第55話「魔王軍 (偽物)、魔王に追い詰められる」
「どうして私を責めるのですか! 魔王陛下!!」
羽つき鎧の男が叫んだ。
奴は木の根元に座らされながら、俺を見つめている。
「私は忠実なる魔王陛下のしもべです。黒熊領を支配するという野望のために、魔王軍の尖兵となったのです。なのに、どうして私を批難するのです!?」
「俺は魔王軍なんか作ったおぼえはない」
「いいや、あなたはそれを望んでいた!!」
奴は必死にわめきつづける。
「私は魔王陛下のやるべきことをしただけです。あなたの領地を広げ、無慈悲なる魔王にふさわしい国を作ろうとした。あなたがするであろうことを、私はやろうと──」
「俺のやるべきことを他人が決めるんじゃねぇ!!」
気づくと、俺は奴を怒鳴りつけていた。
「俺は『人間の味方をする魔王』だと名乗った。だから黒熊領に調査に来た。その俺がお前を捕まえた時点で、お前の論理は破綻してるんだよ!! なんでぶっ壊れたロジックをいつまでも語り続けてるんだ!? 馬鹿馬鹿しい」
「……ぐぬ」
「そもそも、お前が使っているのは王家のマジックアイテムだろうが。そんなものを使ってる時点で、お前が魔王の敵対者だというのはわかってるんだよ!!」
「……なんで、魔王が……人の味方なのだ」
奴は歯がみしながらつぶやく。
「魔王とは……侵略し、人を支配するものではなかったのか。人間の味方だと? 本気で……そんな魔王が存在すると……本当に?」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「……貴様が悪いのだ」
羽つき鎧の男は、吐き捨てた。
「私が領民を拉致したのではない! 貴様がやらせたのだ!! 魔王なんてものが現れなければ、我らがこのような手段を取ることはなかった。悪いのは貴様だ!!」
「どういう意味だ?」
「貴様がいなければ、領民をさらうような真似をしなくて済んだ。我が主君もこれまで通り、心おだやかに過ごすことができたはずだ。貴様のような者がいるのが悪い! 消えろ!! 死ね!! 貴様の存在が間違いだ!! 我々にこのようなことをさせたのは貴様なのだ!!」
「またそれかよ……」
……一瞬、元の世界の出来事を思い出した。
父親の配偶者が、俺の職場に怒鳴り込んできたときのことを。
俺の父親は死の直前に、突然、俺を自分の子どもだと認知した。
遺産を分け与えると言い残した。
そのせいで、俺はあいつの配偶者に責められることになった。
──お前さえいなければ!
──お前がいなければ、こんな思いをすることはなかった。消えろ! 死ね!
──私を怒らせているのはお前だ!!
あいつは俺の職場にまで乗り込んできて、そんなことを叫んでいた。
おかげで俺は仕事を辞めることになった。
思い出すたびに吐き気がする。
まあ、二度と父親の配偶者と会うことはないから、いいんだけど。
羽つき鎧の男が口にしたのは、それと同じ言葉だ。
──自分はこんなことをしたのはお前のせい。
──お前が悪い。消えろ。
──私にこんなことをさせたのはお前だ!
なんだかなぁ。
まさか、異世界に来てまで、似たようなことを言われるとは思わなかったんだけど──
「恥ずかしい人なの。あなたは」
不意に、ティーナが口を開いた。
「あなたは本当に恥ずかしい大人なの。自分のしたことに責任を取ることもできないの。そんなのが今の時代の人間なんて、幻滅なの」
「小娘になにがわかるか!?」
「あなたが楽しんでいたことは、わかるの」
ティーナの口調は、氷のようだった。
「あなたは黒熊領の人たちを閉じ込めて、笑っていたの。高い位置からみんなを見下ろして、楽しんでいたの!」
「ち、違う! 私はそんな人間では──」
「あなたの言葉をティーナは聞いてたの。マスターも、黒熊領の人もみんな聞いているの。あなたはどうしようもなく、人を迫害することを楽しんでいたの!」
「それは魔王軍になりきるためだ!!」
「それはあなたが考えた魔王軍でしかないの!!」
「────!?」
「アリシアさんが言ってたの。灰狼の記録によると、魔王の配下は残酷で容赦がなかったって。魔王の配下が人をさらって、ねちねちと人をいじめるなんてことをするわけがないの」
「……それは」
「だから、あなたが笑っていたのは自分の意思によるものなの。あなたが黒熊領のみんなを見下ろして、楽しんでいたの。あなたはこの仕事を望んでやっていたのに。なのに……マスターのせいにするなんて……」
ティーナが、俺に身を寄せてくる。
「封印されていたときも、こんな気分にはならなかったの。でも……許せないの。マスターの名前を勝手に使って、マスターを困らせようとして……」
「「「……許せないのですー」」」
ティーナの肩の上には精霊たち。
ティーナと一緒に、羽つき鎧の男をにらみつけている。
「マスター! 集団魔法の使用許可が欲しいの!」
「「「欲しいのですー!!」」」
「それは駄目」
俺はティーナの頭に手を乗せた。
「こいつを処理するのは、俺たちの仕事じゃないよ」
「…………マスター」
「こんな奴のために、ティーナが手を汚す必要はないんだ。俺のエゴだけどな」
俺はティーナの頭をなでた。
「怒ってくれてありがとう」
「あ、あの。マスター? くすぐった……ううん。やめなくていいの。やめないで。そのまま……うん。もうちょっと」
照れくさそうにしていたティーナが、おとなしくなる。
髪をなでられて気持ちよさそうにしてる。
精霊たちも俺に頭を向けてきたから、空いた手で髪をなでていく。ティーナと精霊たちをなでているうちに、俺の気分も落ち着いていく。
「ティーナのおかげでわかったよ。この男は、俺を怒らせようとしてる」
「────っ」
羽つき鎧の男が目を逸らした。
正解だったらしい。
「こいつは、俺に自分を殺させようとしてるんだろう。そうすれば証人がいなくなって、自分たちの主君のことがわからなくなる……そう考えてるんだと思う」
「じゃあ、さっきの言葉は、ティーナたちを怒らせるために?」
「いや、あれは本音だと思うけど」
「やっぱり?」
「だけど、それをわざわざ口にしていたのは、俺を挑発するためでもあるんだろうな。魔王を怒らせることで……自分と仲間を殺させて、証拠隠滅をするために」
俺は敵兵のリーダーに視線を向けた。
「だけど、そんなことをしても無駄だ。証拠はそろっている。貴様は王家のマジックアイテムを使っていたからな。貴様が王家の関係者の命令で動いているのは間違いない。そして、王家で俺を敵視している者といえばナタリア王女だ」
「…………」
羽つき鎧の男が、俺を見た。
俺は続ける。
「貴様はナタリア王女の部下か?」
「そうだ」
「嘘だな」
「────!?」
「返事が早すぎる。それに、あの王女の配下にしては、貴様のやり方は雑すぎる」
ナタリア王女とは正式に書面を交わしている。
なのに、彼女がこんな手を使ってくるのは不自然だ。
あの王女は苦手だし、嫌いだ。俺の敵だと思っている。
だけど知的な敵で、プライドのある敵だ。
ナタリア王女が、こんな手段を使うことはないだろう。
「わかった。今回の事件には、ナタリア王女と対立する者が関わっているのか」
俺の言葉に、羽つき鎧の男は応えない。
ただ、悔しそうに歯がみしただけだ。反応としては十分だけど。
「それと、貴様らは殺さない。そうだな……動きを封じたまま、黒熊領の城門前に飾ることにするよ。その後の処理は、黒熊領の民に任せる」
「……な、なんだと!?」
「その鎧は俺が許可を出すまで動かない。可動部分は固定されたまま。つまり、彫像と同じだ。城門前に飾るにはちょうどいいと思わないか?」
「…………ま、まて、待ってくれ!」
「そうしていれば、いずれあんたの主君が助けに来るかもしれないからな。水と食料は与えるように、カナール将軍に頼んでおくよ」
「ま、待て。待ってくれ! そんな無慈悲な……」
「魔王は無慈悲なものだろう?」
「う、うぅ……」
「それとも、あんたの主君の名前を吐くか?」
「…………」
「まあいい。連行する前に、持ち物検査だけはしておこう」
俺は羽つき鎧の男に近づいて、その身体に触れた。
「『王位継承権』の名において命じる。胸から胴にかけての装甲をパージしろ」
羽つき鎧の胸と、腹の部分の装甲が外れた。
それでも奴は動けない。両肩も腰も、背中も固定されてるからだ。
「これは……財布か。身分証明書はなし……っと。捕まったときのために、身分証は持ってないのか……?」
「服の下に隠しているかもしれないの」
ふと、思いついたように、ティーナは、
「もしも、この人が殺されるつもりだったのなら……胸の近くに身分の証になるものを隠していると思うの。そうすると胸を刺されたときに身分証が破けて、血で読めなくなるの。そうすることで身分を隠すものもいたって、お父さまは言ってたの」
「さすがジーグレットさま」
あの人は長いこと人間と付き合っていたそうだからな。
そういう知識もあるんだろう。
なるほど。となると鎧下になにかあるかもしれないな。
探してみると──
「……あった。これは……書状か?」
「…………あ」
敵兵のリーダーが目を見開く。
奴は観念したように、がっくりと肩を落とした。
「書かれているのは図形……いや、紋章か?」
「枝に絡みついているこれは……蛇なの」
紋章の下には数字が書かれている。
なんだろうな。これは。
「将軍のところに戻ろう。ティーナ」
「はい。マスター」
俺たちは敵兵のリーダーを連れて、将軍とカリナさん。メルティのところに戻った。
戦闘はとっくに終わっていた。
メルティと精霊たちの攻撃を受けてすぐに、傭兵たちは武器を捨てたそうだ。
「ご無事でしたか。コーヤ=アヤガキどの」
「将軍もお疲れさまです。すみませんが、これを見てください」
俺は敵兵から取り上げた書状を、カナール将軍に見せた。
メルティとカリナさんも同じように、書状をのぞき込む。
「金色の枝に蛇。これは……金蛇侯爵家の紋章です!」
「これを敵兵が持っていたのですか!? 魔王さま!?」
カナール将軍とカリナさんが目を見開く。
「趣味が悪い紋章ね。蛇に角くらいつければいいのに」
メルティは頬を膨らませながら、俺に肩を寄せてくる。
働いて疲れたらしい。
「紋章の下に書かれている数字は、何代目の侯爵かを表すものでしょう。紋章の中には侯爵のサインが埋め込まれております。金蛇侯爵が書いたもので間違いありません!」
「さすが将軍です。詳しいですね」
「汚れ仕事を任された者には、このような書状が渡されるのだと……聞いたことがあります」
カナール将軍は、苦々しい口調で、
「侯爵の命令で行うのだと証明するためと、正当な報酬を与えると約束するためです。汚れ仕事を引き受ける者と、その家族に渡されることが多いですな」
「つまり、奴らは金蛇侯爵家の者ということですか」
「おそらくは」
「でも、金蛇侯爵家の者が、どうして王家マジックアイテムを?」
「父上に聞いたことがあります。金蛇侯爵家は……王子殿下の母君の実家だと」
そう言ったのはカリナさんだった。
「ランドフィア王家にはふたりの王位継承者がいるのです。ナタリア王女殿下と、その弟君のジュリアン=ランドフィア殿下です。でも、王子殿下がこんなことをするなんて……」
「わかりました。あとで、その人のことを詳しく教えてください」
今は、領民を元の場所に帰してあげないと。
人手がいる。
黒熊領の領都から人を連れて来よう。
「カリナさま。領都で人を集めていただけますか?」
カナール将軍は短剣を取り出し、カリナさんに渡した。
「これは私の代理であることを示すものです。この短剣とカリナさまのお名前があれば、兵士たちを動かすことができましょう。事情を伝えて、食料や衣服を用意してもらってください」
「承知しました。すぐに取りかかります」
「コーヤ=アヤガキさまにはご迷惑をおかけしますが……」
「わかってます。カリナさんを領都に運べばいいんですね?」
「申し訳ありません。民を助けるためには、あなたさまの力が必要なのです」
「言いましたよ。俺は『人間の味方をする魔王』だと」
今は、それでいい。
わかってくれる味方が増えれば、それで。
「ありがとうございました。魔王さま」
カリナさんは俺に向かって、深々と頭を下げた。
「このご恩は忘れません。黒熊侯の娘の名において、魔王さまが人間の味方であることを、領民に伝えます。あなたを疑うような者が二度と出てこないようにしますから」
「ありがとうございます」
「敵兵は彫像として、屋敷の前に飾ることにいたしましょう」
ふと、カリナさんが言った。
天使のようなほほえみを浮かべながら。
いや……俺も同じこと言ったけどさ。
あれは敵兵をおびえさせて、情報を引き出すためだったんだ。
だけど、カリナさんは100パーセント本気の顔に見えるんだけど……。
「重要な証人ですからね。それなりにあつかった方が」
「わかりました。魔王さまがそうおっしゃるなら」
カリナさんは、ぱん、と手をたたいて、
「彫像にするのは、彼らからすべての情報を引き出してからにしましょう」
敵兵の運命が決まった瞬間だった。
こうして、黒熊領での誘拐事件は解決して──
俺たちは後処理のために、黒熊領の領都に向かったのだった。




