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6話 限界

「カイル……大丈夫か」

「…………」

 

 冷めきって少し乾いたエビピラフを前に、カイルはテーブルに肘を付き、組んだ両手を後頭部に当ててうなだれていた。

 ウィルがテーブルの、カイルの目線の下あたりに飛んで着地すると力なく笑ってみせる。

 

「俺は大丈夫だ……当事者のあいつに比べれば、なんてことないさ」

「そうだよな……」

 

 重苦しい空気が砦を包む――こんな空気は久しぶりだ。

 これから起こるかもしれないあらゆる事態を想定し、今のオレ達は言葉少なに立ち尽くすしかなかった。

 

 

 ◇

 

 

「なあ、カイル……」

「ん?」

 

 木曜日、予定になかったがオレは砦に来ていた。昨日あったことをカイルに言っておこうと思ったからだ。

 カイルは大盛りエビピラフを食っていて、ベルはグレンが食いたいと言っていたチョコレートの何かを作ってくれている。

 ルカはどうしてるんだろうか。アイツにも聞きたいことがあるのに。

 

「いや……うん、どうしよっかな……」

「なんだよ、気になるな」

 

 内容が内容だけに、正直どう切り出せばいいやら。

 とりあえず、ネロのオッサンの話くらいから始めればいいか?

 

「……オマエさ、ネロって僧侶知ってる?」

「ネロですって!」

「「!!」」

「あ、あら、ホホホ。ごめんあそばせ……」


 ベルがメレンゲをカショカショと混ぜながら舌をペロッと出す。


 ――かわいいな。いやかわいいが、今それどこじゃねえな。

 

「ベル、知ってんの?」

「え……ええ。まあ有名人だもの」

「……悪い意味でね」

「そうなんか」

 

 カイルもベルも渋い顔をしている。


 ――どうやら2人もあのオッサンの無礼の被害にあったようだ。

 カイルは「竜騎士やってたのにどうして冒険者をやっているのか、何かやらかしたのか女遊びか、竜騎士は儲けが悪かったのか」など言われた。

 ベルは、前に属していたパーティが僧侶のメンバーを募集していた際、候補としてネロと共にメンバーと面談のようなことをした。

 結果ベルが選ばれ「やっぱり若くて美人で豊満な体つきの女性に癒やしてもらいたいよね~」なんて言ってきたとか……クソすぎる。知ってたらウィルに命令してフンとか落としてやったのに。

 

「フンなんかするのね……」

「いや、生き物じゃねえからしねえ。ただそういう物を落としてやれと命令したらできるぞ」

「何のこっちゃ……で、そいつがなんだって?」

「ああ、実は……、!!」

「……兄貴?」

「どうしたの?」

「あ……いや、わりい……」

 

 何かの気配を感じて、オレは持っていた調理器具を取り落としてしまった。

「何か」なんて言って、実は正体は分かっている。

 昨日も感じた、この気配。

 オレは今ビビったような怯えたような顔をしているようだ――カイルとベルが心配そうに見てきている。

 

 気配はどんどん近づいてきて、やがて食堂の扉が開いた。

 

「あれ? グレン。どうした、今日は休みなのに」

 

 グレンが入ってきた。休みの日に来るのは確かに珍しい。

 様子がおかしい。今日は寒波到来とかで朝から気温が低く風も強い。

 それなのにペラペラの白いシャツにズボンと、まるで部屋着のような装いだ。

 それに足元はおぼつかず、よろよろとしている。

 グレンはカイルの向かい側の椅子を引いて、倒れるように座り込んで(こうべ)を垂れる。

 

 この感じ、覚えがある。オレも数ヶ月前同じだった――。

 

「おい……大丈夫か」

「ちょっと……相談事が……あって……」

「え、相談? お前が……俺に?」

「…………」

 

 それを聞いてオレとベルは顔を見合わせる。

 

「大事な話、だよな? オレらは席外すわ――」

「いや、いい」

「え……」

「遅かれ早かれ分かることだし。それに……お前には視えているんだろう?」

「!」

 

「え? 視えて……って? どういう」

「兄貴……?」

「…………ああ、視えてる」

 

 昨日視えた、子供くらいの大きさの黒いヘドロの塊がグレンの座る椅子の後ろに立っている。

 背もたれに両手を添えて、グレンを下から舐めるように見上げていた。

 

「わりい……ちょっと言い出せなかった」

「そうだろうな……」

「どういうことだ……? 相談事って、その、兄貴が視てる何かのことなのか」

「ああ……実は」

 

 グレンは大きくため息を吐いてからまた息を吸い、左手で両目を覆った。手の甲の火の紋章を数秒光らせた後、その手を退けると――。

 

「!!」

「え……!」

 

 手を退けたあとのグレンの瞳の色は、赤に染まっていた。

 

「朝起きたら、こうなっていた」

 

 そう言ってうなだれるグレンを見て、カイルとベルが息を呑んで絶句する。

 オレは2人ほどの大きな驚きはなかった。グレンの傍らにいる黒いヤツの目がある所が赤く光っていたからだ。

 だがそこまで驚かなかったというだけで、絶望はでかい。

 

「なんで……、昨日の、ネロの一件が原因なのか? わりい、オレあんまり酷すぎて思考停止しちまって……何も口挟めなかった」

「いや……違うから、謝らないでくれ。……あんな奴はよくいるんだ。あそこまでの奴は珍しいが」

「……ヒースコートの件か? すまない、俺が行っていればあんな――」

「やめろ!!」

 

「「!!」」

「きゃっ……」

 

 声を荒げてグレンが叫ぶと、何もない空間が小さく爆発した。

 

「……悪くない奴に謝られても……何も、気が、晴れない……!」

「グ、グレン」

「もっと……他に」

「え?」

「謝らせたい奴が……山程、いるのに……」

 

 そう言ってグレンは両手のひらで顔を覆い隠す。指の間から見える目は、赤く光を放っていた。

 身体からは黒い煙のようなオーラが立ち上って――これが瘴気(しょうき)ってやつか。

 オレは紫だったけどコイツのは黒い。それだけ闇に染まっているということだろうか。

 

「だ、誰か……あの、憎い奴が、いるとか……」

 

 オレがそう切り出すと、カイルがギョッとした目でこちらを見てきた。

『何を言うんだ』ってとこだろう、そりゃそうだ。でも、今これを切り出しても許されるのは自分だけのような気がした。

 グレンは顔を隠していた手を退けて、机の上をちょこちょこ歩くウィルに目を向けた。

 

「……ソイツが剣だった時に『何もかも斬っちまえばスッキリする』とかなんとか言ってきててさ。でもオレは何か憎いもんがあったワケじゃないから……でも、それでも引き込まれそうだったんだ。苦しかった」

「ジャミル君……」

「だからなんか……色々と憎む気持ち抑え込んで、そうなったのかなって」

 

 かなり深く切り込んでしまった。

『謝らせたい奴が山程いる』――ネロだって結局謝りはしなかった。

 そういえばノルデン人を蔑む意図の『カラスの黒海』とかいう酒をやたらと渡されたりもしていた。

 あんな侮蔑や嘲笑ばかり受けていたら、闇堕ちとはいかなくても歪んで当然だろう。

 

「憎い奴か……分からないな」

「そっか――」

「言ってみれば……ほとんど全部が……憎い」

「…………」

 

 グレンの視線が虚空を彷徨(さまよ)い、黒いオーラがますます立ち上る。

 

「グレン……なんで。全部憎いって……どれくらい溜め込んでたんだよ」

 

 誰も何も言えない中、ようやくカイルが言葉を絞り出した。

 

「分からないな。クズはいつでもどこでもいたから」

「それは、確かにそうだ……」

「……ジャミル。今視えてるこいつは、何か喋っているか」

「え? ……いや、今は何も。ただ、昨日はずっと『どうして』って言ってた」

「そうか……俺もたまにこいつの声が聞こえていた。2年前くらいから」

「2年前……ディオール出ていった頃か? 何か関係あるのか」

 

 そういや、ディオールで騎士をやってたって言っていたな。なんでやめたのかまでは知らないが、どうやらいい事情ではないらしい。

 質問したカイルも何か知っているのか険しい表情だ。

 

「2年前、俺は魔物に襲われた村を助けに行った」

「ああ……知ってる。お前1人で行ったとかって……」

「俺はその村を、本当は助けたくなかった」

「え?」

 

「国が滅んだあと、俺はその村の孤児院に入れられた。そこの副院長は戦争でノルデン人に家族を殺されたとかで、何かあればこちらを悪者にして、ことあるごとに『助成金がなければ助けなかったのに』と言ってきた。院長は事なかれ主義で『ごめんね』と言うだけ。で……ある時近所でボヤ騒ぎがあった。それが数件続いて、騒ぎに乗じて空き巣も出た」

「ボヤ、騒ぎ……」

 

 青褪めた顔でカイルが復唱する。

 

「なぜか副院長は『お前が火を点けて盗みを働こうとしたんだろう』と言いがかりをつけてきた。何度違うと言っても聞く耳を持たない。さすがにあまりの理不尽に腹が立って『ちがう』と大声で叫んだら、さっきみたいに何もない所が爆発した。紋章の力が発現したんだ……それで俺はめでたく犯人に仕立て上げられ孤児院を追い出された」

 

 以前紋章の話を聞いた時に紋章がいつからあるか、ということを質問した。

 力自体は発現していたかもしれないが、紋章が出たのは15年前――フランツと、同い年くらいの時。そしてそれが原因で叩き出された。


『誰もお前を追い出したりしない』『子供は大人に守られているだけでいい』――先日アイツがフランツに言った言葉の持つ意味は、あまりに重いものだった。

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