特別編2 隠居人の集い
長躯式蒸気機関車。蒸気窯と駆動装置を備えた機関車と、それに牽引された燃料と水を載せた炭水車を一纏めにした形式。それが駅長屋に沿うように止まった。
震災の功から仁色に赤の縦帯を加えられた蒸気機関車の先頭には織田木瓜の旗が交差している。将軍列車と呼ばれる編成は飲料や車内での水浴びなどに用いる水槽車と食料や衣類など什器貨車に、鉄製で窓に大きな硝子が張ってある三両の客車を加えた将軍列車と呼ばれる編成。これらは紫色の横帯で統一されていた。
停車駅の場所は美作国西北条郡鶴山城駅。勝三は発展したとは言え戦国時代の街並みの中を蒸気機関車が止まっている光景に感慨深さと僅かな違和感を覚えながら待っていた。客車の戸が小姓によって引戸が開く。
「良くいらして下さいました」
「おお、勝三。すまんな出迎えて貰って」
駅長屋と列車の間に伸びる鋼滓煉瓦の上。勝三は鬼絹の浴衣に天佑人のハリプ鹿の毛皮を片肌脱ぎで羽織っている。一方で信長は結った髷に蓬莱鷲の羽飾りの男簪を刺していた。
「勝三、準備は」
「与三が既に」
信長が二、三度頷く。
「すまんな。仕方ない事だがこればかりは大っぴらには出来ん。感謝する」
「何の。いつも通り。鶴山城の庭園にて」
「そうか。フフフ」
武士達が壁を作る駅を出れ場車が一台。信長が鉄輪はあるが帯野を見て。
「この帯野。牛ではないな?」
「正に。この前討ち取った赤嶺の蛟の物です。入江にてで襲われ戦いまして」
「……あの二丈くらいあった奴か」
「ええ、此方も一丈から一丈半ほどありました。他の獣よりも凹凸があるので良く走ります。ただ一点物になりそうで……」
「まぁ勝三が倒せるからと言って他の者が出来るとは思えん」
「恐縮です。皮の摩耗も激しいんですよね。何より人に害をなすとは言え、ああいった生物は増えません……。大きさも特に大きい物でないとダメですし、たぶん直ぐに数が取れなくなるでしょう」
「だろうな。車も車輪が如何にかなれば良いのだが。速さと車体そのものの重さが牛車や荷車の比ではない。如何にもならんだろう」
「空気を入れた漆と帆布を使って見たんですが重さに耐えられませんでしたし」
「勝三でも出来ん事があるんだなぁ」
「いやあ。私にできる事などたかが知れてますよ。帯野一つ作れない」
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信長は各地の府から寄せられた情報を元に進出可能と見られる地域を思い浮かべる。これは勝三が居なければ土地があることさえわからなかった事だ。それをやってのけた男の本心からの言葉だからこそ。
「それは無いだろ……」
「え、あ。はい」
信長はコイツなんでびっくりしてんだろうと思った。心底ガチで。
「ま、まぁどうぞ」
勝三はタジタジで後ろの扉を開けた。棺入れる車みてぇだなぁって思いながら。でも後に扉を付けた物の方が好評なのだ。
「うむ」
信長は腰を屈めて奥に刀を置き座る。勝三は運転席に乗った。骨組みは鉄で木と布だ。
好意的に言ってトラックかジープの様な。勝三の記憶のおかげである種の洗練された配置ではある。だがやはり技術的問題から不恰好は否めない。
何度か石油機関を唸らせてから漸く騎馬を前後に車が進む。随分と苦労した物だ。
「若様達は何時頃お付きに?」
「明日には来るだろう。奇妙め仕事を放り出そうとしたぞ」
「それは……」
勝三は苦笑いを嬉しそうに浮かべる。また能楽に使える着物と薙刀と御面でもこっそり贈ろうと考えながら。そんなことを考えているとすぐに津山城。
馬場に車を止め。
「では」
「うむ」
信長と勝三は一度別れ木綿の服を着て鶴山城の庭園の門前で集合する。その姿は忍びにも見える程に全身を覆っていた。完全に怪しい感じの格好だった。
そんな不審者な見た目で桜咲き誇る中を進んでいく。川が流れ枯山水や池が広がるが見向きもしない。
目指すは庭の奥にある茶室と東屋を兼ねた建物の腰掛け待合を合わせた建物。それを勝三が記憶を頼りに増改築を繰り返し最終的に居住空間と化した普通に屋敷だった。その小さな屋敷の前では与三が鉈を研いでいた。
「うん。凄い臭い」
「ほんとクッサイですね」
信長と勝三は鼻に詰め物をする。誰にも見せられない絵面。それは与三もだった。
近いのは鉄工所のガス。南蛮から伝わった玉葱が腐った様な。それらを強烈にした臭い。その内に甘い香りが紛れている。
トゲトゲの化け物。勝三の金砕棒の先端に付ければ攻撃力の上がりそうな物体。それに与三が刃物を入れた。
「すまんな与三」
信長はそう言って東屋に腰を下ろす。与三は首を左右に振った。ただ臭いのせいで若干の涙目ではあるが。
全員がこの世の終わりみたいな顔してる。それ具ありの匂いなのだ。与三によって白身の強い黄色い果肉がガラス皿に。
「関門島からの。ドゥリアン。です」
勝三が言う。ドリアンである。マラッカのポルトガルで入手し、それを聞いた信長が興味を持って試しに食ったところエラいハマってしまった物だ。しかも覚えてないが勝三の記憶で言えばニューギニア島に相当する関門島で栽培できちゃった。
凄く美味しいのだがありえないくらい臭いし最近は日本語を共通語とし始めてしまった心心舞を踊る事からシンシン紋人と呼ばれる彼等のぴさんや砂糖黍につぐ生業である。ともなれば外貨を必要とする彼等の無理のない産業であり入植した島津家と戦われては凄い困るのだ。技術が進めば冷凍にして匂いを抑えることも出来るかも知れないが。
そして信長は味は良いのだが臭いが酷く、食べる絵面も穴に詰め物をする為、余り食べられないのである。信長的にはぴさんは大量に船舶で移送されている為に逆に希少性が出来てしまっている形。だから。
「待っていた」
信長は嬉しそうに突き匙で刺して口に。激臭がするが濃厚な稀有な、現代ならクリーミーと言うべき甘味。屎泥処の内の極楽と称した味。
「(匂いは置いといて)美味い」
勝三と与三も相伴する。甘味という味は良いのだ。嫌いではない。
ただ臭いがヤバいだけで。与三も味にはハマっていた。マジで。
勝三は思う。と、いうか決心した。怖くて手が出せなかった事。
『カスタードクリーム。作ろう……』
勝三は十数回もの回数の腹痛を経験する事になるが温いお湯と柔らかくした藁束で卵を洗い、卵黄と砂糖とふりんと黍粉を用いてカスタードクリーム擬き事、濃甘餡を作る。
これを信長は痛く気に入ったが特に同僚との諍いを起こして勝三の元に預けられた佐久間不干斎信栄も好んだ。
勝三に科学や技術などの研究に対する才能を見出されたのだが、しかし作ったその日に食べるべき濃甘餡を翌日に食べた為に、乾かす為に丸めていた橅木の油を丸薬と間違え胃腸薬を発見したのである。
尚、それはそれとして信長は時折だがどぅりあんを所望したという。
津山城臭庵の謂れより。




