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七分後、俺と湯神子は廊下を歩いていた。
祭の雰囲気漂う廊下は相も変わらずにぎやかだ。
結果は三ラウンド、あっという間に三分で決着がついた。
そして、ゲーム研究会の部長は負けて頭巾がすれ落ちて素顔が見えた。
情けない顔の対戦相手は、湯神子の方を呆然と見送っていた。
「情けない」
湯神子は情け容赦なく、三本全てパーフェクト勝ちを抑えていた。
ダメージ一つも減らすことなく、まさに完璧な勝利だ。
「容赦なさすぎだろ、湯神子」
「勝負というから情けは無用、スパーリングでなければ本気を出すぞ」
湯神子の言うとおり、普段の俺とゲームをやっている時とは違う。
明らかに素早い動きで相手の攻撃をかわして、的確に攻撃を当てていく。
技を全て理解しているので、防御と回避は見事でダメージを受けることもない。
繰り出す技も読みにくい技ばかりで、相手を完全に翻弄していた。
「それにしても、その異名……『東の魔術師』だっけ?伊達じゃないんだな」
「『東の魔術師』か?カッコいいとは思わぬ通り名だ、お兄様」
「ああ、すごかった。魔法みたいだった」
「……なんだかつまらないです」
不満そうな顔で湯神子は、俺の方を見てきた。
何か物欲しそうな顔の中学生の視線に、俺は少しだけ顔を逸らした。
「えと……ゲームはもうないぞ」
「なんか楽しいことは……そういえば、まだ私は光輝兄さんのクラスを見ていない」
「ああ、そうか。時間も経ったしいいだろう」
さすがに部長はいない……ハズ。
それに佳乃のことも気になるから、顔だけでも出しておくか。
「一体お兄様のクラスは何をしているんだ?」
「ポップコーン屋」
「やっぱり食べ物か」
「食べ物系は簡単だからね」
「なんでも楽に流れるのはよくない」
なんだかふてくされた顔で、歩くのを早くして湯神子が進む。
それを俺も歩幅を早くして、必死に追いかけていく。
どうやらポップコーン屋にしたことが不満らしい。
「確かにそうだけど……でも結局のところ学生には限界があるから。
実際のお店の人みたいに、うまくはできないよ」
「そうね……でもいつかはなにかしらのプロになるんでしょ。
今の時分、プロになるべく心構えを学んでおくべきだわ」
「……相変わらず手厳しいな」
「当然の事……私はそうやって世界を作る」
「世界をつくる?」
「いえ、なんでもありません」
「あっ、湯神子そっちじゃない」
俺は通り過ぎる湯神子の手を引いた。
俺が湯神子を止めた廊下には、自分のクラスの表札『二年A組』と書かれていた。
教室の前は人が集まっているな。出てきている人はポップコーンの袋を持って嬉しそうだ。
それを見て、俺も教室のドアを十二時間ぶりに開けた。
「いらっしゃいませ~」
そこには佳乃じゃなく、ほかの女子生徒が応対していた。
でも俺を見ると、ちょっと残念そうな顔を見せた。
俺はクラスでは腫れ物のような扱いだ、純花とつき合っている数字オタクの属性だからな。
クラスのイベントにさえ、全く参加もしていないから。
それでも教室の繁盛ぶりを見るなり自然とうれしくなった。
そんな女子生徒は、佳乃が用意したメイド服を着ていた。
普段見ている女子も、メイド服を着ていると愛想がよく見えてかわいくみえるな。
俺がクラスメイトを見ていると、湯神子が俺の手を引いてきた。
「珍しいですか?」
「ああ……悪いな、湯神子。俺もクラスの方にあまり出ていなかったから」
「そうですか、大変ですね」
「さて……いろいろあるぞ。なんでも好きなの買ってやるから」
「えー、本当に?」
「ウチのクラスのだし。確かチケットあった……あれ?」
「どうしたの?」
「ない」ポケットに突っ込んだはずなのに、そのチケットがなかった。
俺は慌てて探すが、どうしてもチケットが出てこない。
「あの……これありますよ」
そう言いながら、俺の前に差し出したのがポップコーンのチケット。
その手をじっと見上げると、そこには一人のメイドがにこやかな顔で立っていた。
それはクラスの中で一番かわいいメイドだった。
「佳乃、似合っているよ」
「ありがとう~光輝君」
そんな笑顔がかわいいメイドの佳乃は、穏やかにチケットをくれた。
湯神子は佳乃のことをじーっと見ていた。
「ほら、俺のクラスメイトの佳乃だ」
「クラスメイト……か」
じっと湯神子は佳乃を見ていた。
「菅原君の知り合い?」
「うん、俺の従弟の湯神子」
なんだかかんだいってもメイド服の佳乃は一番にかわいい。
メイド服に、クラスのアイドル佳乃が足された計算式は、『超かわいい』という答えしかない。
普段はすごくおっとりしていて、胸も大きいし、礼儀正しさも完璧のメイドだ。
そうだ、こんどフローライトにもメイドのバイトをさせよう。うん、間違いなくいけるぞ。
などと俺は勝手に脳内で興奮していた。
「でも、本当に似合うよ」
「そうですか~、嬉しいです」
佳乃は相変わらず笑顔だ、だけどその笑顔はほっとした部分も見えた。
周りの繁盛、それからクラスメイト。それを見て佳乃の顔が明るくなった。
昨日はあんなに沈んで泣き出しそうな佳乃がこんなにも元気になった。
悩みもなく、吹っ切れた様子の佳乃を見られた。
「みんな来てくれたんだね」
「はい、先生にもちゃんと声をかけてくれました」
「佳乃も元気になってくれて本当にうれしいよ」
「はい……これも光輝君と純花ちゃんのおかげです。あら……どうしたの?この子は」
「どうした、湯神子?」
その湯神子は、何かに取りつかれたかのようにずっと佳乃を見ていた。
しかしその目は、佳乃の指先を見ているようだ。
「とりあえず、ポップコーン貰うか」
「はーい、ありがとうございます。私も夕方に行きますねパソコン音楽部」
佳乃が最後に笑顔でそう言ってくれて、単純にうれしかった。




