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24話 "人生の脚本"

「ごきげんよう、ベルナデッタ。今日も話し合いを――あら?」


 アーテ様が、あたしを捕らえた男二人とともに扉を開けて入ってきた。

 またあのエリスという人の所に連行するためだろう。

 彼女は、いるはずのない人間――ジャミル君の姿を認めると不快を露わにした。

 

「何なの、お前は? どこからどうやって入って……ああ、そうなのね。ふふふ……」

 

 アーテ様はおかしそうに顔を歪めて、拳をあごに当ててクスクスと笑う。

 

「どうやったのか知らないけれど、寝室に男を連れ込んで慰めてもらっているだなんて……伯爵令嬢が聞いて呆れるわ。こんな時に男に縋るしかできないのね……ひっ!」

「あ……」

 

 ジャミル君の腕に止まっていた鷹の姿をしたウィルがアーテ様の周りを飛んで威嚇する――さすがに恐ろしいのか、顔を覆い隠して悲鳴を上げている。

 

「……アイツがアーテ・デュスノミアか」

「え、ええ……あの、名前を呼んじゃ――」

「分かってる。呪いの名前だってんだろ?」

「……」

 

 ジャミル君が、アーテ様の周りを飛び回るウィルを腕組みしながら見ている。


(何かしら……)


 何か底知れないプレッシャーを感じる。

 ――心がザワザワする。

 彼が怒れば、ウィルも怒る。

 ウィルが鷹の姿を取っていることからも、ジャミル君の怒りが見て取れる。さっきとはまた違う怒りだ。

 ウィルは闇の紋章の眷属――今、闇の魔力が高まっているんだ。

 

「――ウィル。やめろ、戻れ」


 彼が命じるとウィルは主人の拳の上に戻る。

 

「『寝室に男を連れ込んで』『男に縋るしかできない』……下品だな。男二人(はべ)らしてニヤニヤニヤニヤ気持ちわりい……自分がそういうことしてるからそんな想像しかできねえんだろ?」

「なんですって? 全くこれだから無能の下民は……口の聞き方も知らない」

「オレの兄弟にやべえ術で呪いかけて魅了して、やべえ薬盛って手篭めにしようとしてたろ? おまけに効かねえと分かったら怒鳴り散らして殴って……ああ、みっともねえ。オレはそんなヤツが一番嫌いだぜ」

(ジャミル君……)

 

 かつての自分のことを言っているのかもしれない。

 でも彼は、怒鳴り散らした後みんなに注意されたら後悔して、自らを(かえり)みる心があった。

 一方、この人は――。

 

「そう、兄弟……でも、それがどうしたというの?」

「それだけじゃねえ、随分あの砦を荒らし回ってくれたそうじゃねえか。ルカの花枯らして虫の死骸ばらまいて……レイチェルとベルナデッタを二発殴ったのもてめえだろ」

「話を聞くこともできないの? 私の人生の脚本にお前のセリフはないのよ黙りなさい」

「人生の脚本? バカか? だったらオレの脚本にもお前のセリフはねえよ。なんでオレの話を聞かないのにオレはお前の話を聞いてやらなきゃならねえ」

「……っ! フン、砦を荒らした? あんな仲良しごっこのおままごとが何だというの」

「おままごとか……まあ、見る奴が見りゃあ、そうかもしれねえ」

「フフフ、そうよ。くだらない友情ごっこ……」

 

 お互いのボールを受け取らない煽り合い――でも彼のセリフを聞いて、アーテ様はまた口を歪めて笑った。隙を見つけたと思ったようだ。

 両手を広げて調子よくまた何か嘲る用意をしている――彼女の芝居のような大仰な振る舞いは、全て頭に”脚本”があるからそうしているのだろうか。

 

「花が枯れたくらいで泣いて喚いて……それに『花はあの子の喜び、心』ですって……お涙頂戴の寒気のする三文芝居。……花が枯れたって、頭にお花が咲いているのだから構わないでしょうに、フフフ……」

「おままごとに混ぜてもらえなかったから怒ってんのか?」

「!」


 ジャミル君がメガネを上げながらおかしそうに笑った。

 後ろ姿だから表情は見えない……けど、いつもの彼らしくない嘲るような笑い。

 

「レイチェルが弱くてフニャフニャに見えたからぶっ叩いたんだろうけど、アイツあれでけっこう凶暴だから……どんくらい怒らせたか知らねえけど、もう二度と仲間に入れてもらえねえぜ、かわいそうにな」

「さっきから何も話が通じていないようね……頭がおかしいのかしら?」

「オレはオレの人生の脚本のセリフを喋ってるだけだから。アンタもそこでぶつぶつお芝居してりゃあいいんだよ。どうか、お気になさらず」

「下郎! この私を誰だと思っているの!」

「――アーテ・デュスノミアだろ、知ってる。アンタにピッタリの名前だよな」

「……なんですって……」

「"アーテ"は愚か。"デュスノミア"は不法。そんな名前だからバカな振る舞いをするのか、バカな振る舞いだからそんな名前なのか……どっちにしろ、そんな名前つけられてかわいそうにな?」


 ――アーテ様の顔から笑みがサッと消え、歯噛みをしはじめた。

 

「愚かですって……違うわ……これはお姫様の名前よ、よくも……」

「何だよ、知らなかったのか? 誰も教えてくれなかったのかよ、かわいそうに」

「何を、何を……」

「それにしても、下郎かぁ……まあ否定しねえけど。でもアンタもいわゆる"下民"ってやつだろ?」

「ジャ、ジャミル君」

 

「何を言うの、私は貴族よ! 侮辱はやめなさい」

「……そんな名前を冠する貴族の家なんか存在しねえ。黒髪のノルデン貴族がいりゃあ、銀髪の平民だっている。……お前は平民だ。偽物の貴族だ」

 

 アーテ様はうつむいて肩を震わせる。

 仲間を傷つけられて怒っているジャミル君は口撃をやめない。

 ――でもこれ以上刺激するのは絶対に良くない。

 

「ジャミル君、これ以上は……」

「私は貴族よ!! 銀の髪は月の民の証……そこのウスノロの色混じりの田舎貴族とは違うのよ!!」


 地団駄を踏んで金切り声を上げるアーテ様に構うことなく、ジャミル君は両手を大仰に広げる。

 

「違う。お前は平民だ。お姫様ごっこしてる下民だ」

 

「お姫様、ごっこ……ですって……」

「色混じりってアレだろ? 銀以外の髪色のことだよな。月の民とやらじゃねえうえに、田舎貴族――かどうかは知らねえけど、とにかく自分より格下の存在なのにベルナデッタは本物の貴族だ、それが羨ましくてたまんねえんだ。だからウスノロだの色混じりだの男に縋るしかできねえだの、色んな言葉で罵倒して叩きのめしてどうにか上に立ちたい。……けどどんだけ罵倒した所で本物の貴族にはなれない。"愚か"って意味の名前を堂々と名乗ってお姫様ごっこ――惨めで滑稽だ。全くかわいそうだな?」


 アーテ様は目玉をギョロリとさせ鼻で思い切り息をする。

 しかし、やがて何か思いついたのかスッと背筋を伸ばし髪をかきあげ口角を上げた。

 

「……ホホホ、お前こそ……その使い魔。それは闇の紋章の眷属でしょう」

「へえ、よくご存知だ。天才じゃねえか?」

「やはりそうなのね。闇の武器を拾うのは心の隙がある弱い人間の証拠……闇堕ちをしなかったとはいえ人生の落伍者ね」

「や、やめて……、か、彼を、侮辱しないで」

「私は本当のことを教えてあげてるだけ……きゃっ!」


 言葉の途中でジャミル君の腕からウィルが飛び立ちアーテ様の頭頂部へ急降下する。彼女の髪の毛をつかんですぐ離し、ぐるりと旋回して主人の元へ戻った。

 

「……弱い人間とか心の隙があるとかってのは否定しねえけどさ。タカの姿したのを連れてるヤツにそんなん言って攻撃されちゃうかもとか考えねえの?」

「くっ……」


 乱された髪を整え、アーテ様はジャミル君を睨みつける。

 彼はやはり意に介さず、手元に戻ったウィルの鳴き声に耳を傾けている。

 

「フフッ……闇サイドさんもアンタみたいな女なんかゴメンだとよ……"闇堕ち"なんていうけど、闇は汚い人間の掃き溜めじゃねえんだよな。動物殺しまくって人間は罵倒して踏みつけにして嫌われまくって……闇すらアンタを受け入れない。かわいそうだよな」

「っ、よくも、よくもよくもよくもよくも、この私を侮辱して哀れんで……許さない……っ」

「気が合うな、オレもお前を許さない。……ってか、さっきから主人? が侮辱されまくってんのに取り巻きの男二人は全然助けてくれねえな……かわいそうに、人望がねえんだな」

「黙りなさい!! 私はかわいそうなんかじゃないわ!! ……お前達!!」


 アーテ様が傍らで微動だにしない男二人に何か命じようとする……が。


「……ウィル!」


 主人の命を受けたウィルが、口から紫色の渦のようなものを吐き出し男にぶつける。

 渦は男の足元でぐるぐると回り、男二人は渦に飲まれて落ちていってしまった。


「な……」


 おそらく攻撃をさせるはずだった下僕二人が一瞬で消えてしまい、アーテ様は血走った目を見開いて立ち尽くす。

 

「ペラペラ喋ってる間に魔力が回復した。ご協力どーも。……ウィル!」


 ウィルが素早く旋回して扉の姿になり、ジャミル君は扉を開けながらあたしの手を取った。


「あの男どもは下の階に落ちただけだから安心しな。――オレは丸腰だしさっさとあいつらに攻撃させてりゃあ良かったのに……どうしても罵倒がしたかったんだな。じゃあ、ごきげんよう」

「きゃ……」


 握られた手をたぐり寄せられる。

 さんざん嘲られたアーテ様の、人間とは思えない怒りの絶叫を背にしながら、あたしは扉の中へ導かれた――。

 

 

 ◇


 

「ここは……」

 

 ウィルが変化した扉を通ると、一瞬で別の場所に出た。

 どこかおかしな空間を通るのかと思いきや……普通の転移魔法とあまり変わらないみたいだ。

 ここはどこかの公園のようだ。目の前には川が流れている――朝日を帯びてキラキラと輝いて眩しい。

 

「ウィル! ……オマエなんでこんなとこに連れて来やがった!」

「え? ……あっ」

 

 川べりの公園。

 数日前、ここでジャミル君とぶどうパイを食べながら話した。

 時間帯が違うから一瞬分からなかった……お互いに思い入れがあるのかなぁ……ちょっと気恥ずかしい。

 ジャミル君は顔を赤くして、ウィルを手で捕まえようとしている。ウィルはまた小鳥の姿に戻り、主人を冷やかすように頭の上を飛び回る。

 ――ああ、すごくホッとする。

 

「ジャミル君、助けてくれてありがとう」

「ん? ああ。……助けたっつっても、単にあそこから出ただけだけどさ」

「あの……それで、助けてもらっておいてなんだけど……あ、ああいうこと、あんまり言っちゃ嫌……」

 

 脳裏に浮かぶのは、彼がアーテ様を煽り嘲る姿。

 最初に仕掛けてきたのは彼女だったけど、彼に都度都度『かわいそう』と連発され、アーテ様は発狂しそうになっていた。

 逆恨みをされて危険な目に遭いそう、というのもあるけど、何より彼のああいう姿はあまり見たくなかった。

 

「そっか……闇には闇でお返ししただけなんだけど。……引いた?」

「う……、砦を荒らされて、すごく怒っていたのは分かるけど……」

「――やっぱ冷めたので、あの告白は無かったことに?」

「え? いえ、それはあの……だ、だいじょうぶ」

「そりゃ、良かった」

「!」

 

 彼の手のひらが顔を包んだかと思うと唇が合わさる。

 そのまま、あたしのおでこにおでこをひっつけて彼はいたずらっぽく笑い、そのまま抱きしめられる。

 うう……キュンキュンしちゃう。

 

「ジャミル君……」

「……離さないから」

「うん……離さないで」

「……オレ、久々にラーメン食いてえな」

「ふふ、いいわね。……あっ」

「ん?」

「鶏肉置いて来ちゃったわ」

「ハハッ、取りに行く?」

「い、行くわけないでしょー」

 

 そのまま手をつないで教会に行き、顔を治療してもらった。

 最初、彼があたしをビンタしたかのように思われて少し気の毒だった……その後、新しい鶏肉を買って砦へ。

 

 今夜こそ楽しいラーメン夜会ができる……かも! 

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