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この温泉、そういえば混浴だったのを忘れていた。
天然温泉が一つしかないから、それでも贅沢ではあるが。
だけど、年頃の男女が裸で入っているのはさすがに気がひけた。
にしても頭がまだ痛いぞ。純花め、思いっきり桶でぶってきやがって。
「大体、なんでタオルを使って隠さないのよ!」
「ああ、わるい」
「悪いですまないわよ、変態、変態、エロ、変態!」
純花は散々罵声を浴びせた後、後ろを向いた。
そのあと純花の沈黙で、互いに背中を向けて気まずい空気が流れていた。
水の流れる音がしとしとと聞こえてくる。
「ホントにパパは最悪、まさかミツノマルまではめてくるなんて」
「純花……何かあったのか?車の中でも機嫌悪そうだったし」
「うるさいわよ!」
「純花は嘘をつかれるのが嫌いだよな」
俺のセリフを聞くなり、純花は気まずそうに上を見上げた。
見える空は、都会では見えない星や月がきれいに見えた。
このあたりの空気がきれいに澄んでいる証だ。
「嫌いよ、大嫌い!」
「だったら、本当のことを……」
「これはプライベートなの、あたしだけの問題なの!
ミツノマルにはどうすることもできないし、あたしは大丈夫だから」
純花は疲れたような顔で言ってきた。ここまで純花が頑なだとは思わなかった。
それにしても工藤先輩も言いっていたが、プライベートな事ってなんだろう。
「白馬の王子様……とか」
「白馬の王子様はいるわよ」
セレスタイトのところで出てきた言葉を、俺は思わず口にした。
そしてその言葉に純花が驚きの返事をした。
「白馬の王子様……マジか」
「そっ、マジよ。
あたしは、白馬の王子様のために動いているって言っても過言ではないわ」
「それって誰の事?」
「あたしの大好きな人」
純花はなんだかご機嫌に俺の肩に手をまわしてきた。
純花のほのかな湯の香りとぬくもりを俺は感じて顔が赤くなった。
これは新手の純花の作戦か、などとおもいつつも俺は背中の純花に声をかけた。
「でもね、王子様はミツノマルじゃないの」
「なんだそれ、俺は彼氏じゃないのか?」
「彼氏よ、リア充共同体という名のグループにすぎないわ」
「なんだそりゃ」
俺は苦笑いしながら、少しドキドキした自分が空しくなった。
大好きなのに彼氏じゃない、純花はやっぱり変だ。
「なあ、俺を彼氏にした時を覚えているか?」
「一年の美術の時間の話ね。覚えているわよ」
「お互い変わり者で、急に全校集会で歌う純花と、数字オタクで知り合いも全てオタクの俺。
そんな純花と俺が、互いの自画像を描くってやつでペアを組めず、最後に俺と純花が残った」
「あの授業は最低だったわ」
純花の言うのも無理はない、お互い余り者同士で自画像を描いた。
その時に描いた純花の絵はとにかくひどかった。
晩年のピカソを彷彿とさせるほどだ。
「純花、俺のことをあの時は悪意あって描いただろう」
「そんなはずないわ、むしろ善意よ。
それにあの絵は、大事に純平荘に飾ってあるわよ」
「嘘だろ」
「あたしは嘘をつかないわ。一階の楓の間に飾ってあるから、今度見ておいて。
あたしの始まりの傑作なんだから」
純花が俺から離れて笑顔を見せていた。
湯気から覗かせる悪戯っぽい笑顔に、ちょっとだけセレスタイトの笑顔と重なった。
あれはヤバイだろう、俺は明日早速確認しよう。
「ここを出るまで、自分が変わっている人間だと思わなかった。
奈月温泉郷だと、みんなあたしに対してとても優しかったから。
外に出て自分がみんなと違うって知って……最悪だった」
「入学式の時に気づけよ!」
「うるさい、あたしはあれが正しいと思ったのよ」
「なんだそれ?ただ珍しかっただけだろ」
俺のつっこみに純花は俺の背中を突き飛ばして背を向けた。
俺も立ち上がって気難しそうに背中を向けた。
湯気が俺と純花の背中に立ち込めていた。
「でもミツノマルと知り合えたから、最悪の授業でもないわ。リア充に一歩手前ね」
「やっぱりびっくりしたぞ、翌日にお前から告白してきて……」
「『変わり者のあんたに言うわ、あたしと一緒にリア充にするわよ。
あなたは明日からあたしの彼女になるのよ』でしょ」
「で、俺はいつも通り『Jプリ』をやって、一つ返事でなんとなく「ああ」って返した」
「実に感情のこもらない告白の返事だったわ」
「だけど、俺はお前の彼氏だ……変な話だ」
苦笑いしながら、俺は純花の方に振り返った。
純花もいつの間にか俺の方に振り返っていた。
胸のあたりをタオルで隠して、女性らしく恥らった表情を見せていた。
風呂で見せるその顔は、セレスタイトと重なった。
「たまにわからなくなる……俺の中での純花の位置が、純花の好感度が」
「あたしの光輝への好感度は……少なくとも今のパパより上よ」
「えっ、どういう事?」
「知らない、やっぱり教えない!ミツノマルは彼氏でも関係ないの!」
純花はやっぱり不機嫌になって立ち上がり、露天風呂を出ていく。
それを呆然と俺は見ているしかなかった。




