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第57話「ランドフィア王家の出来事(4)後編」

「入りなさい。ドアは開いていますよ」


 ナタリアが答えると、ドアが開いた。

 廊下(ろうか)にいたのはナタリアの妹のジュリアン王子。

 それと、数名の兵士たちだった。


先触(さきぶ)れもなく押しかけて申し訳ありません。姉上」


 ジュリアンはうやうやしい動作で、姉に向かって一礼した。


「ですが、姉上には緊急(きんきゅう)のお話があるのです」

「構いませんよ。私もあなたに話がありますから」


 ナタリアは不思議そうな表情で、


「ですがジュリアン。あなたはなぜ兵を連れているのです?」

「魔王に親しい姉上を警戒してのこと……と申し上げたら、失礼でしょうか?」

「失礼ですね。私は別に魔王と親しくはありませんから」


 ナタリアは言葉を返す。


「私はランドフィア王国の平和のため、魔王と交渉しただけです。それを指して『親しい』などと言われるのは心外です」

「申し訳ありません。今は非常時なのです」

「非常時とは?」

「ついに魔王が、人々に牙をむきはじめたのです」

黒熊領(こくゆうりょう)で起きている誘拐事件(ゆうかいじかん)のことですか?」

「ご存じでしたか。姉上」

「あの事件を魔王の仕業としたいようですが、残念でしたね。ジュリアン」


 ナタリアは手にした書類を、ジュリアンに示した。


「証拠があります。マジックアイテム『(つばさ)ある(よろい)』を持ち出したのはあなたですね?」

「『翼ある鎧』? ああ、飛行能力を持つマジックアイテムですか」

「とぼけでも無駄(むだ)ですよ。あなたがあの鎧を持ち出したことはわかっているのです」


 立ち上がり、ナタリアはジュリアンをにらみ付ける。


「黒熊領で誘拐事件を起こしているのは、あなたの配下です。それを魔王の責任にして、あの者の評判をおとしめるのが、あなたの目的なのでしょう?」

「おかしなことをおっしゃいますね。姉上」

「……どういう意味ですか」

「無断でマジックアイテムを持ち出したことは(あやま)ります。ですが、それは魔王を止めるのに必要だからです。空を飛んで人々をさらっている魔王に対抗するには、飛行能力が必要です。『翼ある鎧』を持ち出したのはそのためなのですよ。姉上」

「そんなごまかしが通用すると思いますか!」


 ナタリアは叫んだ。


「順序が逆です! 黒熊侯での誘拐事件は、あなたが(よろい)を持ち出した後で起こっているのです! あなたが誘拐事件に関わっていることは明らかなのですよ!?」

「証言など……関係ありませんよ」


 ジュリアンは静かに一礼して、告げる。


「なぜなら、黒熊侯(こくゆうこう)ゼネルスが明言しているからです。『部下から報告を受けた。誘拐事件の犯人は魔王である。彼を排除するために、金蛇侯爵家(きんだこうしゃくけ)の兵を領地に入れる』と」

「…………なにを、言っているのですか」

「姉上が魔王をかばうのはわかります。姉上は魔王と交渉し、その身分を保証しているのですからね。その魔王が悪事を行ったのであれば、かばうのは当然です。ですが、すでに黒熊侯が認めているのですよ。誘拐事件の犯人は、魔王だと」

「証拠は!? それ以前に、王都にいるゼネルス侯がどうやって情報を得たというのですか!?」

「姉上は(かしこ)い。ですが、みんなが理屈通りに動くわけではないんです」


 痛々(いたいた)しいものを見るように、ジュリアンはため息をついた。


「誘拐事件は魔王の仕業です。王家と黒熊侯(こくゆうこう)が話し合って、そう(・・)決めたのです(・・・・・・)。悪いのは魔王だと。奴は、排除(はいじょ)すべきだと」

「……ジュリアン」

「はい。姉上」

「あなたはそうまでして、王になりたいのですか?」

「なんのことでしょう?」

「あなたは宰相(さいしょう)に『選王会議(せんおうかいぎ)』についてたずねたそうですね」

「それがなにか?」

金蛇(きんだ)の兵が黒熊領(こくゆうりょう)を押さえれば、あなたは確実に2票を得ることになります」


 選王会議では誰が次の王にふさわしいか、侯爵たちが投票を行う。


 金蛇侯爵家はジュリアンの母の実家だ。

 間違いなく彼に票を入れるだろう。


 黒熊侯爵家は未確定だ。

 しかし、金蛇の兵が領地に入ってしまえば、ジュリアンに逆らえなくなる。


 これで2票。

 あとひとつ侯爵家の票があれば、ジュリアンの王位継承(おういけいしょう)が確定する。


「あなたは選王会議において、確実な2票が欲しかったのでしょう? あとは銀鷹(ぎんよう)赤鮫(しゃっこう)の票があれば過半数になりますからね。あなたは王位を得るために、金蛇侯爵領とゼネルス侯を動かしたのではないですか?」

邪推(じゃすい)は困りますよ。姉上」

「あなたが次の王になれば、外戚(がいせき)である金蛇侯(きんだこう)は大きな力を得ることになる。あなたに力を貸す理由は十分にあるでしょう」


 ナタリアはジュリアンを見据えながら、


「父上が倒れたことを知っている侯爵は、金蛇だけです。だからあなたは金蛇を動かし、他の侯爵家を出し抜くことを考えた。そうなのでしょう!?」

「関係ありませんよ。それに、金蛇に父上のことを知らせたのは、聖女を寄越(よこ)してもらうためです」

「金蛇だけが父上の病状を知っているのは不公平では?」

「わかりましたわかりました。だったら、僕から他の侯爵たちに知らせましょう」


 うっとうしそうに、ジュリアンは手を振ってみせた。


「それで姉上は満足されるのでしょう?」

「私が侯爵たちに書状を出してもいいのですが?」

「やめた方がいいですよ。姉上が動けば、魔王に連絡を取るのではないかと疑われます」

「侯爵に知らせるぶんには問題ないと?」

「そうですね。だから僕が知らせると──」


 ジュリアンが言いかけた直後──足音が響いた。

 見ると、王宮づきの執事が、大慌(おおあわ)てで駆けてくるのが見えた。


 執事はジュリアンとナタリアの前で(ひざ)をつき、告げる。


「申し上げます! 銀鷹侯爵家(ぎんようこうしゃくけ)赤鮫侯爵家しゃっこうこうしゃくけの使者が来訪されました! 国王陛下にお見舞(みま)いをしたい(むね)と、なぜ金蛇侯爵家にだけ陛下の病状を伝えたのかをうかがいたい、と」

「なんだと!?」


 ジュリアンが声をあげる。


 彼にとって、予想外の出来事だったのだろう。

 王が倒れたことを知る侯爵は、金蛇侯爵だけだ。彼の地にいた聖女を呼び寄せるときに、事情を話したからだ。それは金蛇が序列一位の侯爵家で、ジュリアンの母の実家であることも関係している。

 だから金蛇侯爵家は他の侯爵たちに先んじて動くことができた。


 銀鷹侯(ぎんようこう)赤鮫侯(しゃっこうこう)も、王都にいる黒熊侯(こくゆうこう)ゼネルスさえも、王が倒れたことを知らない。

 それは王家が他の侯爵家に弱みを見せない方がいいという判断からだったのだが──


「姉上……あなたの仕業か!!」


 ジュリアンがナタリアをにらみつける。

 誰が両侯爵家に書状を出したのか、気づいたのだろう。


「侯爵に父上の病状を知らせるのは問題ないと言いましたね。ジュリアン」


 ナタリアはドレスの(すそ)をつまんで、淡々(たんたん)と答えた。

 勝ち誇ったような様子はなかった。


「ならば、私が前もって書状を送っていたとしても問題はないでしょう? それに、両侯爵が金蛇侯爵家に疑いを持っているなら、金蛇とは無関係の私が対応すべきですね」

「王家が他の侯爵家に弱みを見せるべきではない! なのに、姉上は……」

「隠しても仕方ありませんよ。金蛇侯は事情を知っているのですから」

「金蛇侯はこのジュリアンの伯父だ! だが、他の侯爵家に弱みを見せるのは……」

「金蛇侯だけが強くなれば、相対的に王家は弱くなります。それがわからないのですか?」


 ナタリアは表情を変えず、答える。

 

「侯爵の使者を待たせるわけにはいきません。私が応対しましょう」

「いえ、僕も同席します」

「そうですか。構いませんよ」

「いつまでもあなたの勝手にできるとは思わないことだ。姉上!」


 ナタリアが両侯爵家に書状を送ったことで、状況は変わった。

 銀鷹(ぎんよう)赤鮫(しゃっこう)も、王が病床に伏したという事実を知ってしまった。


 それだけではない。

 ナタリアはおそらく、黒熊領で起きている誘拐事件のことも話すだろう。

 それが魔王の仕業と疑われていることも。

 マジックアイテムが、行方不明になっていることも。


 この状況で金蛇が黒熊領(こくゆうりょう)に兵を入れれば、他の侯爵家は疑いを抱く。

『ジュリアン殿下を王にするために、金蛇侯爵家(きんだこうしゃくけ)が勢力拡大を図ったのではないか』と。

 そうなれば金蛇もジュリアンも、動きにくくなるだろう。


 だが、ナタリアが侯爵の使者と会うのを止めることはできない。

 侯爵たちに書状を出したのはナタリアだ。

 なのにジュリアンだけが応対したら……やはり、侯爵たちの疑いを招いてしまう。


「…………やってくれましたね。姉上」


 ナタリアは、ジュリアンの動きを牽制(けんせい)したのだ。

 兵も、マジックアイテムも使わずに。ただ書状を送るだけで。


「それでも……姉上には魔王と繋がっている疑いがある」


 ジュリアンは吐き捨てた。


「しばらくは……あなたの行動を制限させていただく!」

「いいですよ。ジュリアンの権限がおよぶ範囲で、そうなさい」


 ナタリアは穏やかな口調で、告げた。


「ですが……ジュリアン。あなたは魔王を甘く見ていますよ」

「わかっていますよ。魔王は伸びる剣を使い、巨大な魔法を操るのですよね?」

「魔王の力がそれだけだと思っているなら、なにも言いません」


 ナタリアは兵士に守られながら、歩き出す。

 一度だけ、魔法使いダルサールに目配せをして、両侯爵との会談の場へと向かったのだった。







 ──ジュリアン王子は、最後まで気づかなかった。


 ナタリアが「両侯爵(りょうこうしゃく)」と、繰り返していたことに。

「金蛇」「銀鷹」「黒熊」「赤鮫」の名前を、何度も口にしていたことに。


 ナタリアがジュリアンの前では、一度も「灰狼(はいろう)」の名を口にしなかったことに。

「魔王」という言葉は口にしても、「灰狼にいる魔王」とは言わなかった。


 だからジュリアンは「灰狼(はいろう)に、王の病状についての書状を送ったのか?」とたずねなかった。


 ナタリアも、語らなかった。

 当然だ。

 彼女は灰狼のことが話題にのぼらないように、言葉を選んでいたのだから。



 ジュリアンは、姉のナタリアと、彼女の好敵手である魔王を甘く見ていた。

 彼がその事実に気づくのは、まだ、先のことになる。


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