第十八話 「夏祭り、若しくは戦いの場」
「射的かぁ……あんまりやったことないけど」
「頑張ってや、シュガー君っ!」
射的の屋台にて、ここは比較的行列もなかったので、健太と美穂は何度か連続して一番上のクマのぬいぐるみを手に入れるための挑戦を重ねていた。
イギリスの女性の数割はテディベアとともに寝ているというのは誰の言であったか、人間とクマのぬいぐるみというのは切っても話せない関係性があるのかもしれない。
「―――うーん、惜しい」
シューティングゲームの類を得意とする健太だが、実際に現実世界で銃を撃ってみろ、と言われるとかなり難しいところがある。特に、この銃は安全性のために威力が抑えられており、クマのぬいぐるみを一発で倒すことが出来ない。
だから、諦めるか? そう問われれば健太は首をはっきりと横に振る。
美穂からとって欲しいと頼まれれば、まあ、やるだろう。
そりゃそうだ。
「前、副会長が物体の重心を捉えて攻撃することが相手を『倒す』ためのコツや、言うてたしな」
『人を一瞬で制圧するなら鼻筋に弾丸を打ち込むのが一番らしいけど、なんかの的に当てるんやったら重心捉えてうまく重心を動かせるようにして倒さなあかんのよ』
物騒な豆知識とともにそんなことを語っていた大輔の言を思い出し、健太はもう一度クマのぬいぐるみを見やる。
そして、一発撃ってみる。やはりゲームの経験も多少は生かされているようで、どうにかぬいぐるみに中てることは出来た。着弾点は左腕。しかし、腕の部分は縫合が緩めてあるのか、ふにゃりと躱される。
次にもう一発、着弾点は頭。ぬいぐるみは少しよろけたが、すぐに元の態勢を取り戻す。
普通のぬいぐるみならば、頭に中てれば倒れるはずだ。
しかし、そうでないということは重心は一定ではないのか……?
「あ―――、行ける」
先程自分の目で見たことをもう一度頭の中で反芻する。
そして、健太は勝ち筋を見つけた。
頭に着弾した時に見えた、最初の態勢の時から動かなかった右腕!
左腕同様に縫合が緩いためかそこはふにゃりと曲がりながら弾を受けた頭に引っ張られずに元の位置を維持し、結果的に全体を引き戻していた。
慣性の法則を考えれば、たしかに右腕だけが動かなかった理由は分かる。静止し続けていた物体が制止し続けるのは世界の理だ。だが、それが全体をもとの位置へと引き戻すことは考えられない。本来なら、右腕とは比べるほどもないような大きさの胴体に引っ張られて、動き出すはずだからだ。
つまり―――、右腕にこそ、重心がある!!
「頑張って、シュガー君、行けるで!」
最後の応援も受け取り、健太は終わりの一発を打ち込まんと銃を構える。
そして、引き金を引けば弾の代わりにコルク栓が飛び、そのまま吸い込まれるかのようにして右腕へと着弾した。
重心のある右腕が押され、ぬいぐるみ全体のバランスも同時に崩れていく。
「よっしゃぁ!」
「くそぉ、絶対落とせないはずの特殊重心のぬいぐるみがぁぁ!」
健太はガッツポーズを上げ、射的屋台の店主は悔しそうに声を上げる。
重心を右腕にするにあたり、物理演算を繰り返してバランスをとれるように作り上げたぬいぐるみであったのに、まさかそのからくりを見抜かれるなどとは、店長も思っていなかったことだろう。
しかし、どれだけ策謀を巡らせようとも、それを看破されたのであれば景品を渡さずにはおれず。健太はクマのぬいぐるみを無事にゲットした。
「はい、これあげる」
「ありがとう! すごいな、これ取れるって」
正直、重心のからくりに気づけなかったらなかなか難しい戦いだっただろう、と健太も思う。しかし、途中からは重心を意識して打つことが出来たからこその成功である。
見たところ普通に購入すれば数千円はしそうなぬいぐるみだが、今回使ったのは千円に満たぬ金額。雰囲気を壊すことになるので口にはしないが、中々得をできたようで何より、と心の中でのみ思う。
何より、美穂に喜んでもらえたのだから、それ以上に考えることもない。
*
「成程、射的ですかぁ」
「楽しそうやな、私らシューティングゲームよくやるし、やってみる?」
「やってみましょうか」
健太×美穂ペアが射的をしている様子を背後から見つつ、大輔と里奈は会話を交わす。そして、目的地が決まれば里奈がもう一度スマホをいじりだした。
「議長先生? スマホばかり触っておられると将来の彼氏と破局しますよ?」
少しお道化た口調で言ってみる。
これで少しは空気を悪くしないままにスマホをやめてもらえるだろうか、と思った大輔だが、里奈が見せてきたスマホの画面を見て、その必要はないと思いなおした。
「いちゃいちゃは即時共有よ」
目の前にあるスマホの画面には、祐介とのチャット画面がある。少しばかりメッセージを読んでみれば、これまでの健太と美穂の様子がはっきりと全て、細かく書かれていた。最早諜報員のような手際だ、と感心すると同時に何とも恐ろしさすら感じる。
「それは、必要ですね……」
祐介を含む三人は健太と美穂の恋愛事情を見守るといつの間にか誓いすらも交わした三人である。ならば、この場に来れていない祐介のために情報共有をするのは必要不可欠だ。
「さて、誤解も解けたようで。射的しましょか」
「そうですね、折角なら、勝負しましょう」
「お? やるか?」
お互いに不敵な笑みを浮かべて睨みあい、戦意を高める。
それぞれ現実世界での射的など初めてのはずだが、歴戦の達人同士かのような気迫を持って戦いに臨んでいた。
「交互に狙って、どれでもいいので景品を先に手に入れられた方の勝ち、ということでいいですか?」
「よろしい、何にせよわしは負けぬよ」
なんのキャラなんだ、と突っ込みたくもなったが、今ばかりはここ二人も敵同士だ。
何が何でも相手を打倒する。それだけを念頭に置き、いざ、尋常に勝負―――!
「では、まず僕から。こういうのは重心を捉え、的確な位置に的確な角度から弾を打ち込むことが重要ですからね。感覚ではなく理論ですよ」
そう言いつつ撃ち込んだ第一弾。
重心が何だ、と語っていた大輔だが、そもそも景品のどこにも当たらないのであれば重心も関係ない。ということで、全くどこにも当たらずコルク栓はどこへやらと消えた。
「はい、残念! じゃ、私の見本を見ておきなさいって」
次に里奈が前に出てくる。
狙うは大輔とは違う景品。箱形のグミであった。
里奈が静かに引き金を引けば、簡単に景品に弾が当たる。
そして、元々軽い景品だ。威力を抑えた銃であっても難なく―――。
「はい、私の勝ち~!」
へっへっへ、と笑いながら小さいグミの箱を持って里奈が勝ち誇る。
「くっ……負けました」
ここで初めて大輔を出し抜くことが出来たということで、里奈は上機嫌の儘にグミを頬張る。大輔は悔し涙を流す真似をしながら木村先生にもらったベビーカステラを一つ口に運んだ。
「あ、そろそろ花火の時間ですし、移動しましょうか。少し進んだところにある丘で見るのが多分見やすいと思いますよ」
「お、リサーチ完璧やな!」
勿論です、と執事のような礼をして、大輔が人ごみの中をかき分けて進み始める。
少し視線を先に送れば、健太と美穂が屋台に並んで焼きそばを買っているのが見えた。おそらく、花火を見ながら丘の上で食べるつもりなのだろう。
「僕らも少しばかり食事を買ってから行きましょうか。花火の時間も近づいてきて、屋台が空いてきているようです」
「そやな、そうしよ」
こうして、夏祭りはクライマックスへと、向かっていく―――。




