第25善「そんなことしません!」
「ま……おう……?」
「そうですよ。魔王として異世界に召喚されたんです。言ってませんでしたっけ?」
初耳だ。だが思い返せば、先輩の口から『勇者として召喚された』なんて聞いた記憶はない。
とんでもない勘違いをしていた。てっきり俺と同じように勇者として召喚されたのだとばかり。まさか、魔王だったとは。彼女は別に騙そうとしていたのではない。俺が勝手に勘違いしていただけなのだ。
「魔族の方々が、人間を滅ぼす為にわたくしを召喚したんです」
先輩のその言葉を聞いた途端、無精髭男の目がカッと見開かれた。
「あっ……あー! お、お前! もしかして《終焉の魔王》か!?」
「えぇ、確かにそう呼ばれてましたね」
照れたように頬を赤らめる聖母先輩。
対して、無精髭男の顔が恐怖に染まる。
「……マジかよ。オレを殺した魔王って、お前だったのかよ!」
二人の召喚時期は重なっている。
先輩が魔王として異世界に召喚され、先輩を倒すために無精髭男が召喚された。そして無精髭は先輩に負けた、ということか。
「あのドレッドヘアーも終焉の魔王に殺されたって言ってたぞ……」
「確かに……勇者は二人ほど殺っちゃいましたね」
殺っちゃいましたね、じゃないよ。怖過ぎんだろ。
「すみません、あの時の勇者とあなた方が同一人物だと認識できず……」
「それはお前っ! 勇者だったオレの顔面を人相が変わるくらいグチャグチャに殴りつけやがったからだろ! 殴っては回復。殴っては回復。あれはマジで気が狂いそうだった……」
先輩は今も昔も変わらないようだな。
「俺と先輩は戦ってないッスよね?」
俺が倒した魔王は《終焉の魔王》なんて大層な名で呼ばれていた覚えはない。何よりも、拍子抜けするくらいめちゃくちゃ弱かった。
「はい。わたくしは二人目の勇者を倒した時点で元の世界に帰されてしまったので」
「帰された? 誰に?」
「召喚した魔族の方々、ご本人に……。『やり過ぎてドン引き』と言われました……」
魔族がヒク程に暴れたのかこの人……。
そのまま強制送還されなければ、俺も先輩の餌食になっていたのだろうか。
「い、一体お前はどれほどの人間を殺したんだ……」
その問いに、先輩は指折り数える。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
「さん……ですかね」
「三人? オレとドレッドに加えて、もう一人ってことか?」
「いえ……三つです」
「三つ?」
「大陸、三つ分です」
マジかよこの人怖すぎるんですけど。だから一日五十善なんていう途方も無い罰を受けているのか。
あまりに規格外の残虐さに、俺と無精髭がドン引きして押し黙ってしまうと、先輩は慌てた様子で取り繕う。
「ち、違うんです! 聞いてください! 魔族からすれば人間が悪に見えていたのです! 人間は無害な魔族まで滅ぼす悪魔だと、そう教えられていたのです! だから、魔族を救うために仕方なく……」
なるほど。見方が違えば善悪が変わるというワケか。
確かに、魔族側からすれば無害なのに魔族というだけで殺されるなんて堪ったもんじゃないな。……やべっ、すごく心当たりがある。
「そもそも、わたくしはあの異世界の出来事が現実だとは思っていませんでした。不思議な夢かと……」
まぁ、その気持ちは分かるな。いきなり剣と魔法の世界に飛ばされても、タチの悪い夢としか思えないのも無理はない。実際俺も初めはそうだった。
「だから、少し羽目を外してしまったのです……」
だからと言って大陸三つ破壊するのは羽目外し過ぎじゃないかな。この人あれだな。ゲームとかで殺せる敵は全部殺しちゃうタイプの人だなきっと。ナチュラルに虐殺ルートに突入しちゃう人だ。
「現実だと知ったのは帰る直前、神さまに教えてもらった時なんです。……ですが、色々と勘違いしていたとはいえ、罪を犯してしまったのは事実。だから、こうして罪を償うために日々善行生活を行うことに決めたのです」
事情があったとはいえ、さすがの先輩も罪悪感は感じるのか。もちろん自分自身(と、家族・友人)の命が懸かっているもあるのだろうが、彼女の善行生活は贖罪の意味が強いのかもしれない。
しかし、そんな聖母先輩を嘲笑うように、無精髭男は意地悪い笑みを見せた。
「ククク。善行生活なんかいつまで続くかねぇ。終焉の魔王、お前は本来善行なんかするようなタマじゃねぇだろ?」
「そ、それは……」
「お前もだぜ、金髪。お前も善行なんかやってらんねーってクチだろ」
まぁ、それはそうなんだが……。
「お前、オレを殴ってる時、すげぇイキイキした顔してたぜぇ? 人を殴ってる時の方が好きなんだろ?」
……その自覚はなかった。別に俺は好き好んで戦闘をしているつもりはなかったが、特に嫌だとは思ったこともないのも事実。
自覚が無いだけで、俺の中にも先輩のような残虐性が眠っているのだろうか。……いや、さすがにあそこまでの残虐性は無い……はず。
「吉井さんもわたくしと同類なのですね……」
一緒にするな。マジで一緒にするな。
「……まぁ、善行なんかしたくないってのは事実なんだが……やるしかないだろ。死にたくねぇし」
「ククク。いずれお前にも限界が来るさ。善行なんかするくらいなら死んだ方がマシだと思う日がな」
言い淀む俺を見て図星だと思ったのか、男はさらに饒舌になる。
「そしていつの日か、善行に耐えかねて悪行をする日が来るのさ。……いいか? オレはお前らの未来の姿だ。お前らもいずれ、オレと同じように悪事を犯す日が来る」
何も言い返せない。
彼の言う通り、善行をしたくないのは事実だ。残虐な心が俺の中に眠っているのも否定できない。でなければ虐殺勇者なんて呼ばれることはなかっただろう。
いずれ善行生活に耐えかねて、俺もこの男のように悪行に手を染めてしまうのだろうか。
俺と聖母先輩がその言葉を受けて、何も言い返せず俯いた時だった。
「吉井くんはそんなことしません!」
委員長の声。
驚いて声の方を見ると、鋭い目付きの、しかしどこか優しさの残る目付きの彼女がそこに。
いつの間にかこちらまで近付いて来ていたらしい。スカートをぎゅっと握り締めるその手は、少しだけ震えていた。
「わたしには何の話をしているのか良く分かりませんが……吉井くんは……吉井くんは悪事なんかしません!」
無精髭は面食らったように委員長を見遣る。何か言いかけて口を開けたが、委員長の言葉がそれを阻む。
「確かに吉井くんは不器用で、常識が無くて、一見不良なんですけど……それでも良い人間になろうと頑張ってるんです! そんな人が、悪事なんかするわけありません! 仮に道を間違えそうになっても、わたしが吉井くんの道を正します!」
彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。
それが、犯人に相対している恐怖から来るものなのか、それとも別の何かなのか、俺には分からない。
「だ、だいたいあなたに、吉井くんの何が分かるんですかっ! 吉井くんは……吉井くんは本当はとっても優しくて……わたしの事も何度も守ってくれて……それに……うっ、うう……」
限界だったのだろう。堰を切ったように委員長の瞳から大粒の涙が流れ落ちる。聖母先輩が彼女に寄り添い、優しく抱きしめた。
すすり泣く委員長。無精髭男はそれさえも嘲笑するのかと思ったが、しかし意外にも彼はフッと優しい笑みを浮かべた。
「そうか……。オレにも君のような人がいれば……悪事なんか起こさなかったのかもなぁ……」
虚空を見つめる彼の瞳は、どこか寂しそうだ。
「ううっ……うぅぅ……」
「委員長さん……」
すすり泣く委員長の頭を、聖母先輩の手が優しく撫でる。
「あの……吉井くん”は”って……わたくしは?」
台無しだよ。




