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俺の部屋に来たのは、黒いセーラー服を着た女子中学生だ。
短い髪だけど目は死んでいてどこか冷めていた口調だ。
従順でもなければ、ボーイッシュでもない。単純に冷めていた。
「ああ、湯神子か」
彼女の名は、『二本松 湯神子』。
母親の妹『三女子』さんの娘、つまり俺や戸破とは従弟にあたる。
東京に住んでいた湯神子を最近ウチで預かることになっていた。
湯神子の家はシングルマザーで、しかも母親は年がら年中旅行に行っているらしい。
だけど都会の一人暮らしは危険だから、田舎でもあるウチに預かっているのだが。
かれこれ先週からずっと家に住み着いていた。学校が休みだという事らしいが。
そんな湯神子はじーっと俺を物欲しそうに見ていた。
「いつものか?」
「うん、やりたいのお兄様」
「相変わらず好きだな、ちょっと待っていろ」
そういいながら、俺はジュエル☆クイーン♡スクーリング内の青い部屋を確認してDSPをしまった。
そのまま湯神子と一緒に一階のリビングへ降りていく。
一階に降りると、すでにPZ3がスタンバイされていた。
ウチにはテレビが二台。どちらもリビングにあって、一台はゲーム用だ。
繋がっているのは家庭用ゲーム機PZ3、一応俺が買ってもらったのだがほとんどやっていない。
「湯神子は、パンチャネットワークでやっているだろ。俺なんかより」
「ネットだと、タイムラグがあるから……なにせ環境でハンデあるし」
「昔のゲームじゃそうだったが、今はそんなに変わらないだろネット環境」
「そう、だからパンチャネットで百連勝した」
そう言いながら湯神子が、これ見よがしにテレビに表示していた。
ネット対戦の通算成績は689勝5敗、ちなみに5敗のうち4敗は俺が代わりにやった時だが。
「湯神子、すごすぎ。俺んちのPZ3でも連勝街道驀進中だな」
「暇な一日、ずっとゲームです」
淡々と語るが、要は引きこもり気味にずっとパンチャをやっていたわけだ。
なんと不健全な中学生だろうか。
「あんまりゲームばかりやっていると」
「さっきお兄様もゲームをしていましたよね、あれは説明がつきますか?
なんだかニヤニヤしていてはたから見ると気持ち悪い、これを親戚中に話したら……」
「わー、ストップ!」
俺は思わぬところで湯神子に弱みを握られてしまった。
フローライトを追いかけて叫んでいた俺が見られていたとは、なんたる不覚。
これはリアルにあまり持ち込みたくない恥部だ、いや俺の無駄に高いプライドがそうさせている。
優等生としての体裁が……俺の動きを封じ込めていたのだ。
「わかった、湯神子には叶わないよ~」
「分かればよろしいのです、お兄様。では始めましょうか。今日も手加減をしますよ」
「はいはい、お願いな。湯神子が本気でやったら、攻撃全く当たらなそうだしな」
リビングのソファーに座って、俺と湯神子がテレビを見る。
俺はPZ3のコントローラーを取って、『パンチャファイター』を始めた。
とりあえず俺は金髪で革ジャン来た、イケメン風の男をセレクト。
「ジャバッキーだね、じゃあ私はアキオ」
アキオとは、白いはちまきを着て白い胴着を着た若い日本の空手家っぽいキャラ。
キャラを選んでステージを選ぶと、対戦がはじまった。
「湯神子、強いな」
あっという間に俺のジャバッキーはボロ負けだ。
湯神子のアキオとは何度も戦っているが勝てない。
しかもハンディキャップで体力ゲージは三倍にしているのに、まるで歯が立たない。
「強ええよ、湯神子。遠慮がないな」
「では今度はボタンを一つ封じますね、どれがいいですか?」
「じゃあ、ガードボタンは封じるね」
「うん……それでも勝てないかも」
「でも、湯神子。なんで俺とパンチャをそんなにやりたいんだ?
実力差は随分ついているのに……ネット猛者の方が……」
「お兄様とやりたいです」
「そんなに俺をボコボコにしたいのか?」
「いえ、違います」
そう言いながら湯神子の顔に影が宿る。
「なんか言ったか……ごめん」
「空気を読むの、上手いですね。私が落ち込んでいるとすぐに助け舟を入れる。
あなたがいてくれてよかった」
いきなり感謝の言葉を述べるが、表情があまり変わらない。
「何のことだ?」
「いえ、お兄様話を変えましょう。お兄様の文化祭……楽しみです」
その割には全く抑揚のない口調で言ってきた。
文化祭……岩本祭は来週だ。
しかも俺は部活の出し物が遅れていることを、思い出してしまった。
「ああっ、しまった!俺はまだ……」
「お兄様、文化祭はとても楽しみです」
「湯神子は……学校に行かないのか?」
「学校に行かなくても大丈夫です、私はちゃんと通信教育をしていますから」
そういいながら湯神子が指さすと、山積みにされた通信教育のテキストがリビングの本棚に置かれていた。
「でもなんで岩本祭を?」
「今回はそれが目的ですから」
「岩本祭が?」
「はい。岩本祭は楽しみです。私はこう見えてお祭りは大好きです」
「ふーん、そうなんだ」
「それより勝負はまだ終わっていません」
湯神子が淡々とコントローラーを差し出してきた。
俺はしばらくパンチャに付き合わされることになった。




