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17話 或る乙女の恋の話

「レイチェル~! お昼食べよ~! あー ハラヘッタ! ハラヘッタ!!」


 金曜日、お昼前の選択授業のあと大きいお弁当箱の包みを手にメイちゃんが声をかけてくる。

 メイちゃん、スリムなのによく食べるなぁ……ルカほどじゃないけど。

 

「ちょっと待ってね。わたし今日当番で、このノートをジョアンナ先生のとこに持ってかなきゃなんだー」

「ほ~い。あ、そういえばさぁ、あたしの取ってる授業、聴講生が来てたんだよねぇ。ディオールの人みたいだった」

「へえ……ディオール人かぁ……」


 図書館の一件もあり、ちょっとディオールの人は怖いなぁ……なんて。

 

「ちょ――っとヒョロっとしてるけど割とかっこいい人だったよぉ」


 ムフフといった感じの笑顔でメイちゃんが笑う。


「……あらあら、恋の予感です?」

「そーですかしら? おほほ! でもあたしはもーちょっと背が高い方がいいかな~っ」

「ふふふ……」


「そ――いえば! アナタ様の恋のお話がありませんことよ! ないんですの!? 新しい人が入ったんでしょぉ! ドゥフフフ」

「ドゥフフフってメイちゃん……うーん、その人に特にときめくこともありませんよぉ」

「えー でもでも、いつかのお姫様抱っこの人なんでしょー!? なんでないの??」

「……う~~ん。ちょっと、年が上すぎる……かなー って」


 正体が実は幼馴染のカイルだったということもあるんだけど、説明はできないし……。

 あと、グレンさんを好きになったっていうことは、なんとなくまだメイちゃんには話していない。

 

「えーっ! 愛があれば年の差なんて じゃな~い? 隊長さんだってけっこー上でしょ? 26だっけ」

「う~ん、う~~ん……」


 どう説明したものかな~~? なんて考えてたその時。


「あら、レイチェル・クラインさん。ノート持ってきてくれたのね?」

「あっ、ジョアンナ先生!」

「ご苦労さま。……なんだか楽しそうな話ししてたわねぇ。愛があれば年の差なんて……ですって? 甘酸っぱいわねぇ……先生も昔担任の先生に恋したわぁ」

「うおおおっ! 先生が!?」

「め、メイちゃん……」


 恋バナ大好きのメイちゃんが真っ先に食らいつく。勢いがすごい。

 

「そうよぉ。先生だってうら若き乙女の時があったんだから~」

「聞きたい~っ! 聞きたいですぞぉー!」

「メイちゃんメイちゃん……お昼お昼、お昼食べなきゃ」


 メイちゃんの服の裾を引っ張るものの、エサを見つけた恋バナ大好きの獣は止められないのであった……。

 

 

 ◇

 

 

「す、すみません先生、お昼ご一緒になんて……用事なかったですか?」


 恋バナ聞きたいメイちゃんを止められず、わたしはお弁当を持ってメイちゃんと共にジョアンナ先生の教員準備室にお邪魔していた。

 先生の研究室も兼ねているらしく、何かの実験道具とか魔法の道具なんかが置いてある。


「だいじょぶよぉ。でもおばさんの昔話なんてそんな興味ある?」

「あ り ま す ね!! あたしゃ恋の話が大好物なんです」


 大きい唐揚げをもりもり食べながらメイちゃんが身を乗り出す。


「メイちゃ~~ん……」

 

「何から話せばいいやら……。あっ、ネタバレするけど先生の完全片思いで失恋してるからね」

「えー」

「ふぇ――」


 冒頭からの悲しいネタバラシにわたし達はガックリ肩を落とす。

 ああ、今後の参考にするためにもそこはうまいこといっててほしかった……!

 

「ううう悲しい……! せんせぇ、その担任さんはいくつだったんです?」

「そうねぇ……たしか28くらいだったかしら。他の教師はジジババにおっさんおばさんばっかだったから、すっごく輝いて見えたのよね~。かっこよくて理知的で、未婚だし彼女もいないって話だからモテにモテてたわ」

「ジョアンナ先生もアプローチとかしたんですか?」


 メイちゃん、すっかり進行役になってる……わたしはお弁当をもくもく食べながら静かにそれを聞いている。


「そうねぇ。授業のあと質問しまくったり、提出するノートに手紙挟んだりとか、一緒に帰りませんかとか誘ったり」

「うわ~お! 積極的ぃー!」


 メイちゃんがパンと手を叩いて顔の横に持ってきて目をキラキラさせる。

 確かに積極的だ……わたしにはできない、かも。

 

「でもいつも苦笑いしながら『君は大勢のかわいい生徒の一人でしかない』ってあしらわれるのが日常で。それで私も若かったもんだから、いいえ私は本気です! 他の子と違うってことを分からせるわ!! ってさらに熱を上げちゃって、学園生活彼で回ってたわ。相手は先生だからもちろん勉強も頑張ったけどね」

「……告白とかはなさったんですか?」


 なんだか近い未来の自分のような気がして、行く末が気になってしまう。


「卒業式の日にね。もう生徒じゃないしいけるんじゃない!? なんて淡い期待抱いて告白したんだけど、見事に玉砕よ」

「あうう~~」

「でも先生はかっこいいだけの人じゃなかったのよね。きちんと私の告白最後まで聞いた上で『君の気持ちには応えられない』って言ってくれたわ。『いつか君を同じ目線で見てくれる人に巡り会えることを祈ってる』なんて……」

「……」


 最初にネタバレ聞いたけどなんだかせつなくなってくる。

 

「それで先生大泣きしちゃってね~。『先生より好きになれる人なんてこの先いません、ずっと先生だけが好きです!』なんて泣きじゃくっちゃった。困らせちゃったわぁ、でもその時はホントに先生以外の人なんて考えられなかったのよね。これが初恋で一生の恋……何年か経ってからまた巡り合って、大人になった私を見て好きになってくれる……なんて思ってた」

「ジョアンナ先生……」

「ううう……」


 せつないせつない、先生せつなすぎる……! メイちゃんもちょっと鼻すすってる。

 

「そんな風に思って数ヶ月くらいは泣き暮らしたんだけど、そのうち自分の中で先生が薄れていくのね。それすっごく嫌だったわぁ。私は先生をずっと想ってるはずなのにどうして、なんて自分で自分を責めたりして。……で、そんな折に、一人の男の人と出会います」

「はい」

「ネタバレするけどそれが今の夫です」

「!!」

「ちょ――! ネタバレやめて――!!」


 メイちゃんが頭を抱えてのけぞった。


「あはは……その……旦那さんになる方とは、どんな感じで恋愛を」

 

「う~~ん。同じ魔法の研究しててね、恋愛って感じではなかったんだけど。公園でお昼を食べたりとか、研究の内容を外でも話し合ったりなんかしてるうちにね。相手はもうそれで付き合ってると思ってたみたいなのね」

「ははぁ……ありますよねそういうの……」

「あ、あるの? メイちゃん」

「知らんけど」

「知らないの~!」


「私は『これは恋じゃない、先生へのあの気持ちこそが本当の恋なのよ!』なんて最初は思ってたんだけどねぇ。その人は無口な人なんだけど……不思議と沈黙が苦痛じゃなくて、それが居心地よくてね。ああ、これって要するに好きってことかな~なんて……そういうわけで結婚までしちゃいましたとさ。めでたしめでたし」

「う~~んそっちはそっちで素敵ー! いいなぁ~!」


「こんな話面白かった? 恥ずかしいわぁ~」

「いえいえ、どうもごちそうさまでした。ふふ」

 

 

 ◇

 

 

 ――まあね~、私も「これが本気の恋!!」なんて思ってて……でもあれだけ好きで涙枯れるくらい泣いたのに割とすぐにケロッとしちゃって。

 あの時期の恋って熱病というか……秋の天気みたいなものね。

 でもあれはあれですごく楽しかったわねぇ。先生は私の青春そのものだったわ――

 

 いつものように帰宅してから砦へ向かっている最中、ジョアンナ先生の話を思い出していた。


(秋の、天気……)


 わたしの気持ちも、そういう一時的なものなんだろうか。

 

 昨日入った、彼の部屋。

 あんなに晴れていたのに急に激しい雨が降ったから、たまたま入っただけの部屋。


 あの通り雨のように、この気持ちもすぐに過ぎ去ってしまうのかな。

 ほとんど何もない、空っぽの部屋。彼はまるであそこで雨宿りをしているみたいだ。

 ――雨が止んだら立ち去るみたいに、いつかどこかへ行ってしまうのかな。

 そうしたら、わたしは……?

 

 憧れの司書のお兄さんとバイト先一緒になって、「これは運命!?」なんて思ったなー とか、

 あの時彼を好きだって思ったのは、あくまでも憧れだったなぁ とか、そんな風に思い出を振り返るようになるのかな。

 

(いやだな……泣きそうになっちゃう)


 先生の恋の話は、やっぱりわたしの近い将来のような気がして勝手にせつなくなってしまう。

 秋だからかな……うう、わたしらしくない。

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