四十話「過去の言葉、奇しくも役立ってしまうもの」
――共通の友達の話、というのは。
まあ一般的に考えて、話題選びの無難さランキングでは上位に食い込むであろう。
この話がどこかしらで出てくるという事は、祐介も予想していたし、覚悟していた。しかしまさか、祐介側から言い出したり、または話の流れからその話題に踏み込むことはあろうとも、美穂本人から直接その話に足を突っ込むとは、想像していなかった。
祐介にとって、美穂は、健太は、そして二人の関係は、何なのか。
美穂はそこまでの深い意味を持ってその話題を振ってきたわけではあるまい。しかし、であろうとも、美穂が健太の話題を振ってきた、その瞬間に。祐介はそう言ったことを問われていると思ったのだ。まさに、自分の認識を、問われているのだと。
「高橋にとってさ。シュガー君ってどんな人?」
美穂がそう問うてくる。しかし、祐介としてはその答えを出すべきはお前だろう、と反駁もしたくなった。片や、友人の友人として健太に関わり始めた祐介。またもう一方は彼と同じ塾に通い、カップル(仮)とまで呼ばれている美穂だ。健太の人となりを語るべきは恐らく、いや間違いなく、祐介ではなく美穂であるはずなのだ。
「そうやなぁ……佐藤はどんな人、なぁ」
とはいえ、そんな祐介にとっては当然であることも、美穂にとっては意識していないことであり、祐介もそのことを美穂に伝えようとはしない。伝えることで、美穂と健太の関係が気まずくなってしまうのが、どこかで怖かった。
――そこで、祐介は自覚する。祐介にとって、美穂と健太の関係というのは壊れて欲しくないものなのだと。そして同時に、常に進展していて欲しいものなのだと。
そう自覚してからは、祐介も言うべき言葉が簡単に決まった。
「逆にさ。美穂はあいつのことどんな奴やと思うん? 正直、俺は副会長のお兄さんの友達、っていう認識が強くて、正直これから知っていく感じやと思うんやけど」
直接的に、『自分と健太』の関係性と『美穂と健太』のそれを比べるような発言は当然しない。しかし、今この状況で自分が健太の人となりを曖昧に語って終わり、というのは嫌だった。何が何でも、それこそ執念のようなもので、美穂と健太の関係性を進展させなければならないのだ。
それは恐らく、余計なお世話だとかおせっかいだとか、そう言った名前が付けられるはずのもので、実際そう名付けられるだろう。しかし、それを考えたとしても――、
「美穂は、佐藤のことを何やと思う――?」
「……」
そう尋ねることを躊躇わない。そして、問うてしまったことを、悔やまない。
さて。言ってしまった。口にしてしまったのだ。目の前ではやけに真剣な表情をした祐介に気圧されたのか、困惑顔の美穂がいる。さあ、もう後戻りはできない。祐介は、無言で返答を促した。
「――友達やと、そう思うよ?」
「……そう、か」
「いろいろ、噂があるのは微妙に知ってるんやけど。けど少なくとも、今付き合ってたりはしぃひんし……」
それは知っている。とは、祐介も言わなかった。変に空気を重くしてしまったことに罪悪感を抱き、祐介もふっと美穂から視線を逸らす。
友達なのだと、そう明言されて。祐介は、何を思ったのだろうか。一切表情の変化なく、強いて言えば困惑だけがある中で、その答えが帰ってきて。
――残念だと。そう思ってしまった。
そんな感想を抱いた自分が、嫌だった。
人の人生に干渉する、というのは。しかも噂だとか、表面上の情報だけを切り取って、というのは。自分が一番避けるべき、忌避すべき、鼠のやり方じゃないのか。
「……ごめんな、質問に質問を返して」
謝るのは、そこじゃなかったかもしれない。いや、間違いなくその点ではなかった。しかし、祐介はそう言って謝るしか、なかった。
美穂は首をふるふると振って、特に気にしていない、と返してくる。その表情には、困惑はなかった。
「けど、噂って。――今は付き合ってへんのにね」
「まぁ、それだけ仲良さそうに見えてるってことやろ」
「噂されて注目されるっていうのは、慣れへんわ」
困ったように笑う美穂は、適当に入った土産屋でキーホルダーらしきものを摘みながら、噂に関する所感を述べた。
それを聞いて、祐介も曖昧に頷いておく。
それは確かに、そうだろう。
自分について、事実と異なる話をまことしやかに語られるというのは、困惑するし、場合によっては不快にも思うはずなのだ。
実際、美穂も噂をされて、注目されるのは困る、と不快感をあらわにしているわけで――、
――いや、ちょっと待てよ。
ふと、祐介は思うことがあった。曖昧な違和感と言ってもいい。その違和感の源泉は、見た目と雰囲気に反して恋愛小説を好んで読んでいる大輔から聞いた話だった。
ヒロインのセリフには、伏線が混じっている。照れ隠しが、秘匿しようという試みが、その言葉の端々に意図的な違和感が、混じっている。
――『今は』付き合ってへんのにね。
――噂されて注目されるっていうの『は』慣れへんわ。
それは、ともすれば単なる勘違いだとか、邪推なのだろう。しかし、思い立って少し、美穂に視線を移した祐介は気づく。
奇しくも、その時にもまた、思い出したのは大輔の言葉であった。
『恥ずかしがって頬が紅潮する描写は色々散見されるけれどね、頬には変化が出づらい人もいる。そういうときに見るべきなのが――、』
――耳なのだと。
美穂の長い髪が前に垂れて、少し邪魔になったらしい。美穂が、その髪を押し上げて、耳に掛けた。その時に見えた耳は、ほんのりと赤くなっていた。
その時、祐介は益体もなく思う。
――お兄さんの言葉って、無駄に役立つよなぁ。
【里奈】うぅーん…………
【健太】どしたん?急に立ち止まって唸りだして……不審者極まりないで?
【里奈】なんかこう、なんとなく、重要なシーンを見逃してしまったような気がする……
【健太】なんそれ
【里奈】多分気のせい
【健太】(なんか腑に落ちない……)………そっか




