第0話:存亡の危機に瀕する王国
太陽が真上から照りつけ、戦太鼓を打ち鳴らすバチのように大地を激しく叩きつけていた。
王国を取り囲む三重の城壁のうち、すでに二つが突破されている。
家々や商店は炎に包まれ、崩れ落ちた瓦礫からは幾筋もの黒煙が天へと立ち昇っていた。
青い肌に黒い鎧を纏い、血に飢えた笑みを浮かべるダークエルフたちから逃れようと、民衆は悲鳴を上げて逃げ惑う。
空からは、盲目のサイクロプスたちが剛腕で投げ放つ燃え盛る巨岩が絶え間なく降り注いでいた。
敵軍の先陣を切るのは、ミノタウロスとケンタウロスの群れだ。
ミノタウロスは棍棒の裏打ち一閃で人間の兵士たちを宙へと吹き飛ばし、ケンタウロスは二メートルに及ぶ長槍を振るい、立ち塞がる者すべてを容赦なく串刺しにしていく。
中央にそびえる王城はいまだ無傷を保っているが――それも、いつまで持つか。
各所の入り口には急ごしらえの塹壕が掘られ、そこを越えようとする者は誰であれ攻撃せよとの非情な命令が下されていた。それが敵兵であろうと、あるいはただ助けを求める農民であろうと。
人間の兵士たちの顔は、汗と恐怖に塗れていた。
最後の城壁の上から迫り来る闇の軍勢を見下ろす第三部隊の隊長でさえ、その胸に希望のかけらも抱いてはいない。
彼らが王国を守るのは、勝利を信じているからではなかった。ただそう命じられたからであり、ダークエルフがもたらす過酷な奴隷の境遇に甘んじるくらいなら、死んだ方がまだマシだと分かっているからだ。
そしてそれは、敵も同じだった。サイクロプス、ミノタウロス、ケンタウロスたちを突き動かしているのもまた、崇高な理想や武勇などではなく……冷酷なる支配者への底知れぬ恐怖に過ぎなかった。
王城の内部にまで、激しい地響きが伝わってくる。
「こちらでございます、陛下」
そう先導するのは、青白い肌にひょろりとした長身の男、アラクスだ。黒い長髪が顔の両脇に垂れ下がり、自惚れ屋の魔術師によくある、金銀の装飾が過剰なまでに施された絹のローブを纏っている。
アラクスは城の地下牢のさらに奥深く、その腹の底に位置する自身の研究室へと一行を案内していた。
白い髭を蓄えた厳格な面持ちの老王マルクに付き従うのは、三人の王子たちと王妃、精鋭兵の一個小隊、そして第二部隊の隊長ヒルダであった。
ヒルダは数々の戦場をくぐり抜けてきた険しい顔つきの長身の女騎士で、波打つ金色の前髪がその右目を覆う眼帯を隠している。
彼女が絶えず剣の切っ先をアラクスへと向けている様子を見れば、この魔術師を微塵も信用していないことは明白だった。
ヒルダは、アラクスがダークエルフに王国を売り渡したのだと睨んでいた。いつでも魔術師を真っ二つに斬り捨てる覚悟ができている。
アラクスの口にした約束など、真実であるはずがない。この絶望的な状況で、王国を救える何かが存在するはずがないのだ。
もっとも、白昼堂々ダークエルフが奇襲を仕掛けてくるなどあり得ないと、彼女自身を含めた全隊長が思い込んでいたのも事実だったが。その油断ゆえに、王国は完全に虚を突かれたのである。
ヒルダは奥歯を噛み締め、頭を振って淡い希望を振り払った。特に、日頃から道徳心も態度も黒に近い灰色であるアラクスがもたらす希望など、到底信じられるものではなかった。
一行は地下牢の区画へと足を踏み入れた。
鉄格子の隙間から、何人かの囚人が王子たちを掴もうと不気味に腕を伸ばしてくるが、兵士たちが怒号と威嚇の剣閃でそれを牽制する。
やがて辿り着いた研究室は、高いアーチ状の天井を持つ細長い空間だった。
アラクスがフードを被った弟子たちに急ぐよう命じ、奥に据えられた本棚を動かさせると、その背後から隠された両開きの扉が姿を現した。
「何を隠している、アラクス!?」
ヒルダが長剣の柄を強く握りしめ、鋭く問い詰める。
「今は口論している暇などありませんぞ、隊長殿! さあ、こちらへ!」
魔術師はそう返すと、扉の奥へと足を踏み入れた。
ヒルダはすでに胃のあたりに鉛のような重苦しさを感じ、これから目にするものを警戒していた。
だが、扉をくぐった瞬間、彼女の予想はすべて灰燼に帰すこととなる。
底知れぬ暗闇を湛えた黒い縦坑の上――そこに、高さ六メートルにも及ぶ灰色の巨大な結晶が浮かんでいた。
結晶は微動だにせず、わずかに光を反射するのみで沈黙している。縦坑の周囲の石床には六つの魔法陣が刻み込まれており、その軌跡はあまりにも歪で複雑怪奇なため、目で追おうとするだけで激しい頭痛を催すほどだった。
アラクスとその弟子たちを除き、誰もがその巨大な結晶を見上げて言葉を失った。
幼い王子たちはそれが何であるかを知らなかったが、沈黙する物体が放つ圧倒的な威圧感に身を震わせていた。
「……ダンジョンコア、か」
マルク王が呆然と呟いた。
最初に我に返ったのはヒルダだった。即座に魔術師の喉元へと剣を突きつける。
「貴様、アラクス! これほど危険な代物を城内に持ち込んだだと!? 一体何を企んでいる!?」
魔術師は両手を挙げて見せた。
「持ち込んだのではありません。私が一から創り上げたのです」
その声には、隠しきれない誇らしげな響きが滲んでいた。
「嘘をつくな!」
「こんな状況で嘘をついてどうするというのです、くそっ! 今この瞬間にも敵が雪崩れ込み、我々を皆殺しにするというのに!」
アラクスは口元を押さえ、声を落ち着かせようと一つ咳払いをした。
「……もっとも、エルフどもの襲撃はある意味で好都合だったと言えるかもしれませんな。この新たな『兵器』を陛下にお披露目するための最後の工程……すなわち、『人工の魂』を鍛造する儀式が、まさに今日完了したばかりなのですから」
「人工の魂だと!? そんなものが存在するはずがない!」
アラクスは不意を突かれたように一歩後ずさり、再び咳払いをした。だがすぐに体勢を立て直すと、非難がましい指先をヒルダへと突きつけた。
「ゴリラ女に何が分かるというのです! 魔導の道は神秘に満ちているのですよ、あなたのような野蛮人には想像すらつかないほどにね!」
二人の果てしない言い争いが始まる気配を察し、マルク王が一喝した。
「双方、控えよ!」
ヒルダとアラクスは同時に片膝をつき、謝罪の意を示して深く頭を垂れた。
王の鋭い視線は、魔術師の身にじっと注がれている。
「アラクスよ、正直に申せ。この代物は、地下の巣穴から這い出てきたあの蛆虫どもの魔の手から、我が王国を救い出せるのか?」
「おそらくは」
「確証はないのか?」
「はっ、陛下……」
アラクスは生唾を飲み込んだ。
「本来であれば、事前に幾度か実験を重ねたかったのですが、しかし……」
その言葉を遮るように、投石機の放った巨岩が城壁を直撃し、城全体が激しく揺れ動いた。アラクスがなぜこれほど焦っているのか、それを説明するのにこれ以上の言葉は不要だった。
マルク王は深く息を吐き出すと、静かに頷き、魔術師に決行の許可を与えた。
アラクスは立ち上がり、弟子たちに周囲の魔法陣へつくよう命じると、自身も最後に残った一つの陣へと足を踏み入れた。
六人の魔術師たちが精神を集中させる。
床に刻まれた魔法陣の軌跡が、アクアマリンの鮮やかな輝きを放ち始めた。魔力の奔流が電流のように空間を震わせ、縦坑から吹き上がる風圧に魔術師たちのローブが激しく翻る。
目に見えぬ魔力の糸が虚空へと伸びていく――この『ファンタジア』の銀河の果て、さらにその向こう側へと。
アラクスは巨大な結晶へと大きく手のひらを差し伸べた。
「我らすべてを救うための魂を! 理想の魂をここに! たとえそれが、天に対する大いなる冒涜であろうとも……! 目覚めよ、そして我に従え、【迷宮】よ!」




