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黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
1章『旧き金貨が砕けるときに』
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004『人相書きを見たって、どこにでもいるおっさんばかりでつまんないわ』

「『災仙のフィーリア』だ……」

 ベンカントはふるふると驚愕している。

 ――それは間違いなく、エルフの大賢者にして崩国の詐欺師『災仙のフィーリア』。

「幸運ゼロのエルフ女なぞ、フィーリア以外にいるものか」

「いやいや、いくらなんでもそれは無理ですよ。ステータスボードは神蹟で絶対ですよ? 似た特徴をしていますが一般的なエルフの傾向ですし細かな数値が違いますし、改ざんはまずできませんって」

 なんとかなだめようとするギルト長に対して、ベンカントは気が気でない。

「貴様は何年ギルドの長をしておるのだ。ステータスの差異など登録後にいくらでも変わるし、実際より低く見せるようわざとすれば小童とてごまかすことができる。だが幸運だけは別だ。神が直接量りにかけるからエルフでもどうにかできるものではない」

「だって顔姿全部違いますよ? それにこんな低魔力で幻惑を常時かけ続けることは不……」

「ヤツはそれを逆手に取っている。ヤツは確かに魔力はない。しかし少量の魔力で済むよう琢磨して達人と遜色ないぐらい変幻自在にできる。だいたい手癖の悪いエルフ女ということだけで疑わんのか。エルフは元来高潔で、こんな低俗の犯罪などに走るものか」

「手癖の悪いエルフ女なんて今の時代、ハイエルフですらいくらでもいるんだよ。そんな中から探し出すのは無理がある」

 フードの奥でトリヌは首を横に振る。

 ――情報にはあがっていたが、人間の領域に流入するエルフが多く、そんなにも堕ちてしまっているのか……。

「エルフの王に早馬を出す。フィーリアの封印が破られている、早急に討伐隊を派遣されたし、と」

 出された茶を一気に飲んで、続ける。

「捕縛したエルフ女を今すぐ聖堂の特別牢に移し替えて、鋳物にしてでもヤツを閉じ込めろ。一度見失えば生きているうちに見つからなくなるぞ」

「そんなエルフ、さっさと浄化だ」

 深く被ったフードの奥に宿る双瞳の冷気で、そこそこの実力はあるはずのギルド長が青ざめた。

「余計な気を利かせずわしの言う通りにしろ。間違っても浄化するな。あれは転生術も会得しているから、殺した瞬間にどこかで湧き上がる」

「まるでゴキブリだな……」

 ベンカントに視線を移したトリヌが、深いフードの中でそれはもう呆れ返った顔をしている。

「ゴキブリのほうが清廉だ。先々代聖王とエルフの王が率いた討伐隊が大いなる犠牲をもって、やっと封印したというのに……」

 皺の深い額の汗を拭うように緋色のカロッタを脱いで、ベンカントはどうしようものかと目頭を抑えて苦悶した。

 ――これはナカムラの件を保留にして、フィーリアの討伐が最優先で全力に取り組むべきと判断できる。

 それに未署名のミスリル硬貨がまだ残っていて、フィーリアの手中に渡れば世界が崩壊する事態になると、頭の中で警報が鳴っている。

「えっと……『災仙のフィーリア』って?」

 熊の老枢機卿、痩せた若い司祭、小柄な異端審問官の3人が内輪で話し込む中に、最初とは別件となり置いてきぼりになった青髪の受付嬢が手を上げた。

 コルトラータは邪魔だとばかり、冷ややかに睨みつけて口を開きかけた。

 しかしこれを制止して、ベンカントが答えた。

「悪魔も青ざめるような崩国の詐欺師だ。一度猛威を奮えばその地に10年は草も生えん」

「そ、そんな神話級の大悪人が、現代に蘇ったってことですか?」

「その通りだ」

 ベンカントは受付嬢にガンとしてしかめた。

「3000年近く生き続けている偉大なエルフには違いない。だがエルフにしたって長生きしすぎてもはや世界を箱の中の実験場にしか思っとらんのだ。ヤツの前には人間もエルフも魔族も神も魔王も悪魔とて皆ただの生きて啼く玩具よ」

 ベンカントは遠くを見つめて、あらゆる記録をよぎらせた。

「しかし君。何か鑑定スキルや経験を持っているのか?」

「いえ。一応ブロンズ級として冒険者登録はありますが、ギルド職員として働くために義務で登録しただけでして実戦はほとんど……」

「では、なぜ?」

 要請があったわけでもないのに、なぜ自らエルフ女ばかりファイルを抽出して確認作業をしているのか……ベンカントはそうする受付嬢の動機が気になった。

「私は受付係ですから、業務上様々な冒険者の対応をするのですが」

 ファイルの1枚を丸い瞳で見て、青髪の受付嬢は何ともなしに言う。

「このエルフさんと、まったく同じ抑揚や言い回しをしていた別のエルフさんが以前から複数いるような気がして、なんだか同じ人が話し方を意図的に変えている感じがしまして。それで様子を見ていたらそうだなと確信しましたので。……誰も気づかないけど私は気になるので。該当者のファイルを取り出し、実際のステータス等を最終確認してから専門部署に調査を依頼しようと」

 はぁ……と、深い溜息が吐かれた。

「……封印が破られても今まで大人しかったのは。人間が神の御業や魔法抜きでもいくらか利口になったからだと、そう思いたいところだな」

「まあ……そうですね猊下」

 複雑な深い溜息を漏らすベンカントと心底同意するコルトラータに、周囲はどうしてなのかはわからなかった。

「で、君」

 ベンガントの鋭い眼光に囚われた青髪の受付嬢の後ろに、やれやれとばかりにコルトラータが塞がるように立つ。

「え?」

 次いでベンカントが受付嬢の青髪のかかる右肩に右手を載せる。載せるというより掴んでいる。

 掴んでいると言うより獲物を逃さない熊のように太い指をぎりぎり突き立てている。

 彼女はもう逃げられない。

「名はなんだ」

 枢機卿としてとても優しく慈悲深い微笑みを浮かべているが、受付嬢の目には凶暴な大熊のイメージが重なるように浮かんでいる。

「ソラ・エスティファールです。……えと、猊下? 私、何かとんでもない失礼を??」

 すうっと、大きな鼻が鳴った。そして怒涛。

「冒険者ソラ・エスティファール。このドミニクス・ベンカントが直々の指名である。手続きは追々に行う。神の名の下だ拒否権はない。黙ってこのままついてこい」

 まだ幼げの残る紺色の大きな瞳を点になる。

 青髪の受付嬢ソラ・エスティファールは、老枢機卿にそのままロビーの外まで引っ張られ、前衛ばりの投力で白馬車に放り込まれる。

 フードの隙間から一部始終を見ていたトリヌは「何を言っても無駄だ」と哀れなソラへ諦めを促し、発進した白馬車の後部ステップに足をひっかけた。


「アウレリアちゃんさー、あんたの罪状聞いちゃったよ。取引無効のミスリル硬貨を大量に持ち込んだんだって?」

 軋むアバラを海老反りにされて、アウレリアはさらなる激痛に沈んでいる。

 蝋燭だけの牢の中で、茶髪そばかすのエルフ女は軽薄に嘲笑う。

「そいつは贋金を作るよりもオオゴトになるだろうさ。ましてこの聖都からティーバートに向かう教国お抱えの商会の馬車が秘匿して運んでいたんだもの。あんたは何らかの陰謀に偶然巻き込まれた形でとても可哀想には違いないけど、きっとザナディニアに移送されて、あそこの拷問吏に苛め抜かれた挙げ句に、ボロ雑巾になって魔女刑ね。魔族の戦列を前に突き刺さっている焼死体の一柱になるわよ?」

 エルフ女はケタケタと嘲笑う。

 アウレリアはカッと意識を強引に戻した。

 声にならないものの確かな悪態をつけるように、黄金に光る琥珀瞳で小汚いエルフ女を滅多刺しに睨みつけた。

「うわこわ」

 エルフ女は一瞬壁に退けたがすぐに胡座に戻って、アウレリアをよく観察した。

 ――意識を戻してから傷だらけの鉄枷を打ち破ろうと海老反りで吊るされた手足を力ませている。

 17歳を迎える没落貴族令嬢の華奢な体躯は全身くまなく打たれただろうに、まだ火して生き続けている。

「ふーん」

 エルフ女はアウレリアの様を馬鹿みたいと思った。

 しかし、往生際の悪い娘だと思ったからこそ、もう少し試してやろうと思った。

「ところでアウレリア。自分が持ち込んだミスリル硬貨が、本物なのになぜ取引無効になったのかわかる?」

 問いの内容に関わりなくエルフ女が戯言を発したと即決してアウレリアの激昂は頂点に達したが、小汚いエルフ女の碧のように澄んだ琥珀瞳の眼差しに気付いて、アウレリアはどうにか激昂を沈めた。

 エルフ女は水の入ったボロ器を手にとりアウレリアの口元に傾けて、溺れないよう慎重に、少しずつ飲ませる。

「わかるかしら?」

 器をそっと外して、じっと、アウレリアの琥珀瞳を見つめた。

 アウレリアが答える番だった。

「よくはわからない。でも真貨が取引無効ってことは、本来ミスリル硬貨には所有者の情報が魔法的に付与されてこそ価値が出るものと思う。私はそれを知らなくて、でも怪しまれないようにそれらしい書類をつけたからこうなった。迂闊だったわ」

「無知は罪よ。でも知ろうとする意思で罪は軽くなるし、知った上で考えられるのなら合格、行動できたら満点ね。あんたは確かに馬鹿だけど、でもその馬鹿だったり明晰だったりって、知の扱い方次第で決まる俗な評価の一軸に過ぎない。故にアウレリア・ヴェルクリス、あなたはまず合格よ」

「薄汚れた性悪エルフに言われても嬉しくないけどね。ところで、私の答えは合っているのかしら?」

「そうね。あなたの言うそれが、聖王金貨とは決定的に違う、魔導国のミスリル硬貨が信用を得て商取引に使われている最大の理由よ」

 立ち上がったエルフ女が海老反りで吊るされるアウレリアの周囲を練り歩く。

 まるで老練の家庭教師さながらに教鞭を打ち始めた。

「魔導国ボフ・テルセスタン銀行が発行しているミスリル硬貨には、贋貨識別のための高度な魔法と一緒に所有者名とそれまでの取引履歴も記録されている。その記録は硬貨自体と銀行帳簿でそれぞれ紐づいていて、取引には専用の契約書でそれらの情報を書き換え更新する際に以前の情報を照合して取引可否を判断するの」

 ――このエルフ女は多分賢者だ。世の中には破戒をもって道に至る者が古今にあると聞く。

 だったら……と、アウレリアが思っていた疑問を彼女にぶつけてみる。

「でもそれじゃ確かな信用はあるけれど、こんな短期間で大陸中に広まる理由にはならないわ」

「その通り。だから魔族による死呪金貨騒動を利用した。大陸中の工房を廃業に追い込んだ魔族製品もミスリル硬貨による買い占め締め出しと、黄金連合の製品やサービス投入でさらに勢力を増しながら信用も強固にして、今や聖王の威光より青く輝く、魔族すら容易に逆らえない人類最大の基軸通貨になった。ここまではよろしい?」

「いいわ。でもまだわからない」

「何が?」

 アウレリアの懐に深く浸透するように、エルフ女は琥珀瞳を見た。

「黄金連合に取られたヴェルクリス領地の今、私が掴まされた未署名ミスリルの本来の目的……。結びついているのはわかるけど、言葉にならないのよね」

「ヴェルクリス家の領地って、確か聖王金貨の源泉になっていた金鉱山があったと思うけど、今はすっかり寂れているのかしら?」

「その寂れ方が異常だし、領民の扱いだって尋常じゃないのよ。ただ虐めているわけでなく、まるでケーキをドブネズミに食わせる所業をしている」

「だって今って金に価値ないじゃん。それであんたんち没落したんでしょ?」

「父様母様兄様の死と金の大暴落が重なって、残った私が至らなくて没落したのは厳然の事実だけど、含有の多い金鉱石が100年以上も安定して掘れるってことは、枯渇したところで価値のある別鉱物が掘り出せる可能性があるわけよ。実際に銅や鉛も金に匹敵するぐらいの利益を出していた。だから少なくとも、黄金連合にとっては今でもヴェルクリス領地は富のなる木のはずで、まだ稼働できる鉱山を閉鎖して、ズリ山間の痩せきった土地に売れない綿花と悪質なケシ花を栽培させて、鉱山に慣れた領民を飼い殺しで飢餓寸前まで締め上げる理由にならないわ」

「それは怒りから?」

「怒りもあるわ。でも実際にわからないのよ。そうする理由が」

 アウレリアの疑問に答えを与えるため、エルフ女は次の点を詰めていった。

「じゃあ次に、何であなたが未署名ミスリルを掴まされたのか」

「情報屋に一杯食わされた。それはわかる。ティーバートへ向かう途中で私に奪わせて聖都の取引所で持ち込ませることで事態を露見させることも目的の内だった。それも身を持って知ったからここにいる」

「そこまでわかっていてなんで正答から目を背けているの?」

「それをやるメリットが薄いからよ。あの積荷はトゥーレ商会の名義で運ばれるもので、あそこは教国お抱えかつ、ポーションを扱うだけの中堅商人だ。戦禍で短絡には利益を得られるでしょうけど所詮は教国資本の中堅商会なのだから、そこの信用をなくしてまで事に及ぶとは思えない。トゥーレだけじゃない、黄金連合ほどの大きな組織にとってもこれはハイリスク・ローリターンで、しかも利益が出るのってあまりに先の話よ。情勢が刻一刻と変わって、結果の出るだろう10年先なんて見通せないのに」

「人間馬鹿が多くなったからねー。目先のミスリルに目が青く眩んだだけかもよー?」

「そんな馬鹿が出たんなら、そんな教国はミスリル硬貨や黄金連合の横暴より前に滅んでいるわよ」

「だったら全員が馬鹿じゃないってことよ。そいつらが必死に抵抗するもんで、より悲劇になっている。有望は失望に堕ち、理知が非知に変えていく。で結局、金銭で推し量るしか人を見れなくなるわけ」

「なるほどね……幻滅だわ」

 アウレリアはかくんと俯いたのだった。

「ねえ、アウレリアちゃん」

「……何よ、薄汚エルフ」

「ここを出たい?」

「あ?」

 海老反りがぶらんと揺れた。

「私のついでよ、それに付き合ってくれるかってこと。それとも救おうとした領民も見ずに失意のまま火刑に処されたい?」

「……いいわ。どうするの?」

「私のタネが芽吹く頃なの。あんたはもう1日堪えてちょうだい」

「だったら期待しないわ」

「期待してくれなくても、今に粗末な棺が勝手に寄越されるわよ?」

 牢屋の入口が開いたらしい、ドスドスと足音がする。

「そこの汚いそばかすエルフ、お前がバンドレーヌ・レギスだな」

 鍵束をジャラジャラ鳴らして、カンテラを頼りに房を覗く鎧姿の大男がいる。

「衛士長様が直々に改まって、私に何の用事かしら?」

 寝台に胡座したエルフ女は、豪傑な衛士長に対してへらへらと手を振っている。

「トゥーレ伯爵の命により聖都追放だ。荷物をまとめてさっさと消え失せろ」

「あらあら、じゃあそうさせてもらうわね」

 吊るされたアウレリアに衛士長はわざと背をぶつけたので、アウレリアはぎろっと睨みつける。

 足枷を外されたエルフ女は、両足首をよくほぐして牢屋を出ていった。

 捕縛から3日経った衛兵詰所の外は、カルデラの巨大な内海に囲まれる聖都の名物になっている濃厚な夜霧に包まれていた。

 エルフ女は少し寒さを覚えながら汚れたチュニックに返却された安革鎧を着、ボロのマントをきつく羽織って、定住している貧民窟の安酒場へ、細路地を歩いていった。

 左後ろについた焦げたキャラメルの匂いにエルフ女は振り向かないまま歩き続けて、それに背中を突かれると細い顎をくいと上げた。

「急ぎお知らせが」

「何かしら?」

 エルフ女が若葉色の髪をした女性に対し、突っ慳貪に聞き返した。

「『災仙』が露見しました。ベンカント枢機卿の命により、冒険者ギルドやトゥーレの者にも異端審問の捜査が入り始めています」

「随分と手際が良いわね」

「申し訳ございません。冒険者登録の偽装が間に合わず、このような事態に」

「いいわ。どうにかやり過ごす。ところでリーン、追加で頼まれてくれるかしら?」

 赤い流行りのポシェットを携え、若葉色のおさげ髪をした茶色いコートの女性――リーン・エスカルドは、暗く俯いていた顔をエルフ女に再び向けると街灯の白い魔火が射して明るくなった。

 深緑の瞳が静かに輝き、希望を得て頷いた。

「アウレリア・ヴェルクリスに相応しい棺桶の用意を。活きの良いうちに彼女を入れてちょうだい」

「畏まりました」

「悪いわね」

「いいえ。この身は総て、古く賢る王のために焚かれる所存です」

 そうリーンは、エルフ女に傅くように深く頷いた。

「ところでリーン、私この通り手ぶらなのよね。ちょっと小遣いと手頃な得物を持ってきてちょうだい」

「少しお待ちを」

 リーンはポシェットのガマ口を開け、ティーバートが発行する高額紙幣入りの簡素な長財布とマカロフ拳銃、その予備マガジン2本を取り出すと、歩みを止めないそばかすエルフ女の前に出て、両手を引き出して握らせるように渡した。

「聖都を出たと偽装してアウレリアの解放まで様子を見るわ。それまで、できる限り撹乱してちょうだい」

 そうしてリーンはエルフ女から自然と離れて、冒険者ギルドの支部のある表通りへ曲がっていった。

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