◆エピソード―カイル:街のカラス(後)
「よし、完成。……18歳かぁ……」
1552年、12月。過去の世界に飛ばされて、6年目。
子供用の竜騎士スカーフに6個目の星を縫い付け、本物のスカーフの中に忍ばせる。
時間軸の違う遠い異国の地で、めでたく成人になってしまった。
故郷に存在しているはずの本当の自分は今7歳――いや、"本当の自分"って何だろうな。俺だって本当の自分なんだけど。
◇
「やあ、俺が来たよ」
「……」
いつもの武器屋の裏で木箱を片付けているグレンを捕まえてにこやかに声をかけるも、ジトッとした目線をくれるだけで相変わらずそっけない。
月に一度くらい、俺はこうしてこの「マードック武器工房」に顔を出している。
ここで武器の調整をしてもらっているが、実はそれは3、4ヶ月のサイクルでもよかった。
でも『カイル』という名前を呼んでくれるのはこいつだけだし、何よりこいつがどうしているかが気になって仕方なかった。
――こいつと出会ってから1年近く。
街を出歩けば様々な理不尽がこいつに牙をむいていた。
歩いていれば急に水をかけられたり、わざとぶつかられたり、物を売ってもらえなかったり、「ノルデン人が勝手に戦争を始めたせいで~」なんて聞こえるように陰口を言われたり。
それに近くで空き巣や窃盗なんかがあると、真っ先に疑われて事情聴取をされたり……。
月に1度会って数時間行動をともにするだけでも、数多くの悪意に晒される所を目の当たりにした。
◇
一番酷いのは放火の疑いをかけられたことだった。
前に俺は、こいつが自分の誕生日を知らないと言うので「ミランダ教会の盤で調べよう」と半ば無理矢理に連れて行った。
生年月日と共に盤の火を示す場所が天井に届くほどに赤く光って、こいつが火の紋章を持っているということも同時に明らかになった。
――それが、良くなかった。
ある日近くの店で火事が起こり、警備隊が武器屋に事情聴取にやってきた。
急になぜそんな、と思い警備隊に問いただすと、以前盤を使った時同じ場にいたミランダ教会の神官がなぜか「あのノルデン人の少年が火の紋章を持っていた」という証言をしたと言うのだ。
そして火事が起こったのは、よりにもよって数ヶ月前にグレンに嫌がらせして料理を提供しなかったあの飲食店。
あの時の店主は「逆恨みをして火をつけたんだろう、卑怯なカラスめ」と公衆の面前でグレンを罵倒した。
「ふざけるなよ、紋章がなんだよ!? 火の魔法は基本の術だろ、どれだけ使える奴がいると思ってんだ! それに術使えなくたって火を起こす手段なんかいくらでもある、逆恨みしてんのはそっちだろ!?」
周りに人がやってきている。近所の住宅の窓からこっそり覗いている奴もいる。
この店主の中ではすでにグレンが火をつけたことは確定事項で、皆の前でこきおろして断罪をしているつもりなんだ。
あんまり理不尽だ、酷すぎる。何の権限があってここまで人を踏みにじるんだ。
「黙れ! 個人間の争いにしゃしゃり出てくるんじゃないよ! 今、何か盗られた物がないかどうか警備隊に調べてもらってる! 火を着けて証拠隠滅したってね、調べれば、ちゃあんと分かるんだ! ミランダ様は、女神様は見て――」
「あのー……店長さんはあなたですか」
唾飛ばして血管浮き出るくらいに怒鳴り散らす店主に、警備隊の人間が声をかけた。
「あ、ええ、ええ。そうですとも。何か分かりましたか!」
「焼け跡を調べましたが、特に荒らされた形跡はありませんでした」
「え? ……ああ、それは、よかったです」
「それと火元ですが……休憩室のタバコの不始末が原因のようで」
「えっ……?」
「「…………」」
――なんとも、お粗末な真相。
しかもそのタバコは店主のもののようだった。
まだ聞きたいことがあるという警備隊の人間とともに、店主はそそくさとその場を立ち去ろうとする。
「おい待てよおっさん。なんか言うことあるんじゃないのか」
「はは、いやあ全く……」
「何笑ってんだよ……謝れよ」
俺がガンつけて凄むと、店主はめんどくさそうに舌打ちして目をそらした。
グレンは――相変わらず時間が止まったように黙りこくっている。
「まあ、私も悪かったけど……でも、そのカラスだってやっていないならそう言えばいいのに」
「一方的に罵って話なんか聞く気なかっただろ! 『私も悪かった』じゃない、おっさんが一方的に悪いんだよ!!」
「世間知らずのガキがうるさいな!! 大体カラス――ノルデン人は大人も子供も、犯罪者か闇堕ち予備軍ばっかりなんだから疑われたって文句言えないんだよ、恨むならお仲間を恨むんだな! ああ、全く迷惑だ、ノルデン人は存在が害悪だ」
「この――!」
「やめねえか」
「……っ、親方……!」
あまりにひどい言い草に二の句が告げられないでいると、武器屋の親方に肩を叩かれた。
「もうやめとけクライブ君。よその国とはいえ、一般市民と悶着起こしたとなりゃ問題になるだろ」
「っ、でも、でも……!」
「はっ! マードックさん、あんたの所は客も質が悪いようだね!」
店主が勝ち誇ったように鼻を鳴らす。あの慇懃無礼な態度はどこへいったのやら、今はただの感情むき出しのおっさんだ。
「そりゃあ、申し訳ねえ。この竜騎士の彼は普段は礼儀正しいんだが、曲がったことが許せねえタチでな。バリーさん……次に店を建てることがあれば『ノルデン人お断り』とでも貼り紙をしとけ。結果的にタバコの不始末だったが、あんたノルデン人からだいぶ恨み買ってるみてえだから本当に火をつけられるかもしれねえ、気をつけるんだな」
店主――バリーの言葉の勢いに対し、親方は淡々と話す。それが神経を逆なでしたようで、彼は歯噛みしたあと息を大きく吸った。
大声を出す気だ――俺は肩の筋肉を強張らせ、次に来る罵倒の台詞に備える。
「何が悪い!? ノルデン人は実際、野党か山賊か、闇の武器持った赤眼ばかりじゃないか!! 行商人がどれくらい襲われたと思ってる!? ……勝手に戦争を始めて勝手に滅んで、行く宛がないから盗み働いて、家族や何やらが死んで悲しくて闇堕ちだって!? 全くはた迷惑だ、社会悪だ! 元住んでたノルデンの腐った大地にまとめて押し込んで、国境に壁立てて二度と戻ってこれないようにすりゃいい!!」
――その場がしんと静まり返る。俺たちも、見に来ていた野次馬すらも言葉を失う。
彼らはどんな気持ちでいるんだろう。
「さすがに言い過ぎだ」とかなのか。
それともバリーと同じ気持ちで……「みんな思っていたけど言わなかったことを」なんて思っているんだろうか。
ああ、もうどっちでもいい。何もしないんだからとっとと消えて欲しい。
「バリーさん。こう見えて俺ぁ魔法が使えるんだぜ」
「は?」
親方の要領を得ない返答にバリーは首をかしげる。
「転移魔法も使えるんだ」
(親方……?)
親方魔法を使えるんだ……意外だ。意外だけど、今何の関係があるんだろうか。
「……何の、話だ」
「俺ぁ、あんたをいきなりどっかの山奥に連れてって置き去りにすることができる」
「な……」
「竜騎士団領、ディオール……どっちの山がいい?」
「な、な、何を……」
親方が、バリーの肩に手を置く。
「確かにこいつは盗みを働きにうちの店には入ったが……現状あんたには危害を加えていないはずだ。チビでガリガリのガキを攻撃してねえで、山の中でさっきと同じことを叫んでこい。あんたが頭の中に思い描く社会悪、害悪――ノルデンの山賊どもに聞かせてやるがいい」
親方が目を閉じると、親方とバリーの姿が徐々にうっすらと透明になっていく。
「ヒッ、ヒッ、ヒィイイッ! や、やめ――」
シュン、という音とともに二人はかき消えていった。数秒後、親方だけが転移魔法で戻ってくる。
「お、親方……あいつ、どうしたの。まさか……」
「あいつの店の焼け跡に置いてきてやっただけだ。本当に山に連れてかれると思ったのかビビって小便漏らして気絶しやがったぜ、ハハッ」
「あ、はは……」
――笑っていいものかどうか。
曖昧に笑みを浮かべて頬を掻いていると、親方の元に一人の男が歩み寄ってきた。
「いやーマードックさん、災難だったねえ。あのバリーさんは……ねえ? ノルデン人以外にも無能力者がどうのとか、差別発言多くてみんな辟易としててさあ、私も前々から――」
「お、親方っ……!」
男の台詞の途中で、親方が裏拳で男をなぎ倒した。
突然なぎ倒された男は訳が分からないといった風に打たれた顔を抑えながら親方を見上げる。
「旗色見て、全部終わった後にしゃしゃり出てきてどういうつもりだ。何もしねえ奴は何もしねえままでいろ……クソ虫が」
親方が男を思い切り睨みつけすごむ。逆光が筋肉の塊の親方を照らすとなんとも言えない凄みがある。
男は動物のように這って二、三歩進んでから立ち上がり「ヒィッ」とか言いながら逃走した。
――たった数十分ほどの出来事。それなのにもっと長く感じた。
グレンを見れば、やはり無表情で立ち尽くしている。
「ごめん……俺が教会なんかに連れて行かなきゃこんなことには」
「別に、あんたのせいじゃない」
「…………」
「そうだ。ああいう手合の奴らは、自分の頭の中で確定した事実の元に攻撃してくる。……こいつが火の術使えなくたって、言いがかりをつけてきていただろうぜ」
「…………」
二人は俺を擁護してくれるが、それが余計に辛い。
ああ、ダメだ。なんて考えなしだったんだろうか。
何もかもを嫌いな人間に結びつけて攻撃してこようとする奴がいるなんて……俺は、人の悪意というものをあまりに知らなすぎた。
◇
「あのさあグレン、あれないかなあ。"ブキナオール"」
「なんだ、それ」
「あるじゃんか、あれ。剣にファーッてかけるやつ。ヤスリでこするとちょっとした傷なら――」
「"リペアパウダー"のこと?」
「ああ、それそれ」
「あるけど、俺は勝手に物を売れない」
「いいよ、別に」
「ダメだ、バカ」
「バカとは何だよ。親方やおかみさんには言っとくし、ふかふか雪玉チョコやるからさあ」
「チョコはくれ。でも物は売れない」
「くれよぉ、ブキナオール。白い粉をさあ」
「白い粉……ふふっ……バカじゃないか」
グレンは目を伏せて鼻で笑う。
わけの分からない施設で育って、恐らく災害か内戦で故郷を失い、カラスと呼ばれて忌み嫌われ、その手には紋章が宿っている。
あのミランダ教会の盤で生年月日を調べたら、こいつは15歳だった。
最初出会った時より背は伸びたが、年の割に痩せていて小柄だ。
ただの、力のない弱いガキだ。それなのに色々背負わされすぎじゃないか。
自分も成人したけどやっぱりガキで、相変わらずできることは何もない。
ただ普通に接してバカ話をする……そんなことくらいしか。