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◆エピソード―カイル:星空のカーテン(後)

「ねえカイル。リタ、あやまらなくちゃいけないことがあるの」


 チクチクと刺繍をしながらリタが言葉を発する。

 手早いもので、クローバーの絵柄がもうすぐ完成するところだ。


「ん? なんかあるかなぁ」

「あのね、この前、おたんじょうびの話をしたでしょう」

「ああ、うん」

 

 もうすぐリタの、そして俺の誕生日だった。

 12月11日――同じ誕生日と知ったリタは飛んで跳ねて喜んだ。

 少し身体が弱いのでそれで息が乱れてしまって「何をしたんだ」とマイヤーのばばあにこっぴどく怒られた。

 ここへ来てから、俺はこういう「理不尽」を数多く味わっていた。やってられない。

 

 ちなみに同じ誕生日というものの、彼女の生まれ年は1539年、俺は1545年。

 時間飛び越えてきているから俺より5歳年下だけど、実際は6歳年上らしかった。

 ということは本来の俺が生きる1558年では、俺は13歳だからこの子は本当は19歳で……うーんややこしい。

 

 生まれ年を聞かれると、今の年号から自分の年を引いて答えないといけないからレスポンスが悪くなってしまう。

 そんなわけで、俺は足し算引き算が苦手だと思われている。

 加えて「クライブ」と呼びかけてもなかなか返事をしないので「ボーッとしたアホの子」と思われていた。不名誉だ。

 

 って、それはともかく。

 誕生日が同じだと知ったリタは、プレゼントを交換しあおうと提案してきていた。

 子供ながらに「それは無理じゃないか」と思っていたが……。

 

「あのね、お父さまに、カイルに何かプレゼントを買ってあげてって言ったんだけど『それはダメ』って言われちゃったの。マイヤーにも怒られちゃった」

「ああ……」

 

 それは、そうだろうな。一応臣下である自分にお姫様が何かをあげるなんて、そんな特別扱いはさすがに許されないだろう。

 

「そっかぁ。仕方ないね。おれがリタに何かあげるのもダメだって?」

「マイヤーがね、"けんえつ"を通せばゆるしますって」

「検閲」

 

 ばばあが見てヘンなものでなければいいということだろう。許すってなんだよあの三角メガネ。

 でもまあロジャーじいさんに買いに連れて行ってもらうし、じいさんが見てまずくなければ大丈夫かな?

 

「ねえ、カイル」

「ん?」

「カイルが巻いてるそのスカーフをかして?」

「これ? いいけど」

 

 5年くらい前に買ってもらった竜騎士スカーフのレプリカ。

 ずっと巻いてたけど、ここは竜騎士団領で本物の竜騎士も屋敷内で出会う。当然、スカーフも本物。ツヤツヤの物だ。

 俺はここにきて初めて、この質素な赤い布を巻いているのが気恥ずかしくなってきていた。

 

「どうするの? それ」

「うふふ、ヒミツ」


 リタはいたずらっぽく口元を俺のスカーフで隠して笑ってみせる。

 

「次会ってのおたのしみよ。プレゼント、まってるからね!」

 

 

 ◇

 

 

「うわぁ……」

「クライブ、はぐれないようにちゃんとついてくるんだぞ」

「うん」

 

 俺はロジャーじいさんに連れられて、ユング侯爵領のとある街に買い物に来ていた。

 以前家族で来たことがあるバルドルの街ほどじゃないが栄えた街のようだ。

 あれは独立記念祭だったから特別かもしれないけど。

 

「じいちゃん、お嬢様にプレゼントって何を選べばいいのかなぁ」

「クライブが選んだならなんでもいいだろうよ」

「そういうんじゃなくてさー」

「わしが口添えしたと知れば、わしはリタ様に絶交されてしまう」

「そーなの?」

「お前が『リタ様のことを考えて選んだプレゼント』であることに意味があるんだ。答えを見ながら問題を解くようなことをしてはいかん」

「うぇえ……」

「誰か身近な女の子にプレゼントあげたりしたことはないのかい?」

「ええ? うーん……あるけど」

 

 そう答えて俺は首を捻りながら、とある女の子のことを考えた。

 最近は全然関わっていなかったけど、あの子には何をあげれば喜ばれたっけ?

 

(ええと……)

 

 セミの抜け殻、ヘビの抜け殻、それにトカゲの抜け殻。

 セミの抜け殻が特に好きで、宝箱に詰めて保管するくらいだった。

 でも虫が湧いて俺と兄が何故か片付けさせられた。以来、兄は虫が超苦手になった。

 あとみかんの皮。

 皮は落ち着くとか言って薄い網状の袋に入れてスーハーしていた。

 いっぱい集めてきてね! と、ニコニコ顔で命令された。

 みかんを食いすぎたためか手が黄色くなっていた。

 

「うん。絶対、違うなぁ」

 

 貴族も平民もなく、これは絶対違うと分かる。

 あれはおかしすぎた……あんなのでよく『カイルって子供よね』なんて言ってたなぁ。

 

 

 ◇

 

 

「あっ。じいちゃん、あれ何?」

 

 商店街の一角のある店、ショーケースに並べられた見慣れない商品。花をガラスの中に閉じ込めたような不思議な物だった。

 

「これは花水晶だ」

「はなすいしょう」

「ここらの山では水晶みたいな魔石が採れてなあ。魔力をこめてこいつの中に花を閉じ込めちまうんだ。そうするとずっと枯れない――ずっとといっても15年くらいで色褪せちまうが。竜騎士団領の民芸品の1つだよ」

「へえ……見てもいいかなあ」

「もちろん」

 

 店の中には色んな花水晶が展示されていた。

 花束まるごと閉じ込めた大きい物、一輪だけ入った物。色も無色に青、緑色など様々。

 水晶はラメっぽい粒子を帯びていて、太陽の光が反射してキラキラのラメラメだった。

 ここらの民芸品っていうならばばあの検閲(笑)も通りそうだし、こんなに綺麗だしリタも喜んでくれ、る……?

 

「ろ、ろくまんっ!?」

 

 ガラスケースに陳列してある花水晶は、いずれも万単位のお値段。

 自分が出せる金額はせいぜい2000リエールほど。想定よりも一桁、二桁は違う。

 しかし店を回ってみると、ガラスケースに入っている物以外なら1000リエール台の物もちゃんと置いてあって安心した。

 

(あ。これ、いいかも……)

 

 目に入ったのは、小さい青い花を押し花にして閉じこめてあるしおり。

 青くてキラキラだ。ラメラメが綺麗で、光の加減で色んな色に見えて虹みたいだ。

 値段は4000リエール。高い。でもこれ以外にいいものが見つからないような気がして、足りない分をロジャーじいさんに出してもらいこのしおりを購入した。

 

 

 ◇

 

 

「誕生日おめでとう、リタ。はいこれ」

「わあっ! ありがとう!」

 

 目をキラキラさせながらリタは俺のプレゼントを受け取った。

 ――先週は、リタの誕生日パーティが行われた。

 ゲオルク様の弟妹とその子供がやってきて色々プレゼントをくれたらしい。

 すごい花束とか、小さいけど宝石の入った髪飾りとか、大きいぬいぐるみとか。

 自分なりに奮発して買った物だったけどこれらに比べると完全に霞んでしまう。

 ばばあからは渡して良いと言われたが、なんだか渡すのが急激に恥ずかしくなってきた。

 

「わああ、これ、花水晶? しおりなの?」

「……うん。リタは本をよく読んでるから。それに、リタの髪と同じに青くてキラキラしてるんだ」

「うれしい! すごくうれしい! ありがとう、カイル!」

「うん、えっと、でも……リタの髪の方がもっときれいだから」


 安いしおりと一緒にされては怒るかも と思い念の為フォローを入れると、リタはニッコリ笑う。

 

「うふふ、そうよ。星空だもの!」

「うん。あの……星空で、カーテン、みたい」

「カーテン?」

「もっともっと北の寒い所で見られるんだって。色んな色に光って、キレイなんだ。写真でしか見たことないけど」

「すてき! リタも見てみたいなぁ」

 

 俺の心配をよそに、リタは嬉しそうにくるくると回る。

 ああ、良かった。プレゼントでこんな緊張したことなんかなかった。

 俺はずっと渡される側だった。本当は俺も誕生日だったのに、なんで祝ってもらえないんだろう。

 ロジャーじいさんは祝ってくれたけど、やっぱり何か違う。

 今この空の下、カルムの街にいるはずの"本当の自分"は2歳の誕生日を迎えて家族から祝ってもらってるんだ。

 ――兄が自分を置き去りにしなければ、こんなことになっていなかったのに。腹が立つ。

 

「カイル、ねえねえ、カイル!」

「えっ」


 リタが俺の服の裾を引っ張っていた。


「わわ、ごめん、ボーッとしてて」

「ううん。あのね、カイルもおたんじょうびだったでしょう。おめでとう」

「あ……ありがとう」

「あのね、リタはカイルにプレゼントを買ったりしちゃダメだっていうから、はいこれ」

 

 リタはそう言いながら、前会った時に渡したスカーフを取り出し広げてみせた。

 俺が古代文字で書いた自分の名前の下に、銀の糸で小さな星が縫い付けてあった。

 

「あのね、ミランダさまに『カイルを守ってください』っておいのりしながらぬったのよ」

「すごいね……ありがとう」

「お守りだからね。ずっと着けててね」

「う、うん」

「あ、そうだ! リタ、来年のカイルのおたんじょうびも、また星をぬってあげるね!」

「え」

「すてきでしょ?」

「う、うん。でもおれ、ずっとここにいるわけじゃ」


 それに、これをずっと着けてるのもなんだか気恥ずかしい。

 

「だめよ、カイルはずっとここにいるの。りゅうきしになって、リタをまもるの」

「ええ……っ」

「カイルがりゅうきしになったら、リタを星空のカーテンのところにつれていってね!」

「えええ……それは無」

「やくそくよ! リタもやくそくするわ。カイルのこと"ぜったいにわすれない"ってちかいます!」

「え? どういうこと」

「はい! 指切り!!」

「あ、はい」

 

 何が何だか分からないうちにまたも約束してしまった。

 ――彼女の宣言通りに、俺は翌年、その翌年と、このスカーフに星を縫い付けてもらった。年齢を数える目安にもなってちょうどよかった。

 だが、その次の年からは自分で縫い付けた。

 年月の経過とともに俺は身長が伸び、体格もよくなり声も変わった。

 そんな自分がお嬢様の周りにいるのはふさわしくないとされ、見習いだが騎士になった日を境に彼女から引き離された。仕方のないことだ。

 いつか「星空のカーテン」を見に連れていくなんて、当時の俺だって絶対に無理だとわかっていた。

 

 もう1つの約束は、当時はよく分からなかった。

 なんでリタは「絶対に忘れない」と言ったんだろう?

 その意味を知るのはもう少し経ってからだった。

 

 

 ◇

 

 

「――この花、勿忘草(わすれなぐさ)っていうんだ」

「いつ頃咲くの」

「えっ? さあ……俺は園芸のことはさっぱりで。ごめん」

「そう」

「レイチェルなら知ってるんじゃない?」

「そうね」

 

 ルカは畑の一角に勿忘草の種を植えて水をかけた。

 

「カイルさんは、花言葉を知っている?」

「えっ? まあ、有名どころくらいならなんとか……バラとか」

「ジャミル以上、グレン以下」

「何、その基準は……」

 

 俺の言葉にルカはニヤリと笑う。このレディの扱いは謎に満ち満ちている……。

 

「この、勿忘草の花言葉は?」

「……ああ」

 

 いつか、あの子の誕生日に渡した花水晶のしおりに、この花が閉じ込められていた。

 

『カイルのこと"ぜったいにわすれない"ってちかいます!』

 

 青くて小さくてかわいいから選んだだけの花。花言葉なんて知らなかった。だけどあの子は知っていたからそう言ったんだ。

 

「花言葉は、"私を忘れないで"――だよ」

 

 知らなかったとはいえ、なぜあんなものを彼女に渡してしまったんだろうか。

 俺はそのうちに、彼女の前から消える存在だったのに――。

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