第292話 倫理観という愚かな鎖に
飛空艇を建物のすぐ真上まで飛ばす。
「準備はいいね」
「「「おう!」」」
兵士たちはやる気満々だ。
これまで神出鬼没の忍者集団から奇襲を受けるばかりだった彼らである。
そのたびに少なくない被害を受け、歯噛みしてきたのだ。
それが今回、自分たちが拠点に乗り込み、組織そのものを掃討できるとなれば、士気が高いのも当然だろう。
昇降機能を利用し、百人もの兵たちを次々と地上へ降ろしていく。
建物の周辺、それに屋上の各所と、襲撃場所を散らしておいた。
これに驚いたのが本拠地にいた忍者たちだ。
さすがに四六時中あの装束姿というわけにもいかないのだろう、普段着で寛いでいた者たちもいて、突然の侵入者たちに慌てふためいている。
「僕たちも行くよ」
俺たちも昇降機能で地上へ降り立った。
さらに近くの窓から建物内へと侵入する。
「ざっと探知魔法で調べた感じ、この建物の地下に、もっと広い空間があるみたい。恐らくそっちが本丸だろうね」
エドウの兵士たちが暴れてくれているお陰で、すんなりと地下に続く階段の近くまでやってくることができた。
ただ、さすがにそこから先へは簡単に通してくれないようで、
「ん、何か厳ついのがいる」
「仁王像でござるが……」
通路の両脇に立っていた高さ二メートルの二体の像が、ゆっくりと動き出す。
「カラクリ兵ってやつね! 見た目的にはなかなか強そうじゃない!」
二体のカラクリ兵は、それぞれ棒の両側に槍状の刃がついた特殊な武器を手に、こちらへ躍りかかってきた。
だが正直、俺たちの敵ではなかった。
ファナの斬撃が一体の胴部をあっさり両断すると、アンジェの蹴りがもう一体を吹き飛ばして壁にめり込ませる。
直後にどちらも自爆したが、俺が展開した結界で熱と爆風を完全に防ぐ。
「先に進むよ」
階段を下りて行った先は、カラクリ仕掛けのオンパレードだった。
行き止まりのように見えて実は壁が回転するようになっていたり、床が移動して同じ場所に戻されてしまったり、侵入者を阻むトラップが随所に設置されていたのである。
入ると部屋そのものがぐるりと回転し、出入口が塞がれるカラクリもあった。
ずずずずずず……。
「ん、天井が落ちてくる」
「あたしらを押し潰そうってわけね」
「拙者に任せるでござる」
逃げ道を奪われて天井が迫ってくる中、カレンは刀を構えると、
「柳生心念流・満月」
繰り出したのは奇麗な円を描く斬撃だった。
壁がすっぱりと円形に斬り取られる。
「これで向こう側に行けるでござるよ」
斬った部分を蹴り飛ばすと、壁の向こう側に落下。
穴の向こうには別の部屋が続いていた。
他にも床を踏むと矢が飛んできたり、落とし穴が開いて剣山の上に落とされそうになったりといった、ダンジョンのトラップでもよくあるようなカラクリに遭遇しつつ、俺たちは先へと進んだ。
やがて辿り着いたのは、かなり広い場所だった。
床にはこの国特有の畳が敷き詰められているのだが、それが百枚、いや、二百枚くらいはあるだろうか。
部屋の奥には一つの人影があった。
「ククク、まさか、ここまで辿り着く者がいるとはな。しかも攻め込まれるまで、まるで気づかなかった。一体いかなる方法で海を渡り、あの断崖絶壁を越えてきたのか、実に興味深いが……詳しいことは生け捕りにしてから、じっくり教えてもらうとしよう」
二十代後半くらいの男だ。
背が高く、病的なほど痩せているが、目はぎょろりと大きくて、カマキリを思わせる。
「おじさんは?」
「我は国友一当斎。カラクリの天才にして、世界にカラクリ革命を起こす男だ」
その名前には聞き覚えがあった。
「ええと……もしかして、平賀源子が言ってた危険思想のせいで研究所を追放された人って、おじさんのこと?」
俺が問うと、一当斎は嘲笑うように、
「ククク、あの小娘か。カラクリの平賀一族にあって、最高傑作と呼ばれているようだが、所詮は我の足元にも及ばぬ無能よ。なにせ倫理観という愚かな鎖に、自ら雁字搦めにされているのだからなぁ!」
直後、部屋の四方を取り囲んでいた襖と呼ばれる扉が一斉に開く。
そこにはカラクリ化された忍者たちがずらりと並んでいた。
「さあ、その身で味わうがよい、我がカラクリの神髄たちを!」
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。