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俺の家は普通の四人家族の一軒家。
いや、端から見るとかなり理想的な一家だ。
だけど実際は違う……おそらくその顔は近所にさえ見せていない顔だから。
俺の家の中、中央にあるリビングは今戦争が起きていた。
俺はシステムキッチンの裏に隠れてやり過ごすしかない。
戸破が帰宅して十分も経たないうちに、自宅のリビングはすぐにめちゃくちゃになった。
戸破が帰ってきて、母親と喧嘩を始めたのだから。
きっかけはもちろん母親の説教、きれた戸破は近くにあった置時計を母親に投げつけた。
当然母親も引かない。俺の母親はかなり強気なのだ。
すぐさま食事用のナイフを戸破めがけて投げ返してきた。
戸破をそのまま殺す気じゃないか、絶対に負けられない戦いがリビングで起きてしまった。
取っ組み合いの喧嘩から始まり、物が乱れ飛び家具がめちゃめちゃに散らばる。
こんなものを他人に見せられない、母親と戸破の怒号が飛び交う。
俺は二階で避難……ということもできないので、母親側についていたわけだが。
俺のそばにいるエプロン姿の中年女性の母親が、怒りに任せて戸破を怒鳴りつけた。
「戸破、なんであんたはいつもそうなの!」
台所に隠れた俺の母親は、手にはコップを投げる準備をしていた。
一方リビング中央を陣取っていた戸破は、テーブルを盾にしながらも不満を爆発させていた。
「うっせえババア!そっちこそ黙れ!」
「まあ、母親に対して汚い言葉は許さない!戸破、あなたはいつもだめなのだから」
「黙れよ、あんたが全部悪いんだろ?」
母親と戸破の罵り合いが続くリビング。
当然のようにリビングでは物があちこち飛び交った。
「近所迷惑だから大人しくして」
「光輝は黙って!」
俺が優しく母親に促すが全く聞く耳は持たない。
母親が戸破に対して、大きなまた板をブン投げていた。
こうなることが分かっていたから、帰るまでに戸破を何とかしたかった。
最近の戸破が不良化して、母親と喧嘩をするこの流れ。
警察沙汰は今回初めてだけど、学校で問題を起こしていて、戸破との関係はどんどん悪くなっていた。
そのたびに母親が戸破と喧嘩をする。
しかも母親は、元教師だったのでプライドが許せないのだろう。
そんなとばっちりを受けるのは俺だ。
リアルな女は本当に嫌いだ。
「だいたい、アンタはいつも遊んでばっかり、勉強もしないし。
怠けていたら、光輝みたいになれないわよ」
「なんであたいが、兄貴みたいな草食人間にならないといけないんだ!」
母親の投げる物に、戸破が物を投げ返して応戦。
母親と戸破の喧嘩は全く収まる気配がない。
こうなってしまうと、俺はただ嵐が過ぎるのを待つしかない。
俺の言葉は届かないし、互いの言葉も届いていない。
実に無意味な時間だと俺はいつも思う。
「あんたは、いつからそうなったのよ!ちゃんと学校行きなさい!」
「あたいは学校が大嫌いなんだ、勉強とか教師とかありえねえよ!」
「せっかく学校に行かせているのに、光輝みたいになれ……」
「兄貴になりたくねえって、言っているんだろ!」
戸破は顔を赤くしながら、大きな座椅子を抱え上げて、母親に向けて投げつけてきた。
座椅子は台所のコーナーに激しくぶつかって、床に転がった。
息を切らして、顔を赤くした戸破は最後に「ババア!」と言い残して自分の部屋がある二階に上がっていった。
取り残された俺は、戸破がさっきまでいたリビングの中心を見ていた。
戸破が勢いよく階段に上がり、俺はゆっくりとシステムキッチンの壁の上から立ち上がった。
リビングはすっかりめちゃくちゃだ。平和の面影もない。
ソファーの椅子も、棚の中も、かろうじてテレビは守られていたが。
(面倒な女だ……けど妹なんだ)
俺はそれでも戸破に対して一抹の罪悪感があった。




