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一緒に用意をしながら気がつくと十時を回っていた。
今日は文化祭前夜、学校は深夜まで解放されていた。
明日の文化祭まで、こっちは間に合いそうだ。
俺は無理矢理純花も巻き込んで手伝わせていた。
「って、あたしも手伝うわけ?」
「暇だろ、バイトもないし」
「うん……あたしのクラスじゃあ手伝いもロクにできなかったから。
あっ、あたしは天才だからやらなくてもいいのよ」
強がる純花が手伝ってくれた、なんだかんだ言っても体力があるからな。
「ありがとうございます、宿坊さん」
「いいのよ、あたし暇していたんだし」
「ああ、純花は基本的に隣のクラスじゃあ変り者で……」
「変り者じゃないわ、天才のあたしを誰も理解できないのよ」
胸を張る純花だが確かに絵画5を誇る天才だ。
一桁なんてとりたくてもとれるモノじゃないぞ。
「純花は体を動かすのが得意だから運搬メインで。
佳乃は料理が得意だから仕込みや買い出し」
「そして、ミツノマルが飾りつけ」
「飾りつけは絵画の才能がモノを言うからな」
「ですね」
同意してくれたのが佳乃だ。純花はふてくされていたが、それはそれでよし。
三人での作業は、なんだかいい雰囲気になっていた。
クラスの方はひと段落つきそうだけど、何か大事なことを忘れているような。
「でも、だいぶポップコーン屋さんらしくなったわね」
「後は制服とか?」
「そうですね、それは用意したんですよ」
そう言いながら、佳乃が床に置いてあったスーパーの大きな袋を取り出した。
さっき持ってきた大きな袋を開けると出てきたのが衣装だ。
「うわー、これメイド服だよね」
「はい、メイド服のコスプレです。こっちの執事服もありますよ」
「コスプレの定番だな。まあ学生なら妥当か。佳乃が買ってきたのか?」
「えっとー、お兄ちゃんが……よく買ってくるんですよ」
「ああ、ありそう」
思わず俺は部長の顔が思い浮かんだ。
確かに、部長ならこういうのを買ってきそうだ。
「ゲッ、キモいんだけど。悪寒モノよ、さすがオタク」
「否定はしない」
「まあまあ、お兄ちゃんはよくやっているのは認めます。
私にとってお兄ちゃんは自慢のお兄ちゃんです」
「佳乃……」
「でも今の私は高校生です、子供じゃないんです」
そんな佳乃は、ゲームの中でフローライトとようやく重なった。
いつも通りにこにこしている佳乃ではない。少し落ち着いた素に限りなく近い佳乃だ。
「佳乃……あたしがついているわ」
「えっ、宿坊さん」
「宿坊さんなんて、堅苦しいわ。
あたしは純花でいいわ。そのかわりあたしも佳乃を呼び捨てにするわね」
「すでに呼び捨てだろ」
「何よ、ミツノマル」
俺のツッコミにはっきりと純花は不満を表していた。
それを見て、やっぱり佳乃は笑顔に戻っていた。
「あっ、ウチのクラスがシャワーの時間だから一旦ハケるね」
そう言いながら純花は、携帯の時計を見ながら教室を出て行った。
騒がしい純花がいなくなって二人。静かになった教室。
残されたのは俺と佳乃の二人きり。
時間はもう夜の十時を回っていた。
少しの間があって、俺は口を開いた。
「それにしてもクラスの人間は明日手伝ってくれるの?」
「……わかんない」
苦笑した佳乃に俺ははっきり言っていた。
「佳乃……いいか」
「どうしたの?」
「やっぱりみんなに話そう、みんなはなにも知らない。手伝ってもらわないとダメだろ。
文化祭はみんなでやるものだ。
ウチのクラスが文化祭にあまり興味がないのは知っている」
文化祭の話が出た時からそうだ。
このクラスはエリート集団だから、勉強以外のことはあまり興味がない。
文化祭の祭りごとも、それほど盛り上がらなかった。
祭り好きのみんなは、文化部の方に行っているし。
「……なんで?」
「当り前だ、だって佳乃が一人で苦労することもないだろ」
「でも……みんなに頼んだことがないんだ」
「じゃあ、なんで泣いているんだ?」
「私……学校では泣いてなんか……」
「心が泣いているよ」
俺はしっかり佳乃を見ていた。逆に佳乃はじっと俺を見返していた。
フローライトを持ち出したのは反則だけど、佳乃は急に泣き出しそうになっていた。
「嘘をつくのはやめよう、佳乃は辛いんだろ。今までみんなに迷惑をかけてきた。
ううん、あんなにきつく言ったのに部長に迷惑をかけてきたんだ」
「私はお兄ちゃんに……」
「だから」
そう言いながら、コスプレを持った佳乃の両肩を優しく抱いた。
「大丈夫だ、君をみんな迷惑になんか思っていない。
部長だって、君を一番に大事にしているんだ」
「……はい」
「その愛があまりにも強すぎて君は受けるのが怖いんだ、だからあんなに歪む」
「私なんか……」
「大丈夫だよ……君は弱くないんだろ。佳乃は成果が欲しかった。
だからこの文化祭を一人でやりたかった」
「なんでもお見通しなんですね……すごいな」
そんな佳乃は笑顔ながらも目には涙があふれていた。
俺はじっと佳乃を見ていた。
「もう……それは充分に証明した。だから君はもう頑張んなくてもいい。
みんなに頼ればいい、君は頑張ったんだ」
「菅原君!」
俺の目の前で佳乃は泣き崩れた、俺は佳乃の頭を優しく撫でてあげた。
「私……辛かったです」
「佳乃」
「お兄ちゃんに頼り切った自分を、どうしても変えたくて。
私はしないといけないんです、『兄離れ』を」
それは文化祭前夜、二人きりの教室の出来事。
目の前で泣いた佳乃を、静かな教室で俺は慰めていた。




