29
日が沈み、西の方から暗くなっていく空。山の天気は曇っていた。
気高い岩山は驚くほどに足がすくんだ。
足場の悪いここに俺と純花の二人きり。
告白するには絶好の場所だ、こういうのを吊り橋効果というのかな。
(高い……まじかよ)
下を見たら俺は足が震えていた。
だから俺は純花の方を向くしかなかった。それでも純花は驚くほど笑顔だ。
高いところは全く怖くないらしい。
「きれいでしょ、この花」
「純花……」
純花は足元の岩の隙間で、咲いた小さな淡い紫の花を見ていた。
屈んだ純花は驚くほど穏やかな顔だ。
こういう時の純花は一番怖い、長くはないつき合いでそれを知っていた。
「きれいなものを見ると心が落ち着くの。
ぐちゃぐちゃな時、悩んだとき、挫折した時、あたしはここからあたしの好きな場所を見ていた」
「純花……」
確かに純花の好きな花畑がそこには見えていた。
純花はまるでセレスタイトだ……いやセレスタイトが庭園にいるときそのものだ。
始めは不思議だと思っていたが、本当に純花は花が好きなんだな。
純花の意外な……初めて知る側面。
「でもね……あたし、疲れちゃった」
「何が疲れたんだ?」
「あたしは『宿坊 純花』じゃない……あそこの家の子じゃなかった。
今まで一生懸命生きてきたあたしは、あの家にいたあたしは……なんだったの?」
「純花……」
俺は小さく弱弱しくなる純花を向いていた。
普段は強気の純花がこんなにも弱気になっていた。
セレスタイトの言っていた通り、純花の感情は起伏が激しい。
「あたしはあの家が大好きだった。両親が優しくて温かい……。
あたしをあの学校にまで入れてくれた、ミツノマルにも会えた」
「でもそれが養子だけで、なんでそこまで変わるんだ?」
「嫌なのよ、大好きな人に嘘をつかれたことが!
十七年間嘘をつかれて……なんだか疲れちゃった」
強がっている純花は大きくため息をついた。
俺はそんな純花を黙って見守るしかなかった。
そんな純花は崖の下を見下ろしていた。
「あたしは……もう終わりにしようかな」
「ダメだろ!」
そんな時、俺の純花の方に近づいた。
でも純花はうつむいたまま、必死に俺の方に掌を突き出す。
「来ないで!」
「純花っ、俺は……」
「何よ、あたしは……」
「純花は純花だ。どんなことがあってもイコールは覆らない。
方程式は絶対に嘘をつかないからな」
俺は精いっぱいの言葉で純花に言い放った。
その言葉を聞いた瞬間、純花がゆっくりと顔を上げた。




