最終章 その人に生きてほしいヒーロー
最悪な夜が明けた。とうとうカミラは帰ってこなかった。ついに希死念慮すら消え失せ、朝食も昼食も抜いた午後、インターホンが鳴った。今日初めてベッドから起きた私を訪ねてきたのは、マックスとフィリップだった。
「カミラ・ヘンケルスは警察に預けました。今日にも両親と再会できているはずです」
「そう」
「利口なことに、カミラはお前のことを話さなかった。この小さな都市国家の中で放浪していたと証言したから、警察は怪しんでいたがな」
「そう」
彼らは口々に、カミラを保護したことを私に伝えた。
「……最近、マックスがうるさいんだ。女の腫れた目を見るのが辛いってな」
「おい、フィリップ!」
「そういや自己紹介が遅れたな。俺はマックスの従兄のフィリップだ。あんたとはスタジアム以来だな。知っての通り、俺はジャスティス・スーツの変身者に選ばれなかった」
きっと今、私は虚ろな目をしている。真面目に聴いていないように見えると思う。実はしっかり聴いている。フィリップは私と同い年で、ひとつ下のマックスに劣等感を抱いていた。しかし、今はジャスティス・スーツに頼らない方法で自らの信じる正義を実行しようとしている。その方法とは、対話だ。
「さあ、次はあんたの番だ」
初めて顔を上げると、二人と目が合った。
「聞いてくれるの?」
「もちろんだ。マックスも、一日くらいヒーローを休んだっていいだろ?」
「ああ。……フィリップ、お前やっぱりすげえよ」
フィリップが私に微笑んだ。存在していたぼんやりとした不安が、優しく消されていくような、そんな感じがした。積もる一方だった自己嫌悪も、すっかり溶かされてしまった。私やカミラにとってのヒーローは、特別な変身なんかしていなかった。そして結局、悪の思い通りにはさせてもらえなかったのだ。こうして私は、ある一人の『ヒーローに殺されたい少女』の話を語り始めた。
アニカ・ベッカーという悪魔は私の人生を終わらせなかったばかりか、最愛の妹とも呼ぶべき友人との別れをもたらした。
「私、カミラに謝れなかった。最後に『ごめんなさい』って、『楽しかったよ。ありがとう』って、本音を言いたかった……!」
「……ドイツは、ヴァレンシュタインと違って国土が広くて人口も多い。わかっているのは、彼女がミュンヘンに住んでいるということだけだ」
フィリップが宥めるように私に言った。
「いや、バッドエンドと決めつけるのはまだ早いぜ」
マックスが立ち上がる。左耳のピアスが輝いていた。
「ミュンヘンから、ヒーローの助けを信じる少女の声が聞こえた。アニカ、君も来てくれるかい?」
右手はメタリックホワイトのスーツを鷲掴みしていた。涙を拭った私は、ジャスティスマックスと共にドイツへ向かう決心をした。




