87
俺は何の疑問も抱かなかった。
クラスの出し物も進みが悪いのは噂になっていた。
だけど、クラスで誰かが出し物に協力している様子はない。
その割には佳乃がいつも夜遅くまで残っていた。夜九時の路面電車で出会うこともあった。
それでも自分の周りしか見えていなかった、気づかなかったからだ。
(俺は何を見ていた)
自責の念に駆られていた、唇をかみしめていた。
教室に戻ったとき、そこには部長一人しかいなかった。
その部長は、自分のクラスでもない俺のクラスの飾りつけをしていた。
「なんだ?」
「これを部長一人で?」
「違う、俺は佳乃の黒子として動いている」
その一言の後、部長は飾り付けられた教室内を歩いていた。
紙テープや折り紙で飾られた教室は華やかだ、奥にはポップコーン機も置かれていた。
昼間授業をしていた教室が完全に文化祭ムードに様変わりしていたから。
「なんで、俺に何も言ってくれないんですか?」
そう言いながら、俺は飾り付けに参加していた。
作った手作りの飾りを、黙々と後ろのロッカー裏につけていく。
「言って何になる」
「ここは俺のクラスです。クラスメイト全員に責任があります」
「別にお前たちのクラスが恥をかくのは構わない。そこに佳乃が居なければ」
「佳乃が頼んだんですか?」
「いや、むしろ逆だ。断られた」
「じゃあ、なんで?」
「それでも助けるのが兄妹ってもんだろ、血が繋がっているんだから!」
眉間にしわを寄せて部長は叫んでいた。
その言葉が、戸破を傷つけた自分にも響いた。
部長は妹が絡むと様子や表情が変わる。
妹のためにならどんなことでもできる、命だって投げられる人だ。
部長の努力はすごいし、立派だと思うが何かがズレていた。
作業中の部長は険悪な返事で、再び飾りつけをしていた。
「部長はボイカロイト、終わったんですか?」
「伊達に部長で毎日残っていない」
「その割にはよく部活を抜け出していますね」
「どうせ学校に残らないといけないのだ。鍵は俺が持っている。
もしくは工藤副部長が残ればいいが、その必要もない。
それよりも許せないのがこのクソクラスだ」
飾り付けの手をやめずに部長は俺を睨んできた。
「どうして佳乃ばかりに仕事を押しつける?」
「俺もよく分からないです」
「文化部は免除されているからな、分からんのは当然だ。
だけど佳乃は体が弱い、何度も倒れているのになぜ誰も手を貸さん?」
「倒れているのは一回だけじゃないんですか?」
「当り前だ、俺は伊達に佳乃の兄を十七年やっているわけじゃない」
部長は本当に妹には優しい。
妹に関しては人一倍想いが強い。
でも、これはよくない。何かが釈然としない。
そんなことを考えながら俺は部長の飾りつけを見ていた。
「部長、やっぱり戻りませんか?」
「何を言う?今更ながら」
「これは俺たちクラスの……」
「なんでここにいるの?」
教室の入り口にいたのは佳乃だ。
俺を見るなり、佳乃は今まで見せたことないような目を険しくさせていた。
それと同時に、部長は佳乃の方に歩み寄った。
「お兄ちゃん来ないでって言ったでしょ」
それは佳乃が初めて見せた険しい顔と、冷たい声だ。
いや、むしろ罵り方はフローライトに似ていた。
「佳乃……これは違う!」
「違わないです!なんで菅原君にまでやらせるんですか?」
「こいつが勝手に来ただけだ!」
「文化部はクラス免除ですよ、私は文化祭委員だからそのぐらいの規則は分かります」
そのまま佳乃は部長のそばに向かっていく。
怒っている佳乃は初めて見た、それにおののく部長もまた初めてだ。
「ごめん……佳乃」
「いいですか、この仕事は私のですから」
「待て、佳乃!」
俺は佳乃を呼び止めた。
佳乃は俺を見るなり、険しい表情から笑顔に変わっていた。
「ごめんね、お兄ちゃんが無理を頼んだんでしょ」
「おかしいのは佳乃だ!」
「えっ、どうしてなの?」
「どうして何も、誰にも言わないんだ?俺はこのクラスの生徒だぞ」
俺が言おうとしたとき、急に振り返った部長は俺と佳乃の横を通っていく。
「悪い、佳乃。じゃあオレは帰る。すまなかった、勝手に手伝って」
「当然ですよ、私は大丈夫ですから」
佳乃は部長に厳しい声で一言会話を交わして、部長は逃げるように教室を出て行った。
部長が通った時だけ、険しい顔になった佳乃。
だけどいなくなって穏やかな顔に変わる。表情が分かりやすい程に変えていた。
「うん、ごめんね。私がいけなかったの……」
「何がいけないんだよ、何もわかっていない」
「私はちゃんとできないといけないから」
そう言いながら、持っていたビニール袋をじっと握りつぶした。
「それは違う、佳乃」
そんな俺は佳乃の肩に手を握ってうつむく佳乃を見た。
距離が近い俺と佳乃。
飾り付けられた教室で二人きり、佳乃が俺の顔を見て俺の次の言葉を待つ。
「佳乃……お前は」
「あっ、ミツノマル!」
そう言いながら教室の通路から一人の女が手を振って声をかけてきた。
そんな変なあだ名で言う奴はあいつだけだ。




