第一話『カビの生えた種族』
『サイクロン学園』の一日は買い出しから始まる。
市囲の様子を見守る攻略キャラとは別に、主人公のライバルが息を潜める城下町は物騒だ。
人さらいなど日常茶飯事。ハードモードで野盗出現率は脅威の五倍。
マーケットで野菜や果物を盗むストリートチルドレンを撃退するのでさえ不可能だった。
切り拓くしかない。
このルートを切り拓くことでしかメインシナリオには辿り着けない。
盗んだ野菜を盗み返し、盗んだ鰹節を盗み返し、そうして辿り着いた境地に立つ。
「きつねうどんネギたっぷりお待ちぃ!!」
「おっせえんだよ!!」
「悪いね悪いねぇ! こっちも商売なんでねぇ!!」
うどん屋を悪党の巣窟にして早二週間だ。
二週間も悪党の相手をしている。堅気のやることじゃないがゲームはゲームだと割り切った。
「替えの玉寄越せやゴラァ!!」
「いいねいいね! 今日も魔剣詐欺かな!?」
「うっせえボケェ!!」
「笑顔だよ笑顔だよ笑顔だよ!!」
ド不良の主人公が笑顔を振りまいて無人のうどん屋を回している。
イージーモードでは主人公が良心に従ってストーリーを進めるだけで大抵のイベントはクリア出来た。頭に鉢巻を巻いて狂喜乱舞することはない。ストレスフリーの乙女ゲームだった。
今やこれである。
街の治安を悪化させる諸悪の根源を相手取ってバッドエンドを回避する唯一の正攻法を実践している。
ハードモードはお約束とは程遠い過激なメロドラマが待ち受ける。バッドエンドは死だ。攻略キャラばかりか友人キャラの脳殺モーションまで追加されるので、怖いもの見たさでハードモードをやり始めて二週間。うどんを啜る主要キャラを増やすためにやっている。好感度はないものと考えた。
カウンターに並ばせてうどんを啜らせてミッションコンプリートだ。
誰もが望んだハッピーエンドの光景だ。ハードモードで攻略キャラを落とそうとしてはならない。
「ヒャッハーーーッ!! 天ぷら定食いっちょ上がりぃ!!」
「頂くぜぇえええ!!」
メインキャラに固定席があるあたりに業の深さを感じるよ。
「私はエンドロールに辿り着いてしまった。友情を選んだ敬意を称して『サ学』を上げよう」
「乙女ゲームはいりません。間に合っています」
絶賛片思いの先輩がいるクラスメートにきっぱりと断られて私は肩を落とした。
私は逢倉瑚鈴。
スポーツであればやり込み要素を求め、勉強であれば必勝法を求める高校生だ。VRゲームに出会ってからジャンル問わず遊んでいるかな? 冒険せずに大作ゲーを齧るライトなゲーマーだと思う。『サ学』のハードモードは完全に別腹だった。
「なら聞いてよ真~。どんなシナリオを経たのかそれはもう語り尽くせないんだから!」
「嫌です。『サ学』のハードモードをおやつ感覚で食べるゲーマーにはこのゲームが相応しいですよ」
「いやいや、鬼畜難易度ってわけでもなかったよ? 作業ゲーだったかなぁ~」
「ハードモードを作業ゲーですか。すわ恐ろしいです」
それでと勧めてくる友人Aはクラス一押しの強い浦巻真だ。
男らしい名前に反して十人が十人振り返る美少女。真と書いてまみずで可憐さを兼ね備えた彼女の魅力が余すところなく表れている。人を寄せ付けないオーラを身に着けたいという健気な部分もあって、積極的に恋をしようとする心意気は気に入った。乙女ゲームに釣られないのは偏屈じゃないかな?
「それがさぁ、うどん屋を剣道場に変えるのが最適解だったんだけど」
「だから興味ないです!」
「えーっ! 『サ学』は続編出てきそうだよ!?」
真は頬を膨らませて我が家に持って来たVRゲームを目の前に突き付ける。
『ジャック・コマンド・オンライン』
今夏発売されたVRMMOで、世間では『JCO』の名で広まっている。
サービス開始前にも関わらず知名度が高いし、真は真で「良作に違いない」と断言して私の分まで買った。断った方がいいのかな?と空気に徹する友人Bを見やる。
「みりあもゲームやる?」
「面白ければ是非」
「1パーセントでも可能性があるならみりあのためにやってみるよ。真、出世払いでいい?」
「構いません。『サ学』は人質に取っておきます」
「そのゲームやってる時の瑚鈴は男子に対して五割増しで笑顔だった」
可愛らしい声でジト目を向ける野照みりあに私は照れ隠しでお茶を注いだ。
一学期が修了して明日から夏休み。
うちでうどんでも食べる?と適当に誘った二人のことをあまり知らないので、三人で同じゲームをやろうと画策した真には感謝しておく。
「ありがとう」
「どういたしまして。一緒にプレイするのは相当先になりますか」
「チュートリアル種族、調べたら出てくるよね? 私はそれでやってみるよ」
「カビの生えた種族じゃなかった?」
初見のゲームはイージーモードから始めないとね。




