「歌舞伎者の街」 第4話
黒と紫はまた、暴行を始めた。
「・・・聞こえなかったのか? やめろと言っている」
紫の男の背中を蹴った。
「うぉっ! 痛って~~~! てめぇ、何しやがる!!!」
凄い形相で俺を睨む。
「止めてやれ。 立つどころか、これじゃあもう喋る事も儘ならない・・・」
「うるせーーーっ!! てめぇも一緒に・・・・・」
「!? ちょっと待て! こいつ、見た事あるぞ・・・」
後ろにいた黒の男が、俺を指さして言った。
「確かぁ・・・、黒岩組に出入りしてる奴じゃないか???」
「チッ! 黒岩だとーーーっ! 関係ねぇ! 殺っちまおうぜ!!!」
紫が身構えた。
(・・・しょうがないかぁ・・・)
俺も覚悟を決めて、構えをとった。
「やめておけ!」
オールバックに、深いグレーのダブルのスーツ。
この中では、1番上に見える奴だ。
「てめぇの感情で、黒岩と事を構える訳にはいかねぇ。 なぁ兄さん。 こいつは、うちのシマで下手をやらかした。 うちで引き上げたいんだが・・・」
「・・・すまんな。 目の前で、こんなにボコボコにされてる奴を見せられたら、放っておけない。 黒岩の笠を着る訳ではないが、今回は俺に免じて退いて貰えないだろうか・・・?」
グレーのスーツは考え込んだ。
「兄貴! 構う事はねぇ!! 殺っちまおうぜ!!!」
「うるせぇ!! てめぇは黙ってろ! ・・・・・兄さん、兄さんの顔を立てろというのなら、兄さん預かりにして、2度とこいつに下手うたせねぇって事で良いのかな?」
「・・・あぁ、構わない。 こいつが次、何かをやらかしたら、俺を殺れば良い。 で、こいつは何をしたんだ?」
「・・・堅気の癖に、うちのシマで、薬売ってやがった」
紫が、恨めしそうに俺を見ながら言った。
(!? 堅気の売人!? ・・・全く、最近の餓鬼は・・・・・)
「解った。 今回は、兄さんに免じて退こう。 で、兄さんの名前は?」
「不動 武。 3丁目の外れで、しがない興信所をやっている・・・」
「・・・俺は、桐生 和久。 永成会岸組の若頭だ」
「桐生さん、感謝する・・・」
桐生は、唇の端を上げて愛嬌は見せたが、目は笑っていなかった。
行くぞと言わんばかりに桐生は手を上げ、2人を連れて去って行った。
残された餓鬼は、ボロ雑巾よりも酷い恰好で地面にうつ伏せになっている。
(お節介だったかな・・・)
餓鬼の脇にしゃがみ、髪の毛を掴んで顔を見る。
(やっぱ、これじゃあ喋れないかぁ・・・)
しょうがないと自分に言い聞かせ、餓鬼を背負って病院へ向かった。
途中で一升瓶を買い、職安通りの少し手前にある木戸を叩く。
「は~い」
おばさんの野太い声がした。
「不動です。 ご無沙汰しています」
「あら? 不動ちゃん、久しぶりねぇ」
木戸が開くと、白衣を着ているくせに、化粧の濃いおばさんが顔を出した。
「すみません、婦長さん。 先生いますか?」
根津病院。
医院長、根津 昌義と婦長、羽田 恵子が2人でやっている、馴染みの病院だ。
「!? まぁ後ろの人、酷いわねぇ~。 先生! せんせーーーっ!」
婦長さんは、あまり慌てる素振りを見せず、先生を呼んだ。
「なんだ! 五月蠅いなぁ~。 ワシは今、食事の最中じゃぞい・・・」
姿は見せず、声だけが後ろの部屋から響いてきた。
「せんせーーーっ! 不動です! 焼酎持ってきましたーーーっ」
・・・つづく




