、すぐに止められる状態だ。
奴を監視している精霊によると、ジュリアン王子の顔から血の気が引いているらしい。
聖女が王子の肩をゆさぶって話しかけても、答えないそうだ。
……あと一押しかな。
ジュリアン王子には、もう用はない。
王家には、別の交渉相手を出してもらおう。
「失敗を認め、改めることができないのなら、貴公と話すことはなにもない」
俺は魔王剣の柄を、かちん、と、鳴らした。
「王都に入り、ランドフィア王と話をつけることにしよう」
「ま、待て!」
「なんだ?」
「わ、私は魔王との一騎打ちを望む!」
「俺は望まない」
「な、なんだと!?」
「交渉に来たと言っただろう? それに、いまさら戦って何になる? こちらはすでに王都に侵攻できる状態にある。城下の盟を要求できる立場だというのに、どうして一騎打ちをしなければならぬのだ?」
そんな無責任なことはできない。
万が一、俺が殺されたら、アリシアやティーナ、メルティ、その他の多くの人々を王都の近くに放り出すことになる。俺が死ねば、『不死兵』も命令を聞かなくなる。王家の者が触れれば、管理権限を奪われて、敵に回る。
それがわかっているのに、戦うなんてできるわけがないだろうが。
「大将同士の戦いなど、ただの自己満足だ」
「………………う、ううぅぅぅ」
「それがわからぬ貴公とは、もはや話ができぬ。ナタリア王女か、国王を呼べ。さもなければ、我々はこのまま王都に入り、直接国王と話を──」
「私を無視するな──────っ!!」
不意に、叫び声が響いた。
聖女の声だった。
「なんでこっちの話を終わらせてるのよ!! 馬鹿じゃないの!?」
城壁の上に、2体目の獅子が現れた。
聖女を背中に乗せて、王都の門の前に降りてくる。
あれは……聖女の使い魔なのか?
「答えなさいよ! どうしてあんたにはマジックアイテムを操る力があって、私にはないの!? 私がお父さまの子どもじゃないって言いたいわけ!?」
「……聖女に告げる」
「偉そうな言い方をするな!!」
「聖女よ。お前は……自分のやってることがわかっているのか?」
聖女は『首輪』をつけていない。
異世界人を縛り、逆らったら焼き殺すはずの首輪は、聖女の首にはない。
この人は国王の治療をしていたって聞いてる。
その報酬として、首輪を外してもらったんだろう。
この人はいつでも逃げることができた。
こんな使い魔を召喚できるんだからな。王都の囲みを破って逃げるのは難しくない。
国王を治療したあかつきには元の世界に戻してもらう……という交渉もできたはず。
聖女は伝説のジョブだからな。
この人は、かなりいい待遇で雇われていたんだろう。
本人もそれを受け入れていたはずだ。
なのに……なにやってるんだ?
魔王と王子が話をしてるところに割り込んで、魔王を罵って。
下手をすれば戦争の引き金になるところだ。
俺が人間の味方をする魔王じゃなかったら、『不死兵』を王都に突入させてるぞ。
「場をわきまえろ。お前は戦争を起こしたいのか?」
「うるさい! 悪いのはあんただ。あんたが私にこんなことをさせてるんだ!!」
聖女と、彼女がまたがった獅子が、歯をむき出す。
「……あれは聖女の使い魔です。ご注意を」
俺の側でアリシアが教えてくれる。
「『聖女キュリア』は陸・海・空の使い魔を操っていたという伝説があります。この獅子は陸の使い魔で、大型の魔物と同等の力を持っています」
──と。
アリシアにうなずき返して、俺は聖女に向き直る。
「聖女に問う。俺を『不死兵』で攻撃するように仕向けたのはあなたか? あなたがジュリアン王子をけしかけて、俺や宰相たちを攻撃させたのか?」
「なによそれ。あんたがさせたことでしょ?」
聖女は肩をすくめてみせた。
「あんたがいなければ、こんなことにはならなかったんだから」
「金蛇侯爵家を動かしたのも?」
「なんで私のせいにしてるわけ? 私にこんなことをさせたのはあんたでしょう!?」
『グルゥアアアアアア!!』
聖女が乗る獅子が、巨大な口を開いて、吠えた。
「あんたの存在がうちを……七辻谷の家を壊したんだ」
ああ。そんな名前だったな。俺の父親の実家は。
忘れかけてたんだけどな。本当に。
「母さんはあんたには関わりたくないって言ってたけど、そんなの嘘だった。私が『許せないよね』『あんなやつ、存在しちゃいけないよね』って言ったら、本心を露わにしたもの。だって怒って当然なんだから」
「……へー」
そっか。
父親の配偶者が職場に怒鳴り込んできたのは、聖女がけしかけたのが原因だったのか。
……びっくりするくらい興味がないな。
俺にとっては元の世界のことは、本当に終わった話なんだ。
聖女の話を聞いて、それが実感できた。
聖女に対して怒ってるのは、あいつがこの世界でやらかしたことに対してだ。
元の世界のことはどうでもいい。本当に。
「言い伝えにある子どもは私なんだから! あんたなんかであるわけがない。私こそが『偉大な子ども』なのよ!」
「……はぁ?」
「知らないでしょう? 名家である七辻谷には『七代目ごとに、人を動かす偉大な人間が生まれる』という伝説があるの。お父さまが六代目で、私が七代目。だから私は、人を動かしてきたの。そうすることで、私がちゃんと七代目だって確認してきたんだから。伝説の七代目が、あんたのわけがないんだから!!」
いや……異世界で元の世界の言い伝えを語られても。
そもそも俺は人を動かしたいと思ったことはないんだが。
というか『人を動かす偉大な人間』だから、ジュリアン王子をけしかけたのか?
なに考えてるんだ。この聖女は。
「答えなさい。あんたにマジックアイテムを操る力があるなんて嘘でしょ? なにかトリックがあるに違いないんだから」
聖女が俺を睨んだ。
「もしも本当にあんたにマジックアイテムを操る力があるなら……答えなさい。なんであたしにはその力がないの!? 私こそがお父さまの実子なのに! 高貴なる者の血を受け継いでいるのは、私の方のはずなのに!!」
『グルゥアアアアアアアアアア!!』
聖女がまたがる獅子が、前に踏み出す。
宰相エドガーが震え、魔法使いダルサールが魔法の防壁を張る。
王国兵たちはふたりを守る位置へ。
『不死兵』たちは俺たちの前で壁になる。
アリシアとティーナは、俺の両手を握っている。
メルティは俺の裾をつかんでる。
俺は3人を安心させるように、うなずいた。
それから、聖女に視線を向ける。
「質問は『どうして私にはマジックアイテムを操る力がないの?』だったな」
俺は聖女を見据えて、告げた。
「お前が俺の父親の実の子かどうかは、わからない。だけど、お前にマジックアイテムを操る力がない理由はわかる。簡単なことだ」
「……なによ、それ」
「マジックアイテムを操るのは王の力だ。王とは自分の意思で人々を動かし、その結果に責任を取る人間のことだ。だから、すべてを他人のせいにしているお前には、王の資格はない」
それが事実かどうかはわからない。
だけど、そういうことにしておこう。
というか聖女には本当に興味がないんだよな。
聖女が言う『七代目の言い伝え』も、どうでもいい。
俺の『王位継承権』スキルにも関係ないはずだ。
父親の家の名字を名乗ってない。父親の実家とは完全に無関係でいたい。
俺は精霊王で、魔王で、灰狼領の客人。
コーヤ=アヤガキの肩書きは、それだけでいいんだ。
「俺は、自分の意思で魔王を名乗ることを決めた。灰狼領を自分の居場所にすることを選んだのも俺だ。すべて俺の責任で決めた」
俺は言った。
「俺はその責任を取るために、王都までやって来たんだ」
「……あんたは……なにを言ってるの?」
「ランドフィアの王様も同じだ。王は常に国を動かす責任と共にある。魔王が復活して、灰狼が解放されたなら、相応のストレスもあるだろう。それでも王としての責任からは逃れられない。そういうものだ」
「意味がわかんないんだけど!?」
「ナタリア王女もそうだろうな。あの人は俺と不戦の協定を結んだ。ナタリア王女が俺を攻撃してこないのは、自分の責任で魔王と話をつけたからだ。ナタリア王女は自分のしたことの責任を取ろうとしている。俺が彼女を、交渉相手として信用しているのはそのためだ」
「なんなの!? なんの話をしてるの!?」
「お前は自分のしたことの責任を取ったのか、という話だ」
俺は言った。
聖女の動きが、止まった。
予想外の言葉をぶつけられたように、きょとん、としている。
構わない。俺は続ける。
「お前は王家が交渉をすると決めた相手に『不死兵』を差し向けさせた。王都が戦場になるかもしれないのに、こうして魔王にケンカを売りにきた。ひとつ間違えば戦争になり、死人が出ていた」
俺は聖女をにらみつける。
「そして、実際にジュリアン王子は面目を失い、王家は大量の『不死兵』を失った。この結果に、お前は責任が取れるのか?」
「なんで私のせいなのよ? 私がこんなことをしてるのはあんたのせいでしょ?」
「俺が聖女になにかを命じたことはない」
「あんたの存在がいけないの! あんたが存在しているから、私はこんなことをすることになったの!? あんたが消えればいいだけでしょう!?」
「そんな理由で兵を動かす人間に、王の資格があるわけないだろうが!」
聖女に『王位継承権』スキルはない。
だとすると、俺の『王位継承権』スキルは、父親の血筋とは関係がないのかもしれない。
誰かが……俺なら灰狼の人々を救えると思って、このスキルをくれたのかもしれない。
……だったら、いいな。
名家の血を引いているから『王位継承権』スキルを得たというよりも、ずっといい。
よし、決めた。
これからは、そう考えることにしよう。
「すべてを他人の責任にしているお前に、王の資格はない」
俺は続ける。
「マジックアイテムは王位継承権を持つ者が操るものだ。王の資格がない者に、マジックアイテムは従わない。だから、お前にはマジックアイテムを操ることはできない。それだけだ」
「……な、なによそれ。意味わかんない! 馬鹿じゃないの!!」
聖女は獅子の上で叫ぶ。
獅子は俺たちを威嚇するように吠えるけれど、攻撃はしてこない。
代わりに、聖女は頭上を見上げて、
「ジュリアンさま! こちらにいらしてください!!」
腕を振って、ジュリアン王子が乗る獅子を呼んだ。
純白の獅子が、聖女の隣に降りてくる。
「ジュリアンさま。そのお力で、どうか魔王を滅ぼしてくださいませ」
聖女はジュリアン王子に頭を下げた。
「魔王は邪悪な存在なので、話がまったく通じません。ならばジュリアンさまのまとった『初代王アルカインの鎧』のお力を、ここで示すべきではありませんか!!」
「わかった。では、カザネ」
「はい」
「君を守るために預けておくものがある。こちらへ」
「かしこまりました。ジュリアンさま!」
聖女は、ジュリアン王子に獅子を近づける。
ジュリアン王子は獅子から身を乗り出し、聖女に向かって腕を伸ばす。
そして──
「……聖女カザネに命じる。これからは、おのれの責任で、真実のみを語るがいい」
かちゃり。
──ジュリアン王子は聖女の首に、異世界人を縛る『首輪』を装着したのだった。
次回、第75話は、次の週末の更新を予定しています。




