第70話「ナタリア王女、弟を捨てる」
──王都にて──
「どうして『不死兵』を動かしたのですか! ジュリアン!!」
ナタリアは弟に向かって叫んだ。
王家が所有する『不死兵』は王都の守りのためにある。
また、ランドフィアの王都が不可侵だということの象徴でもある。
常に城壁の上に、数体が配置されているのはそのためだ。
他の『不死兵』は宝物庫に保管されている。
それらは王都が危機に陥ったときにのみ、動かすことが許されている。
数は百数十体。
偉大なる初代王アルカインでも、それだけの数をそろえるのが限界だったと語られている。
その『不死兵』のうち数十体が、ジュリアンの命令で出陣していた。
交渉のためにやってきた魔王を殺すために。
「魔王とは和平を結ぶと、会議で決まったはずです!」
ナタリアはジュリアンに詰め寄る。
「会議にはあなた自身も出席していたのでしょう? 和平案に、あなたも王位していたはずです。その舌の根も乾かぬうちに、自らの決断をひるがえすのですか、ジュリアン!!」
「……あなたは国王になりたいのでしょう? 姉上」
ぞっとするほど冷たい目が、ナタリアを見た。
「だから魔王と和平を結ばせようとしたのでしょう? このジュリアンが、あなたを超えることがないように」
「…………ジュリアン?」
「宰相も高官たちも、それに同意している。私にあなたと同じことをさせようとしているのはそのためだ。違いますか?」
「なにを言っているのですか!? ジュリアン」
「いつまでも見下すのはやめてもらいたいと言っているのだ」
ジュリアンは淡々と言葉を吐き出す。
「ランドフィアはマジックアイテムの力によって国を治めている。だからマジックアイテムのあつかいに熟練し、魔法使いたちを従えるあなたに次の国王になって欲しいと、皆が願っているのだ。違いますか!?」
「そんなことはありません! 私は──」
「高官たちは言ったそうだ。『ジュリアン王子は魔王と話し合うべき。ナタリア殿下にできたのだから、できるだろう』と。こんな人をばかにした話があるか」
「高官たちが、そのようなことを?」
「ああ。カザネが教えてくれた」
「──あなたは!!」
ナタリアは、ジュリアンの背後にいる聖女カザネに視線を向けた。
「ジュリアンになにを吹き込んだのですか。聖女カザネ」
「……こ、こわいです。大きな声を出さないでください」
カザネはおびえたように、座り込む。
「申し訳ありません。私がいけないのです。ジュリアン殿下に……ご自身がご不在のときの会議の様子を聞かせて欲しいと言われて……真実をそのままお伝えした私が……」
「聖女を責めるのはやめろ。姉上」
「……今ならまだ間に合います。『不死兵』への命令を撤回なさい。ジュリアン」
ナタリアは弟を見据え、告げた。
「宰相のエドガーとダルサールが魔王のところにおります。『不死兵』が魔王を攻撃すれば、彼らも巻き添えになるのです。それでいいのですか?」
「宰相と魔法使いは襲わぬように命じている」
「乱戦の中で、そんな配慮ができるわけがないでしょう!?」
「魔法使いのダルサールなら、エドガーを連れて逃げてこられるだろう」
「あなたが臣下を巻き添えにしようとした事実は消えません! そんな王子を皆が支持すると思うのですか!?」
「姉上こそわかっていない!!」
ジュリアンは苛立ったように、声をあげた。
「このジュリアンが『不死兵』を動かしたのは、国を守るためだ! 魔王が死ねば国の憂いは消える! 国と王家の権威を守るには魔王を滅ぼすのが最善だと、なぜわからない!?」
「……魔王は殺せませんよ」
ナタリアは、ため息をついた。
初代王アルカインのマジックアイテムでは、魔王コーヤ=アヤガキは殺せない。
どうしてジュリアンには、こんな簡単なことがわからないのだろうか。
「王家のマジックアイテムを操る力があるのです。『不死兵』を差し向けたところで、管理権限を奪われるだけです」
「直接触れなければ、管理権限は奪えないのでは?」
ジュリアンには皮肉な笑みを浮かべる。
「『不死兵』には全力で魔王を攻撃するように指示してある。その状態の『不死兵』に触れるのは自殺行為だ。仮に触れることができたとしても、その隙に他の『不死兵』が魔王を切り刻むだろう」
「魔王にあるのはマジックアイテムを操る力だけではありません。あの者は魔王剣を操り、精霊たちを従えているのです。多種多様な力で、予想外の対応をしてくるでしょう」
「投入した『不死兵』は60体を超えている。数で圧倒できる」
「ならば、聞きます。コーヤ=アヤガキが死んだあと、別の魔王が現れたらどうするのですか?」
ナタリアの言葉から、温度が消えた。
彼女が口にしているのは、一切の感情を排した言葉だ。
ナタリアはずっと、迷っていた。
国のためにジュリアンを捨てるか、国を傾けてでもジュリアンを守るかを。
その選択が、今、終わった。
だから、ナタリアの言葉からは、肉親に対する感情が消えている。
あとは淡々と進めるだけだ。
王家の害となるジュリアン=ランドフィアを、排除するための手段を。
「答えなさい。魔王コーヤ=アヤガキを殺したあとで、次の魔王が現れたらどうするのですか?」
「また殺せばいいだけだ。コーヤ=アヤガキを殺せるなら、次の魔王を殺すことだってできるだろう。むしろ、魔王がその程度のものだとわかっていいのでは?」
「ジュリアン=ランドフィア。あなたはなにもわかっていない」
ナタリアは踵を上げて、勢いよく床を踏んだ。
堅い音がした。繰り返し、三度。それが合図だったのだろう。
謁見の間の扉が開き、数名の魔法使いが姿を現す。
ナタリア直属の、魔法兵たちだ。
「私が魔王コーヤ=アヤガキと和平を結んだのは、魔王におびやかされない平和な時間を得るためです。王家と、この国の民のために。あなたはそれを壊そうとしている」
ナタリアはもう、ジュリアンを見ていなかった。
「不戦の約束をした魔王を殺してしまったら、王家が約束を守らないという事実が残ります。次に現れる魔王は交渉に一切応じないでしょう」
「わかっている。だから、魔王など殺してしまえば……」
「それでどうなるのです? 次の魔王が現れたら、また殺すのですか? 交渉の余地もなく、血みどろの戦いを繰り返すのですか?」
「……それは」
「交渉ができる魔王がどれほど貴重な存在なのか、あなたはわかっていない」
ナタリアは軽く手を振り、魔法使いたちに合図する。
「ジュリアン、あなたを拘束します。あなたに人とマジックアイテムを動かす資格はない。魔王との交渉が終わり次第、あなたの王位継承権を剥奪します」
「…………姉上。あなたは、そこまでするのですか」
「国と、民のためです」
ナタリアから視線を逸らしたまま、告げた。
「まずは『不死兵』を止めます。一緒に来なさい。あなたが動かした『不死兵』です。あなたが止めなさい。ジュリアン=ランドフィア」
「……ああ、なんということでしょう」
不意に、聖女カザネが声をあげた。
「ジュリアン殿下が拘束されてしまうなんて。ひどいです……私の心は、はげしく動揺しております。こんな状態では……国王陛下の治療はできないでしょう」
「……カザネ」
「まもなく……まもなく国王陛下は回復されるかもしれないのに。その手応えを感じているのに……ナタリア殿下がジュリアン殿下を拘束されたために、国王陛下の治療が滞ってしまうなんて」
聖女は両手で顔をおおったまま、激しく頭を振る。
そんな彼女を見下ろしながら、ナタリアは、
「あなたはこう言っているのですか? 聖女カザネ。『ランドフィア国王の治療を続けたければ、ジュリアンに逆らうな』と?」
「いいえ、いいえ! 申し訳ありません。ナタリア殿下にそのような誤解をさせてしまうなんて……」
「では、父上の治療は、このまま行うのですか?」
「どうしてそのように私を責めるのでしょうか!? 怖いです……こんな状態では、とてもお仕事ができそうにありません……」
「ジュリアンに魔王を殺すように吹き込んだのはあなたですね? 聖女カザネ」
不意に、空気が凍り付いた。
聖女カザネの身体の震えが、止まる。
「私がジュリアンさまにそのようなことを……? ナタリア殿下は、どうしてそのような誤解をされたのでしょう?」
「ミア=ミカサが証言してくれました」
ナタリアが魔法使いたちの方を振り返る。
魔法使いたちのひとりが、顔を隠していたフードを外す。
そこには……異世界人、ミア=ミカサの顔があった。
「証言……します」
異世界人ミア=ミカサはうつむいたまま、語り始める。
「カザネは言ってました。『魔王は気持ち悪いもので、いてはいけないものだ』って。『だからジュリアンさまにお願いして、殺してもらうことにした』って」
「みぃちゃん!?」
聖女カザネが目を見開く。
「ナ、ナタリアさま……あんまりです。『首輪』で強制して、みぃちゃんに嘘をつかせるなんて。マジックアイテムで無理矢理みぃちゃんを──」
「『首輪』は……着けてないわよ」
ミア=ミカサがローブの襟をずらした。
彼女の首があらわになる。そこに『首輪』はなかった。
代わりに現れたのは、赤いブローチだ。
ミア=ミカサがそれに触れると、声が流れ出す。
聖女カザネと、ミア=ミカサの声が。
『──魔王は気持ち悪いもの。いてはいけないものなんだよ。みぃちゃん』
『──だからジュリアンさまにお願いして、殺してもらうことにしたんだ』
『──言ってなかったっけ? あいつは私からお父さんを奪ったんだよ?』
『──戦争になっても大丈夫だよ。ランドフィアの他にも、国はあるんだから』
『──私に鳥の使い魔があることは知ってるよね? こっそり、手紙を送ってみたんだ。助けてくれるなら、ランドフィア王国の情報を教えます。今は国王陛下が病気ですから、隙を見て逃げます、って』
「嘘です! 私はこんなこと言っていません!!」
聖女カザネは叫んだ。
「ありえません。だって私は聖女なんだから。王家のマジックアイテムがあれば、探知できるはずで──」
「これは王家のマジックアイテムではありません。私とダルサールが作ったもので、録音しかできない試作品です」
淡々と、ナタリア王女は告げる。
「魔力も微弱です。起動したあと、使えるのはわずかな時間だけ。だから探知できなかったのでしょうね」
「ナタリアさま!?」
「ごめんなさい。ミア=ミカサ。精神的な干渉を防ぐためのアイテムというのは、嘘です。けれど、もともと聖女にそんな力はなかったのですよ」
おどろくミア=ミカサに、ナタリアは肩をすくめてみせた。
「聖女カザネが使っていたのは、人を操るための話術でした。それとわかっていれば、防げる程度のものです。現にミア=ミカサも、聖女から離れたことで、彼女の異常さに気づいたのでしょう?」
「……は、はい」
「ただ、聖女カザネは『聖女』でした。また、国王を治療するという立場もありました。彼女はそれを利用して、自分の話術を強化していただけなのです。いわば聖女の権威が、周囲の者をまどわせてた。ですが──」
その権威は失われた。
聖女カザネは、この国を捨てるつもりだった。
異国にランドフィアの情報を流して、保護を求めようとしていたのだ。
「あなたが異国と連絡を取ろうとしたことを、裏切りとは言いません。あなたのような者を信じたのがおろかなのです。けれど、あなたをこれ以上、放置するわけにはいかない」
「ああ。ナタリア殿下。誤解です……」
「それはもう通じません」
「ジュリアンさま! 私は……」
カザネは救いを求めるように、ジュリアンを見た。
「……カザネ。お前は……」
ジュリアンは青ざめた顔で、後ずさる。
「お前は、本当に他国と連絡を取ろうとしていたのか?」
「そのことは確認済みです。ジュリアン」
答えたのはナタリアだった。
「ダルサールの部下が、聖女カザネの部屋から鳥型の使い魔が飛び立つのを見ています。止めようとしましたが、追いつけませんでした。その後、南の国境を守る兵士が使い魔を目撃しています。国境を越え、南の神聖国へと飛んだのでしょう」
「……証拠は」
「神聖国の国境方面で、兵が動き出しています。この時期にあの国が兵を動かす理由はありません。おそらくはランドフィアの国王が、病床についたことに気づいたのでしょう」
「カザネが、それを……?」
「他の誰が、他国に情報を流すというのですか」
「…………ああ」
ジュリアンは頭を抱えて、座り込む。
それを見たカザネは、長いため息をついた。
そして──
「…………まあ、いいか。キモチワルイ魔王は死ぬもんね!」
──明るい声で、そんな言葉を口にした。
「私は負けてない! 私は、魔王を殺せればいいんだから。あいつが北の地に捨てられるって言うから放置してたけど……魔王になって王家と交渉しちゃうんだもんね。そんなこと許せるわけがないじゃない。あいつが私より上だなんてあり得ないのに」
「カザネ! 君は……」
「ジュリアンさまは、私を許してくれますよね?」
無邪気な表情で、カザネはジュリアンを見た。
「聖女の私には、まだ使い道がありますもんね。それに私、ジュリアンさまの秘密をたくさん知ってます。王家が隠してきたことも、全部。私になにかしたら、それをばらしますよ? 国王陛下も死んじゃいますよ? それって、困りますよね?」
「カザネ……君は、私のことを……」
「え? 好きですよ? だってあなたは、魔王を殺してくれる人なんですから」
カザネはローブの裾をひるがえして、笑う。
「言ってなかったですよね? 魔王コーヤ・アヤガキって、私の腹違いの兄みたいなんです。私のお父さんの子どもを名乗る者で、私たち家族に刺さったトゲなんですよ。そんな奴、いちゃいけないですよね? 死ぬのが当然ですよね?」
「君は……そのために、私を……利用したのか?」
「どうして私を責めるんですか? 悪いのは魔王ですよね? 違いますか?」
カザネは不思議そうに首をかしげる。
「ジュリアンさまは魔王が嫌い。私も魔王が大嫌いで、死んで欲しい。ジュリアンさまも、魔王を殺すことに同意しましたよね? だから、悪いのは魔王なんです。私たちにこんなことをさせた魔王が一番悪いんです。悪いのは、私にこんなことをさせた魔王なんですよ。違いますか?」
「聖女カザネに問います」
ナタリアが声をあげた。
「あなたは魔王コーヤ=アヤガキの血縁なのですか? 本当に?」
「私は、信じてませんけどね。私の父は、そう信じていたみたいですよ?」
聖女カザネは吐き捨てた。
「きっと病気のせいで、精神がおかしくなっていたんでしょうね。父の子は私だけ。名家の血を引くのは私だけ。なのに、ずっと前に別れた相手の子どもに遺産を渡すなんて、本当に、どうかしていたんでしょうね」
「名家の血を引いている……あなたも?」
「ええ、そうですよ。父の家は十数代前までたどれる、すごい家なんですから。そんな血筋の中に、得体の知れない者が割り込んで──」
「魔王と同じように高貴な者の血を引いているのなら……あなたにも王家のマジックアイテムを操る力があるのですか? 聖女カザネ」
「え?」
聖女カザネの動きが、止まった。
笑っていたその顔が、こわばる。
「マジックアイテムを操るのって……魔王のスキルじゃないの……?」
「違います。コーヤ=アヤガキにマジックアイテムが操れるのは、彼が高貴な人の血を引いているからです」
「嘘! 嘘!! そんなことあるわけない!!」
「私は魔王本人からそう聞いています」
「黙れ!! 嘘つき王女!!」
聖女カザネは床を踏みならして、叫ぶ。
「高貴な血を引いているからマジックアイテムを操れるなら、どうして私にはその力がないの!? 同じ父親の血を引いてるはず……なのに? お父さまは高貴な血筋で……私はその子どものはず…………」
「──伝令! 伝令です!!」
その直後、謁見の間に声が響いた。
王都の城門に配置していた、物見の兵の声だった。
「魔王コーヤ=アヤガキは健在! 戦闘は続いております!! そして……」
物見の兵の声は、震えていた。
彼はおびえきった表情のまま、叫ぶ。
「魔王が操る異様な『不死兵』によって……王家の『不死兵』の管理権限が次々に奪われていきます!! ど、どうすればいいのですか! ご指示をお願いいたします!!」
そして、兵士のわめき声が、謁見の間に響いたのだった。
次回、第71話は、週末くらいに更新する予定です。




