31
周りは暗くなって夜になっていた。
あれから三十分後、俺はワゴン車の後部座席に乗っていた。
この車を運転しているのは、初老の純花パパだ。
「でも……本当によかった」
「よかったって……純花が」
「なによ、全然……大丈夫よ」
そして、俺の隣には純花が腕を組んで座っていた。
右足には包帯を巻いて、いつも通りの表情を見せていた。
「一体どうしてあそこが……」
「菅原君がずっと帰ってこないから心配したよ」
「純花のことは?」
「もちろん一番心配だとも」
だけど純花パパは運転に集中しながら、俺の言葉に返していた。
駅から民宿にくるのと同じだ、ただあの時と違って乗客の一人が純花ママではなく森本さんだが。
「大丈夫かい、純花?」
「ふん、あたしは平気よ」
助手席に座る森本さんが純花に声をかけるも、不満そうな顔で純花が応えていた。
純花は落下の時に足をくじいた。が、幸いにも純花の方はその程度で済んだ。
崖の下にあったのは、純花が大好きな花畑。
花畑が岩肌で無かったので、ある程度のクッションになったのだろう。
「足の方がけがをしたけど、家に帰ったらママに見てもらおう」
「当り前よ、でもあんたは来ないで!」
「純花……森本さんは純花の産みの父親なんだぞ」
純花パパが諭すも、純花は納得いっていない。
森本さんと純花の雪解けにはまだ時間がかかりそうだ。と、思ったら、
「パパ……ごめんなさい」
俺の隣で急に子供の様に泣き出した純花。
悔しさと誤解、純花は涙をあふれて泣いていた。
「純花……こちらこそゴメンな。
ずっと隠すつもりはなかったんだが、養子の事。むしろ話そうと思っていたのだよ」
「ううん、パパは嘘をついていなかった。
あたしが養子のことを聞かされて、一人でふてくされて、一人で悩んでいただけ」
純花は後部座席で、両足を抱えて頭を伏せた。
そんな折、森本さんが落ち着いた声で言ってきた。
「純花、養子について一体どう思っている?」
「うん、むしろ感謝しているの。だってあたしにはパパもママも二人いるんだから」
純花らしい解釈だ、それを言った純花は顔を上げて笑顔を見せた。
「だけど素直に受け入れられない自分がなんだか……恥ずかしい」
「まだ、早かったんね。本当は成人してから言うつもりだったんだけど」
「いえ、これは僕が頼んだんです。僕がいとこに頼んで話しておきたかったから」
純花と純花パパの会話に割って入ったのが、はにかんだ顔の森本さん。
「ううん、違う。それは最終的には全部知ることだから」
「純花……うん」
純花の変化に森本さんも感動したのか、涙声になっていた。
「聞いたわ、森本さんフランスに転勤するんでしょ」
純花の言葉に、森本さんは後ろを振り返って泣き出していた。
「フランスって遠いんでしょ」
「ああ、最低五年は戻れない。まあそういう理由だ」
「そっ、しょうがないじゃない」
純花はそれでも必死に強がっていた。
そうか、それで森本さんは時間がないと言っていたのか。
森本さんと純花が、少し和解したように見えた。
隣の純花はようやく笑顔を見せた。
それをみても前で運転している純花パパは、かすかにミラー越しで笑っていた。
そんな純花と二人のパパの会話を見ながら、俺はDSPをつけようとしていた。
「それにしても、光輝……ありがと」
「ああ、気にするな」
DSPのスリープモード解除。ゲームをつけていた。
感動の車内でも俺は俺のペースを維持する。
「でも、相変わらずね。ミツノマル」
「そうだな、俺は俺だ」
「なによ、さっきあそこで言ったことを軽々しく引用しないで」
いきなり純花が、俺の耳を引っ張ってきた。
さっきまでの弱さも、可憐さも微塵も感じさせない強い純花だ。
「いででっ、何をする?」
「フン、ちょっとカッコいいこと言ったからって、いい気になっているんじゃないわよ」
「かっこつけたつもりはない、あそこではあのセリフが妥当だと俺は思った」
「ふーん、もしかしてゲームの中のセリフとか?」
「よく分かったな」
俺は黙って『ジュエル☆クイーン♡スクーリング』のロード時間を待っていた。
それを聞いた純花は、だんだん顔が赤くなった。
「なに、超キモイ。リア充ぽくないんだけど」
「お前が勝手にリア充を名乗っているだけだろ。俺を巻き込むな」
「恋人ってリア充じゃない?リア充になれば白馬の王子様が迎えに来てくれるの」
「迎って……白馬の王子様なんか」
「いるわよ……あたしのパパは二人も来たんだから」
純花は遠い目で、社外の窓を見ていた。
そこは闇が支配する森と山。何があるのかもよくわからないほどの闇が広がる。
厳しく強い純花をよそに俺はDSPを見ていた。
俺はDSPを見てやはり癒されていた。
そこには純花と同じ顔のセレスタイトが、戻ってきていたのだから。




