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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第2章 こわい先輩編
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第26善「頑張れよ」


 委員長が冷静さを取り戻して程なく、警察と機動隊が突入して来た。俺達の戦闘中に、人質の中にいたモールスタッフが出入り口のロックを解除したのだそうだ。


「さっきはあんな事言ったが……頑張れよ、善行生活。その子のためにもな」

「あぁ」


 手錠を掛けられる無精髭男に、先程までの皮肉っぽい態度は無い。どこか吹っ切れたような、何か悟ったような雰囲気だ。


「フッ。良い彼女を持ったじゃねーか。羨ましいぜ全く」

「かっ!?」


 委員長の顔が爆発したように真っ赤に染まる。何かを訴えたそうにしているが、口をパクパクさせるだけで言葉が出てこないようだ。


「いや、委員長は彼女とかではないぞ」


 声が出ないようなので代わりに答えてやったのだが、それを聞いた無精髭の目がキョトンと丸くなり、続けて心底呆れたように大きな溜め息を吐かれた。


「……まぁ、なんだ。頑張れよ」


 その言葉は俺ではなく、何故だか委員長に向けられていたような気が。

 そうして、言いたい事は言い切ったとばかりに俺達に背を向け、無精髭は警察に連行され立ち去ろうとする。しかし、


「あの、お巡りさん。少しよろしいでしょうか?」


 それを、聖母先輩が呼び止める。


「なんだよ? 餞別でもくれるのか?」

「何も差し上げる事はできませんが……。一つ、あなたから頂戴します。《スキルドレイン》」


 言いながら、先輩は手錠が掛かった男の手に優しく触れる。警察官は少し眉を顰めたが、何か受け渡している様子は無いと判断したのか、特に何も言ってこなかった。

 一般人には何も起こっていないように見えるだろう。しかし俺たち異世界帰り組みには、小さな光が無精髭男の手から先輩の手へと移動していくのが確かに見えた。


「えっ!? ま、まさか……」


 光の移動が終わったのを見届けると、無精髭男の顔が驚愕に染まる。彼の左手にあった呪いを示す刻印。それが、跡形も無く消え去っていたからだ。


「《スキルドレイン》は、スキルや魔術だけでなく、呪いなども奪い取れるのです。あなたの『一日一善さもなくば割と酷めの頭痛』、わたくしが引き受けます」


 聖母先輩の左手の甲に、七芒星がじんわりと浮かび上がる。『おそろいですね』と彼女は俺を見て照れ臭そうに微笑んだ。


「おまっ……な、なんでそんなこと……」

「一日五十善も五十一善もほとんど変わりませんからね。それに代償の方もわたくしには意味ないですから。失敗したらどうせ死ぬんですし」


 ですが、と先輩は言葉を区切り、光り輝く聖母の笑みを男に向けた。


「刑務所から出てきたら、一日……いえ、一週間に一度でいいので、善行をしてくださいね」

「……あぁ。あぁ! お前……いえ、あなたはなんて慈悲深いんだ。オレは罪を償って、呪いなんか無くても善行をできる人間に生まれ変わってみせるよ!」

「はい、頑張ってください!」


 無精髭は目に涙を浮かべ、憑き物が落ちたかのように爽やかな笑みを見せる。……新たなる信者が誕生した瞬間を目撃してしまった。

 つか、《スキルドレイン》は呪いを引き受けることもできるのか。俺の呪いも引き受けてくれないだろうか。そう考えたのは俺だけではなかった。


「あ、あの……俺様のも奪い取ってくれないかな?」


 話に割り込んできたのは、同じく手錠を掛けられたドレッドヘアーの男だ。


「えっ、嫌ですよ。定期券の接触悪くなると困るじゃないですか」


 それは嫌なのね……。


「だいたい刑務所の中に改札なんか無いですし、そのままでも困らないのでは?」

「そ、それは確かに……」

「ちなみにそれ以外の能力は奪いましたからね。脱獄なんか考えず、ちゃんと罪を償ってください」

「ハイ……」


 そうして、人が変わったように優しい表情を浮かべる無精髭男と、若干不服そうなドレッドヘアーを筆頭に、テロリスト集団は警察に連行されて行ったのだった。


「先輩、俺の——」

「嫌です」

「まだ何も言ってない……」

「吉井さんの呪いも引き受けてくれ、って話ですよね?」


 くっ、お見通しか。


「五十一善も五十八善も変わらないッスよ」

「それは変わりますね〜」

「でも——」

「いいですか? 《スキルドレイン》は奪うだけでなく、相手に与えることもできるのですよ?」


 なんと。それはヤバイ。


「意味、分かりますよね?」

「ハイ……」


 いつものように笑みを浮かべる聖母先輩。しかしその目は笑っていない。それ以上言うならお前に全て押し付けるぞ、と言外に語っている。無理にでも押し付けてこないのは優しさか……。


「……というか吉井さん、なんで手錠かけられてるんですか?」


 ほんとだ、手錠かけられてる。

 俺、手錠かけられてる。


「おい金髪、行くぞ。さっさと歩け」


 連行されてる。

 俺、連行されてる。


「ちょちょちょ! お巡りさんこの人は犯人じゃないんです! 吉井くんも諦めないで何か言ってー!」


 委員長の必死の説得により、パトカーに乗る寸前で俺の犯人疑惑は解消されたのだった。



********************



「吉井さん、手錠似合ってましたね」


 ひどくない?

 でもね、俺もそう思うんだ。なんていうか、びっくりするくらい手錠が手に馴染んでた。手錠をしたまま生まれてきたんじゃないかって思うくらいに。委員長が止めてくれなければ、あのまま流れで本当に逮捕されてたと思う。



 そうして、テロリスト集団は全員連行されて行った。怪我人や物的被害も無く、これにて無事一件落着だ。

 大変だったのはその後だった。警察の事情聴取。そして騒ぎを聞きつけたマスコミの取材が続き、開放された頃には午後七時を回っていた。


「聖母さま、本当にありがとうございました!」

「いえいえ〜」


 マスコミの囲いが終わったと思ったら次は聖母教の信者の囲いだ。もっとも、囲まれるのは聖母先輩だけだが。


「なんか長くなりそうなので、お二人は先に帰ってください」


 先輩は信者の相手をしつつ、俺と委員長にコソっと耳打ちしてくる。


「先輩、今日のノルマは終わったんスか?」

「ええ。お陰様で」


 そう言うと、聖母先輩はその場で華麗にターンを決める。風圧でワンピースがめくれ上がり、その下が晒された。ただし超高速で回転したので、元勇者である俺にしか目で追えない。


「うわぁ……」


 そこにあったのは、大量の『正』の字。耳無し芳一かの如く、肌を隠すようにびっしりと『正』の字が埋め尽くされている。それは内股に収まらず、太ももを一周して尻の方まで続いていた。エロ漫画でも見たことがない量だ。

 信者百人分だけでなく、警察や関係各所からの感謝も加わっているのだろう。先程の迷子狩りの分も合わさって、相当数の善行を獲得していた。


 対して、俺の左手は一切の変化が無い。

 思えば、警察の対応もマスコミの取材も先輩と委員長に任せっきりで、俺は横に突っ立っていただけだった。それが良くなかった。全ての感謝が先輩と委員長の取り分としてカウントされてしまったのである。


 迷子狩りといいテロリストの確保といい、あんなに頑張ったのに成果がゼロとは。

 残念な気持ちも強いが、それよりも焦りの方が強い。日付が変わるまであと五時間弱。善行の残りは二十回。無理だ。不可能だ。頼りの先輩も、信者に囲まれてしばらく動けそうにない。

 ——これはもう、諦めるしかないか。


「それじゃ、吉井くん。先に二人で帰ろっか」


 上目遣い気味に、少し照れたように言う委員長。

 ふと、無精髭の男の言葉が頭の中で反芻した。


 『頑張れよ、善行生活。この子のためにもな』


 ……そうだ。庇ってくれた委員長の気持ちを無下にしないためにも、こんな所で終わる訳にはいかない。

 何としてでも残りの善行も達成してやる。固い決心と共に、委員長と共にその場を後にした。


 去り際、平伏す信者達に語りかける聖母先輩の声が聞こえてきた。


「さぁ、みなさん、神に折りを捧げましょう…… 」


 百人近い人間が一人の女子高生に頭を垂れる。相変わらず凄い光景だ。……ちょっと待て今『折り』を捧げるって言ったか? なんだよそれ。そんなもん捧げられても神様困っちゃうよ。

 えっ、なんか、ボキッ!ボキッ!って音が聞こえてくるんだけど。こわぁ……。


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