第56話「ランドフィア王家の出来事(4)前編」
──王都にて──
「やはり、書類が改ざんされているようですね」
「はい。持ち出されたマジックアイテムがあるようです」
ここは、ナタリア王女の執務室。
ナタリアと魔法使いダルサールは、マジックアイテムの使用記録をチェックしていた。
黒熊領で領民が消える事件が起きているとの報告があったからだ。
黒熊領には現在、侯爵がいない。
しかも、あの地は魔王がいる灰狼領にも近い。
だからナタリアは黒熊領に配下を送り込んでいた。
その者から報告があったのだ。奇妙な誘拐事件が起きている、と。
報告書の最後には『魔王が関与しているとのうわさあり』と書かれていた。
魔王のコーヤ=アヤガキは空を飛ぶことができる。
人知れずに領民を誘拐することも可能だろう。
──それが、調査員の意見だった。
「これは魔王の仕業ではありませんね」
ナタリアはあっさりと結論を出した。
理由はシンプルだ。
黒熊領の領民をさらっても、魔王にはメリットがないからだ。
ナタリアと会談したとき、コーヤ=アヤガキは『自分は人間の味方をする魔王』だと言った。自分が死ねば、人間に敵対する魔王が現れるかもしれない。だからお前に俺は殺せない、と。
王家の者を前にして、対等な口調で。
思い出すと腹が立つ。怒りで叫びだしたくなる。
だが、ナタリアは王女だ。国を治める政治家でもある。
自身の感情と、国にとっての利害は分けて考えることにしている。
そうでなければ王家の一員として不適格だろう。
政治家としてのナタリアは『事件の犯人は魔王ではない』と判断した。
理由は次の通りだ。
第一に、黒熊領の者たちは灰狼に好意を抱いている。
そして、魔王は灰狼の味方をしている。
黒熊領の領民を敵に回せば、灰狼の立場が悪くなる。
そんなことを魔王がする理由がない。
第二に、コーヤ=アヤガキは『人間の味方をする魔王』と名乗った。
彼が人間に敵対したなら、王家は彼を討伐する理由ができる。
それはコーヤ=アヤガキにとってメリットになる。
そして、コーヤ=アヤガキは領民を誘拐するような人物ではない。
最後はナタリアの直感だが、正しいと思っている。
それがコーヤ=アヤガキが召喚されたときのことを考えればわかる。
コーヤ=アヤガキが召喚されたあと、みずから灰狼に追放されることを選んだ。
マジックアイテムを操る力があるのにも関わらずだ。
彼が攻撃的な人物だったら、王宮で『首輪』を武器に使っただろう。
自分の『首輪』を外して、魔法使いダルサールか侯爵のひとりに押しつければ、人質にできる。
そうすることで、自分の要求を通すこともできたはずだ。
だが、コーヤ=アヤガキはそうしなかった。
コーヤ=アヤガキは本当に、平穏な生活を望んでいるのだろう。
そんな彼が黒熊領の領民を誘拐するわけがない。
「殿下のおっしゃりようは、このダルサールには意外ですな」
ダルサールは驚いたように、目を見開いていた。
「まるで、殿下があの者を信じていらっしゃるように見受けられます。お忘れですか、殿下。あの者が殿下との交渉のときに、不遜な言葉を吐いたことを! あの者は王家の敵なのですぞ!?」
「わかっています。あの者は敵です。それは間違いありません」
ナタリアは落ち着いた口調で、答えた。
「ですが、話が通じる相手であることは……間違いありません」
「そ、それは……確かに……そうなのですが」
「そして、今の私たちがあの者を殺すことはできない。ならば、あの者を理解し、現実的な対処をするべきでしょう。目を逸らしたところで、あの者がいなくなるわけではないのですから」
それが、魔王との出会いから、ナタリアが学んだことだった。
コーヤ=アヤガキは敵だ。
王家にとっては、不快な者でもある。
これまで王家は、見たくないものや不快な者を、遠くへと追放してきた。
見えないようにして、意識から外してきた。
使えない異世界人を灰狼に送り込んでいたのも、そのひとつだ。
その結果、魔王コーヤ=アヤガキという存在が生まれた。
彼は今、北の果ての灰狼領にいる。
けれど、王家は魔王から意識を逸らすことはできない。王家は魔王対策を行うものだ。常に魔王を意識して、対処法を考えなければいけない。
殺せない魔王と、どう付き合っていくのかを考えなければいけないのだ。
「魔王は存在する。そして、話が通じる相手でもある。これは王家にとって重要なことです」
ナタリアは話を続ける。
「私たちは魔王が存在するということに慣れなければいけないのです。そのためには、魔王のことを理解する必要があります。違いますか? ダルサール」
「た、確かに……そうなのですが」
「ダルサールがあの者を嫌っていることはわかります。私も、同じ気持ちです」
「……はい。殿下」
「ですが、コーヤ=アヤガキは王家に敵対することの危険性を理解しています。だから私に交渉を持ちかけてきたのでしょう。そんな者が、民を誘拐するはずがありません。それは明確な敵対行動であり、王家との不戦協定を破棄するようなものなのですから」
「不思議です……殿下」
「なにがですか。ダルサール」
「殿下はあの者を、好敵手として評価しているように思えます」
「ざれごとはおよしなさい。あの者は王家にとって、最悪の敵なのですよ?」
「……失礼いたしました」
「話が逸れましたね。黒熊領のことを話しましょう」
ナタリア王女は冷めたお茶を一口飲み、喉を潤す。
「黒熊領での誘拐事件は魔王の仕業ではありません。ならば、犯人は魔法使いか、マジックアイテムの使い手です。防壁に囲まれた町に侵入し、人をさらっているのですからね。特殊な手段を使っているとみるべきです」
「王宮に仕える魔法使いはすべて調べました。行動に不審な点はありません」
「ならばマジックアイテムの使い手の可能性が高い。そう思って調べてみたのですが……」
ナタリアはため息をついた。
「まさか……マジックアイテムの一部が、レプリカと入れ替わっているとは……」
初代王アルカインのマジックアイテムは、厳しく管理されている。
王家の者であっても、持ち出すには申請と許可がいる。
ただし、申請先は国王だ。
その国王が病床についている今、管理体制に隙ができている。
マジックアイテム『翼ある鎧』を持ち出した者は、その隙を突いたのだろう。
「書類を書き換え、レプリカを置くことでマジックアイテムを『持ち出していない』ことにしたのですね。悪辣な」
「マジックアイテムの管理は魔法使いたちの仕事です。ですが、倉庫に入った者を記録するのは文官たちですからな。そこを突かれましたか」
魔法使いダルサールは書類を確認しながら、
「証言は取りました。倉庫に入られたのは、ジュリアン殿下とその配下である、と。ジュリアン殿下が、どうやって黒熊領の情報を得たのかですが……」
「あの子は黒熊侯ゼネルスと面会したのですね」
「記録がございます。そちらも確認済みです」
「黒熊領の情報はそこで得たのでしょう。ジュリアンは……なんと愚かなことを」
「おそらくは、魔王をおとしめようとしたのでしょう」
「正確さに欠けていますよ。ダルサール」
「と、おっしゃいますと?」
「ジュリアンがおとしめようとしたのは、私でしょうね」
ナタリアは魔王と会談を行い、彼の身分を保証する書状を送った。
その魔王が悪事を行ったなら、ナタリアも責任を問われる。
王位を争う上で、不利になる。
「ジュリアンはそれを狙ったのでしょう。こんな……雑な手段で」
「どうなさいますか? 殿下」
「あの子と話をしましょう」
ジュリアンは慎重な性格だ。
だからこれまで文官たちをまとめあげてきた。大きなミスもしなかった。
その彼が、どうして急にこんな行動に出たのか、知る必要がある。
そう考えたナタリアが、ジュリアンを問い詰めることを決意したとき──
「姉上はいらっしゃいますか。ジュリアンです。姉上にお話があります」
──ドアの向こうで、ナタリアを呼ぶ声がしたのだった。




