第38話「ランドフィア王家の出来事(1)」
──王都にて──
ランドフィア王家は、現国王のリーナス=ランドフィアで8代目となる。
国内で、リーナス王の評価は高い。
無難に、これまで通りのやり方で国を治めてきたからだ。
不安があるとすれば、リーナス王の身体が強くないこと。
子が2人しかいないのもそのためだ。
異世界人召喚の儀式に国王がいなかったのも、それが理由だ。
国王は100年ぶりの儀式に参加することを望んだ。
だが、体調がそれを許さなかった。
国王は常に、重責を背負っている。
民と貴族。強大な力を持つ4大侯爵 (灰狼は含まない)──そのすべてに責任を持つのが、ランドフィアの国王だ。
その上、初代王アルカインという偉大な祖先と、常に比べられている。
『魔王は再び現れる』という予言にも対処しなければいけない。
王宮は多くの『不死兵』に守られているが、油断はできない。
むしろアルカインが大量の『不死兵』を遺したことそのものが、魔王の危険性を示している。
『不死兵』を目にするたびに、リーナス王はそれを思い出す。
魔王はいずれ、再来する。
そのときは灰狼侯爵領を餌にする。
魔王が灰狼の者たちを襲っている間に、王家と他の4大侯爵は迎撃態勢を整える。
異世界人を召喚しているのも、彼らの力と知識を、魔王対策に活かすためだ。
だからリーナス王は、常に魔王のことを気に掛けてきた。
若いころは、まだよかった。
無敵のマジックアイテムを使って魔王を倒すのだと、意気込んでいられた。
だが、歳を重ねてみれば、身体の弱さを自覚せざるを得なくなる。
魔王のことが、日々、心労の種になっていく。
──今日は魔王は復活しなかった。明日はどうか。
──明日も大丈夫だった。では、明後日は?
まるで容器に、水滴が溜まるように、ぽつり、ぽつりと、国王の心労は増えていく。
そうして、国王リーナスの心の器は、それほど大きくはなかった──
「父上に申し上げます。灰狼領に魔王が現れました!」
だから、第一王女ナタリアの報告を聞いたとき、リーナス王はおどろくことしかできなかった。
黒熊領に強力な魔物が現れたという話を聞いた、数日後のことだ。
視察から戻って来たナタリアは、青ざめた顔で国王に報告したのだ。
「我らが召喚したコーヤ=アヤガキが、魔王の地位を継承したのです」
「ですが、その魔王は人間の味方であると宣言しております。その言葉の通り、彼は黒熊領を襲った魔王を倒しました」
「コーヤ=アヤガキは『王家の敵にはならない』と明言しました」
「王家としては、彼と不戦の協定を結ぶのが良いかと思います。許可を頂けないでしょうか」
ナタリアは興奮した口調で、報告を続ける。
その内容をリーナス王が理解するまで、少し、時間が必要だった。
もちろん、言葉の意味はわかる。
ナタリアの言う通り、この世界に新たな魔王が現れたのだろう。
だが、その魔王が異世界人で、人間の味方で、王家の敵にならないというのは、どういうことなのだろう。
魔王は人間の敵だ。
初代王アルカインの記録にもある。
──魔王とは、名を持たないものである。
──魔王とは、わかりあえない。
──魔王の正体を、決して探ってはいけない。
──魔王の正体がアルカインの親友、賢者ヴァルサスであったことを、知られてはならない。
それが、王家の者だけに伝わる、アルカインの言葉だ。
だが、ナタリアが告げた魔王の姿、リーナス王の理解を超えていた。
そんな王の動揺に気づかず、ナタリア王女は続ける。
「異世界人のコーヤ=アヤガキには、初代王のマジックアイテムを操る力があるのです」
「彼は『自分は高貴な者の血を引いている』と言っています」
「父上の弟君でいらっしゃるアルムス叔父さまは行方知れずになっています。コーヤ=アヤガキはあの方の子どもなのでは?」
「他にも、王家には行方不明になった者がおります。もしかしたら、異世界に渡った者がいたのかもしれません。その者が、コーヤ=アヤガキの祖先である可能性もああります」
「今、コーヤ=アヤガキを敵に回すのは得策ではありません。まずは不戦の協定を結んで、それから対処法を考えるべきでしょう。彼は精霊王の地位も継承し、多数の精霊たちを味方につけているようで……」
ナタリア王女が語る言葉のすべてが、リーナス王を圧倒していく。
(召喚した異世界人が魔王で、人間の味方で、王家の血筋?)
(そんなことは初代王アルカインの予言にも書かれていなかった)
(その人物が灰狼侯爵領にいる? 王家がずっと迫害してきたあの地に?)
リーナス王の頭に疑問がよぎる。
身体の震えが止まらない。
そして、浮かぶ言葉はひとつだけ。
(……どうすればいいというのだ!?)
灰狼侯と和解すべきか? だが、どうやって?
今の灰狼侯レイソンと会って、話をするか?
いや、会うのは無理だ。
その場には魔王が同席するだろう。魔王も、灰狼侯レイソンもそれを望むはず。
魔王は自分を召喚した者の王に会いたがるだろうし、灰狼侯も魔王抜きでリーナス王と会おうとはしないだろう。
そんな危険な場所にリーナス王が出かけるのは不可能だ。
ならば、書状を出すべきか?
だが、なんと書けばいい?
これまでのあつかいを詫びるか? 駄目だ!
それでは歴代の王の行いを否定することになる。
ランドフィア王家が間違っていたと、国中に宣伝することにもなりかねない。
ならば自由を認めて、街道の通行を許して、交易の許可を出せばいいのか?
しかし、王家の許可などが必要か?
魔王にはマジックアイテムを操る能力があるという。
彼は領境の『不死兵』を、すでにに味方につけているだろう。
灰狼の封鎖は解かれている。
国王が通行を許したところで、それは事実の後追いにすぎない。
いや、むしろ王家の権威を弱めるだけだ。
(それよりも魔王だ。いや、精霊王か? どっちなのだ!? いや……どちらでもいいのか!? よくないのか!? なんなのだあの異世界人は!!)
リーナス王は頭痛をこらえるように、額を押さえた。
身体が震え出しているのことに、彼は気づいていない。
──魔王が現れたという、恐怖。
──その魔王が人間の味方であるという、安心感。
──しかし、その者が灰狼領に──王家が迫害し続けた土地にいるという不安。
──なによりランドフィア国王が、この大陸でただひとりの王ではなくなったという事実。
それらがリーナス王を、ひどく混乱させていたのだ。
「……わかった。お前の話はわかった」
リーナス王は手を振り、報告を続けようとするナタリアを止めた。
「これ以上の報告は……書面で行うがいい。私としては魔王……いや、灰狼との和平に……異存はない。進めるがいい。今言えるのは、それだけだ」
「ありがとうございます。陛下」
「さがるがいい。ご苦労だった」
そう言って、リーナス王はナタリアを退出させた。
翌朝、王が自室で倒れているのが発見された。
床には、普段は飲まない酒の瓶が、空の状態で転がっていたという。




