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「……質問していいですか?」
「なんだい?」
ようやくすべてのわだかまりがほどけすべて元通り、になるかと思われたが、どういうわけかビアンカはネロの膝の上にいた。
「離れていた分、君とくっついていたい」
避けていたのはそちらだろうがと言いたくなるのをこらえながら、ビアンカは大人しくネロに抱きしめられていた。
顔を合わせなかった間のことをぽつぽつと話しているうちに、ビアンカはまだ知らない前世の出来事がいくつかあることを思い出したのだ。
「思い出すのは嫌かもしれないのですが……アルルが死んだ後、あなたはどんな人生を歩んだんですか?」
恐る恐る問いかければ、ネロは少し意外そうに眉を上げた後、わずかに首を傾け考え混む。
「……ブランに君を奪われた後、どこかの牢獄に囚われたところまでは覚えている。そのまま日の光を浴びることなく死んだ」
「……!」
壮絶なテリウスの最期にビアンカは息を呑む。
「そんなのあまりにもひどいわ」
牢獄に繋がれ一人で朽ちて至ったテリウスを思うと涙が滲む。
「大丈夫だ。優しいな君は」
潤んだ目元をネロの指先が優しく撫でた。
「本当に平気なんだ。アルルの命を奪ったとき、俺の魂も一緒に死んだんだ。だから牢での記憶は曖昧さ」
笑ってみせるネロの胸板に頬を押し当てる。
なだめるように背を撫でられていると、ネロがどこか諦めたようなため息をこぼした。
「ブランは徹底的に俺を排除したようだからな」
その言葉に思い出されるのは、この国の歴史書に記されたブランの生涯のことだ。
クーデターが起きる前には側にいたてあろうテリウスの存在が、その直後から完全に消えてしまった事実の理由が今になって理解できてしまう。
「……この国はブランが作った国、なのですよね」
「なぜそれを」
驚くネロに、ビアンカはこの国の歴史書を読んだことを素直に伝えた。
「そうか……読んだのか」
「はい」
「ならばわかると思うが、クーデターが起きた後からブランの横に俺はいなかった。どんな歴史書にも俺の名前は一行も残されていない。ブランの指示だろう。あいつは肉体だけではなく、俺の魂すら消そうとしたのかもしれない」
その執拗さにぞっと肌が粟立つ。
「あいつは国をまんまと乗っ取り、この帝国の基礎を築いた。憎らしいが、あいつは間違いなく王としての才能はあったのだろうな。人間としてはどうかとおもうか」
「そう、ですね……」
人一人とは言え、歴史書からさえ存在を完全に消せてしまうブラン。それがアルルへの執着によるモノだとしたら)
(ネロが心配するのもわかるわ)
もしかしたらブランもまたこの時代に生きていて、虎視眈々とアルルの魂を探している可能性があってもおかしくない。
ネロが警戒するのも納得できる。だが。
「でも私とあなたが死んだ後もずっとブランは生きていたはずです。私たちと同じ時代に生まれてくるなどあるのでしょうか?」
歴史の中でブランは結婚し子どもを設けている。
それがブランの実子なのだとしたら、この国の皇族にはブランの血が流れていることになる。
「わからない。だがあの男の性根を考えれば、意地でも君をおいかけて来そうな気はする」
「……う」
考えたくないが否定はしづらい。
そうではあって欲しくはないが。
「他に聞きたいことはあるか?」
「え?」
「君に隠し事はしないと決めたからな。何でも聞いてくれ」
どうやら完全に吹っ切れたらしいネロに、ビアンカは苦笑いする。
「じゃあ思い切って聞きますけど……ネロ様はプルメリア様をどう思っていらっしゃるのですか?」
プルメリアの名前を出した瞬間、ネロの表情があからさまにこわばる。
「どう、とは?」
「その……プルメリア様は……アルルにそっくりではないですか。彼女を見てなんと思わないんですか?」
ずっと気になっていたことを問えば、ネロは思いきり眉をつり上げた。
「アルルとあの女が似ている!? どこがだ」
「どこって……」
何もかもが似ているではないかと言いかけたが、ネロはありえないとばかりに首を振る。
「まったく似てもにつかない。プルメリアは、この世で自分こそが最も価値のある女だと思っている。アルルのような慎ましさも高潔さもないではないか」
「え、ええ?」
まるでプルメリアを嫌っているような口調にビアンカは困惑する。
「でも、婚約のお話があったんですよね。ネロ様と」
「親同士か勝手に話をしていただけで俺は了承したことはない。そもそもその話は俺が城を出た時点でとっくに消えている」
「そう、だったですか」
ではなぜプルメリアはあんなことを言ったのだろうか。
蠱惑的な笑みを浮かべて語りかけてきた姿を思い出すと、何やら背筋が冷えるような思いがした。
「私はてっきり、ネロ様はプルメリア様と想い合われていたのかと」
「よしてくれ。俺が好きなのはビアンカだけだ」
ビアンカではなくアルルの魂でしょうと言いなるのをぐっとこらえ、ビアンカはネロを見上げる。
「ではなぜプルメリア様と会っていたことを怒ったんですか」
「……それは」
一瞬、言葉を飲み込もうとしたネロだが覚悟をしないという約束を思い出したのか、ゆるゆると口を開いた。
「それは……プルメリアが兄上と……第一皇子との婚約を発表したからだ」
「えっ!?」
想像もしなかった回答にビアンカは声を上げた。
「俺は兄上に疎まれている。兄上は俺が兄上を廃して次の皇帝になろうとしていると思い込んでいるんだ。これまで兄上とプルメリアとの間に交流はなかったのに急にだ」
表情を険しくさせなから、ネロはビアンカの身体をそっと抱きしめる。
「俺の婚約を知った兄上が、俺を苦しめるために君になにかするのではないかと思ったんだ。そのためにプルメリアと婚約し利用しようとしているのだとしたら……」
「それでもう会うなと」
「ああ……だが今になって思えば横暴だった。許してくれ」
素直に謝罪するネロは叱られた犬のようだ。
怒ってもいいのだろうが、怒る気にもならない。
「……ちゃんと話してくれたからいいです」
「ビアンカ!」
ぱっと表情を明るくさせたネロが、ビアンカを抱いたまま立ち上がる。
「え、ちょ……」
「許してくれてありがとうビアンカ。ああ、かわいくて愛しいビアンカ。こうやって君を腕の中に抱けるのが俺は何より嬉しい」
「あ、あの」
焼けに熱ぽい視線を向けられ、ビアンカはひっとと喉を鳴らした。
身体を包むネロの体温が焼けに熱くて、やんわりと逃げようとするが降ろしてもらえなさそうな気配を感じる。
「離れていた間の分、君を愛させてくれ」
「えっ、あの……」
「ビアンカ」
「んっ!」
奪うように口づけられ、ビアンカはそのまましっかりとネロの愛を注がれたのだった。





