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◆回想―嘘つきのカラス(前)

 自分には人に視えないものが視えていると知ったのは、十数年前だった。

 

「全く君は……カラスの上に嘘つきなんて救いようがないねえ」

「ふ、副院長、そんな言い様は……」

「だって院長、いけないことはいけないと教えてあげないと」

 

 ノルデンとディオールの国境付近の村、リューベ村。

 あの地震と吹雪と猛暑のあと、俺はその村の孤児院に引き取られた。

 前の孤児院と違って、"光の塾"は目指さないらしい。食べ物がちゃんと出される。スープには具が入っているし、パンも欠片じゃなくちゃんと丸い。みんなが言うには量が少ないらしかったが、十分だった。

 前の孤児院では腹を満たすため自由時間にゴミ箱を漁って食べ物を探したりしたけどそれをしなくていい。

 食べる前のお祈りもしなくていいし、「食べてよし」の合図も待たなくていい。

 大人はずっと自分たちを見張っているわけじゃないし、怒鳴ったり殴ったりもしない。懲罰房もないらしい。

 

 ただ、ここの副院長だけは神父と同じに、ことあるごとに大声を出してきて嫌だった。

 俺を見るといつも彼の火が燃える――汚い色だった。

 

「ね、グレン。嘘をつくのはいけないことだって、さすがの君も知ってるでしょう」

「ウソをつくのはいけないです。でもおれはウソを言ってません」

「うるさい! なんで黙ってごめんと言えない!!」

 

 ――なぜこんなに怒られているかというと、俺がディオールの騎士を侮辱したかららしい。

 孤児院でみんなで飼っていたうさぎが殺された。

 その数日後、孤児院に慰問に来たディオール騎士の周りにうさぎの"火"が視えたから「あの人がうさぎを殺した」と指さして言ったらこういうことになった。

 

「あの制服、ここらの領地を仕切る辺境伯が擁する騎士団のものだ。その人に無礼な言いがかりをつけて、目を付けられたらどうするんだ!」

「でもあの人の周りを、うさぎの火が――」

「口答えするな! なんなんださっきから、うさぎの火うさぎの火って気味が悪い!! 気を引きたいからって適当なウソを言うんじゃないよ!」

「ウソじゃない。ずっとうさぎの黒い火が」

「ああああああもおおおおおお! いいから非を認めて謝ればいいんだよ分からない子だねえええええ! 頭おかしいのかああああ!!」

 

 副院長は頭をガシガシ掻きながら地団駄を踏んだ。

 

「ふ、副院長、落ち着いて……」

「院長は黙っててください!! 院長が甘やかすからつけあがるんです!! カラスはちゃんと躾けなければ!」

「だ、だ、駄目ですよカラスなんて……他の子が真似します」

「他の子! そうですよ、カラスは他の子に悪影響です! あああ、いくら助成金が出るからって、知識も教養もないカラスを育てろなんて割に合わないこと……」

「ふ、副院長そんな、子供の前でそんな――」

 

 院長が副院長に何か言っても聞き入れられることはない。

 院長は太っていて、いつもハンカチで汗を拭いていた。

 何かにつけて怒鳴る副院長にもの申してもみるものの、怒鳴りつけられるとシュンとなって黙る。

 そしてひとしきり俺が副院長に怒られたあとに「ごめんね」と言ってくる。

「副院長も君が嫌いでああ言うんじゃないんだよ」とかも言っていた。

 

 ――ウソだ。俺にはちゃんと分かる。

 副院長は俺を嫌いだ。そういう色をしてるんだ。

 あの日、避難所で銀のやつを引きずり出していった黒いやつらと同じ色。

 院長は大ウソつきだ。副院長よりもこいつの方が何倍も嫌いだった。

 

 

 ◇

 

 

 一度副院長が俺を責めているときに「副院長は俺が嫌いなんでしょう」と確認してみたことがあった。

 返答はこうだった。

 

「別にねえ、君が嫌いなわけじゃないよ。私の妹はノルデン人の戦争に巻き込まれて死んだんだ。だから私が嫌いなのはノルデン人だよ、カラスだよ。これはもう理屈じゃないんだよね。恨むのなら勝手に戦争を起こした君のお父さんとお母さんを恨んで――ああ……ハハッ、ごめんねぇ。いないんだっけ?」

 

 悪口を言いながら笑う人間を初めて見た。何が面白かったんだろう。

 副院長は、大嫌いなノルデン人である俺だけを嘲ったつもりだった――だけどここは孤児院だ。親がいないことを嘲り笑えば、その言葉は全員に刺さる。

 だから子供達は全員副院長を嫌っていた。みんな院長や他の大人の言うことは聞くが、副院長の言うことだけは聞かない。

 それはなぜか俺のせいで、みんなを扇動したんだろう卑怯者とよく罵ってきていた。

 なんでそうなるのか分からない。副院長は感情にまみれた"ヒト"だから、俺とは考えの行き着く先が違うんだろう――そう思って片付けることにしていた。

 

 副院長という共通の敵がいたからか、孤児院の子供達との関係はそこまで悪いものではなかった。

 みんな副院長に睨まれたくないからとあまり話しかけてきたりはしなかったが――。

 

「グレン! 掃除終わったら、いつもの場所な!」

「分かった」

 

 そんな中で、よくつるんでいる奴らがいた。

 一番年上でリーダー格のノア、副院長のお気に入りのエマ、そして副院長の息子、レスター。

 みんなどこかしらで疎んじられる要素を持っている存在だった。

 ノアは生意気だからと大人――特に副院長に、エマはえこひいきされているからと女の子に、レスターは副院長の子供だからとみんなに遠巻きにされていた。

 

「今日の副院長なんなんだよあれ、レスター」


 孤児院の裏庭にある大きな木がいつもの場所。

 建物の外壁にもたれかかりながら、ノアが足下の小石を蹴った。

 

「ご、ごめん……あの、昨日ワインが、ワインをね、お手伝いさんが割っちゃったんだ」

「ワイン~?」

「父さんがコレクションしてるんだ。ワインセラーにたくさん赤ワイン置いてあるんだ」

 

 レスターは院長みたいに太っていて、いつもオドオドしていた。

 孤児院ではない普通の学校に行っていたが、成績が悪く同級生のいじめに遭って学校に行けなくなり、この孤児院で一緒に勉強をしていた。

 副院長はそれが気に入らず「のろま」「バカ」「役立たず」「穀潰し」とみんなの前でよく怒鳴っていた――大体、お気に入りのエマと出来を比較する形で。

 

「え~? 俺達にしょぼい飯食わして自分はワインコレクションかぁ。信じらんねー」

「わたし『大きくなったら飲ませてあげる』って言われたことある……」

「キンモー! ロリコンだロリコン」

「父さん……エマが娘だったらよかったのにってよく言ってる」

「え……いやだよ」

「金髪好きだよなぁ あのオッサン」

 

 エマの髪は、キラキラの金髪。それに目は緑色。

 ノアは紫色の髪に緑の目。レスターは緑色の髪に淡い茶色の目。

 どれもノルデンでは見ない色だった。黒い髪に灰色の目の自分とちがって、みんな色があってきれいだ。

 それにノアもエマもレスターも、毎日何か違う色の火がゆらめいていて、これもきれいだった。

 

「なあなあ、今日の副院長は何色だった? グレン」

「茶色と、紫が混じってた」

「き、昨日もそうだったような……父さんっていつも何か汚いんだなぁ」

「エマと話してる時はすごいピンクだ」

「いやだ、いやだもう……やめてよ!」

 

 俺以外のみんなには火が視えない。

 だけど3人は副院長と違い視えないからと言って否定したりせず、今日の天気予報のように俺の色の視え方をいつも聞いてきていた。

 俺はこの3人が話しているのを聞いているばかりだったけど、一緒にいるのが好きだった。

 副院長と院長は嫌いだが、前の孤児院よりは断然いい。

 この日々がずっと続けばいい――そう思っていたが、その生活はやがて終わりを告げる。

 ノアがどこかの屋敷で住み込みで働くことになり、そしてエマも引き取り手が見つかり孤児院から去っていったのだ。

 

「だから違うと言ってるだろ! 何度言ったら覚えるんだ役立たず!」

「……ご、ごめん、ごめんなさい、父さん……」

 

 お気に入りのエマがいなくなって、副院長の機嫌は毎日最低。俺を罵っている時以外も常に汚い火が燃えている。

 一番年上のノアは昔は子供じみたいたずらで副院長を困らせたりが日常だったが、成長につれ副院長の言動行動の矛盾を指摘するなどしてどんどん意見するようになっていた。

 そのノアがいなくなったことも副院長の暴走に拍車をかけていた。

 

「ふ、副院長そんな、息子さんでしょう……」

 

 院長は相変わらず汗を拭きながらあたふたオロオロしているだけ。

 この人はいつも透明に近い薄い色の火をまとっていた――子供の頃はこんな風にたくさんの色が視えたが、今は視えない。

 あれは何だったんだろうか。燃えいていると言えない透明の火。中身のなさを表していたんだろうか。

 大人になった今、視えないのは幸運だ。視えたらきっと今以上に誰も何も信じられなくなっていた。

 

 汚い火が視界から消え失せるまで、全て焼き尽くしていたかもしれない。

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