「歌舞伎者の街」 第19話
茜は、2、3秒考えた後に“はい”と答えてくれた。
その答えを待っていたかのように、下に停まっているベンツから2人の男が降りてきて、後部座席の扉を開けお辞儀をした。
後部座席から降りてきた男は、黒のロングコートを羽織り、グレーのマフラーをコートと紫のシャツの間に挟んで色のコントラストを演出していた。
頭は、少し長めのオールバック。
サングラスをしていて顔は特定できないが、ダンディーなお兄さんという感じを醸し出している。
ダンディーなお兄さんは、1人でこのビルの中に入って来た。
舎弟らしき2人は、その男がビルに入り切るまでお辞儀をし続けた。
(・・・1人かぁ)
窓際に立ちながら、扉の向こうの階段へ耳を集中させる。
この寒空の中、舎弟らしき男達は、車の前を陣取り車の中へ入る素振りを見せなかった。
(・・・教育が行き届いているようだ。 ・・・桐生、信用できるのか?)
階段を登る音がする。
重めで鈍く、コツコツと響いてる音は高級感さえ感じられる。
やはり1人のようだった。
「・・・茜、大丈夫そうだ。 お茶の準備をしてくれ。 コーヒーもな・・・」
「はい、わかりました」
茜は、ソファーから立ち、台所へ行って、お湯を沸かし始めた。
扉の前で足音が止まり、ノックする音がする。
(随分、優しいノックだな・・・)
慎重なのか、気遣いができる人間なのか、あのドスの効いた声の持ち主が、今、あの扉の前に立っているとは想像もつかない。
(参ったな・・・。 1年前に会っていて、ついさっき電話で声を聞いて、ブラインド越しだが姿も見て、足音やノックの仕方まで聞いているのに、人柄が全く読めない・・・・・)
もう1度、ノックの音がした。
「どうぞ、開いています・・・」
扉が開くと、やはりダンディーなお兄さんという感じの男性が1人立っていた。
痩せてはいないが、太ってもおらず、コートの上からだが、ガッチリと鍛え上げた躰つきに見えた。
顔はシャープで、四角く横に細長いサングラスが、少し尖った感じを漂わせていた。
「失礼する・・・」
(・・・・・桐生 和久・・・・・)
「不動さん、ご無沙汰しています」
「いえ、こちらこそ。 あの時は、ありがとうございました。 私預かりにして頂いて・・・彼もすっかり更生しました。 どうぞ、こちらへ・・・・・」
極端に媚び過ぎず、横柄な態度も控え、極、普通を心掛けた。
桐生は、誘われるままソファーに座り、サングラスを外した。
やはり、1年前に会った桐生 和久その人だった。
「・・・その件でお邪魔しました。 今、彼は・・・修君といいましたか・・・、どちらに居ます?」
どうするか、考える時間が欲しかった・・・・・、正直に言うか、誤魔化すか・・・。
ただ、誤魔化した時、桐生が本当の事を知らない可能性は低かった。
「失礼致します。 いらっしゃいませ。 どちらがお好みかわかりませんでしたので、お茶とコーヒー、両方お持ちしました」
「ありがとう」
桐生は、茜の顔を見て一礼をし、表情を変えずに、俺に視線を向き直した。
もう少し時間を稼ごうとしたのか、茜が“お水を、お持ち致しましょうか?”と訪ねたが、桐生は視線jを逸らさず“結構”の一言で一蹴した。
ただ、俺にはその時間だけで十分だった。
・・・つづく




