「歌舞伎者の街」 第20話
ただ、俺にはその時間だけで十分だった。
「・・・・・どうしました?」
桐生の声のトーンが少し下がった気がした。
「いや、修が今、居るところは知っています。 彼にどのようなご要件ですか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙が続いた。
互いに、言うか言うまいか思考しているようだった。
俺は、相手の出方を待った。
桐生は、思考に飽きたのか、コーヒーを1口啜り意外な言葉を吐いた。
「不動さん、貴方は黒岩の連れですか?」
びっくりした。
さっき茜ともその話題になったが、この噂はどこまで広まっているのやら・・・、少し途方に暮れた。
「皆にそう言われるが、そうじゃ無い。 確かに黒岩はうちの大家だ。 “ただそれだけの関係か?”と聞かれたら、“それだけじゃない”と答える。 しかし、“連れか?”と聞かれたら、それも“そうじゃない”と答える」
桐生は少し笑みを漏らした。
だが目は笑っていない。
「貴方に話をして、黒岩にその話が漏れる可能性は?」
「万に1つも無い」
「クックックックッ、貴方は面白いお方だ。 黒岩のところにあれだけ出入りしていて、関係を否定も肯定もしないとは・・・。 恐らく本当の事なのでしょう。 いやぁ、笑って失礼。 信用しましょう」
俺への調べは、ほぼ完璧にできているのだろう・・・当然、茜の事も。
(こういう紳士的な態度をとる輩には、小細工はしない方が良いだろうな・・・、後で足元をすくわれるのは、俺になるかもしれない)
相手が、慌てたり怒ったり感情が昂ぶっていれば、引っ掛けやらスカシやらで対処して、相手の情報を引っ張る事はできる。
しかし、こう沈着冷静でいられると、こちらも足元をすくわれないように言葉を選ぶ。
言葉に気を取られていると、話の辻褄が合わない事を言ってしまう可能性は高くなる。
そこを突っ込まれると、目も当てられない。
「不動さん、貴方を信用してお話ししましょう。 しかしこの事は、他言無用にして頂きたい・・・」
「!?」
本当であれば断りたかった。
しかしそれはできなかった。
情報が少ない今、相手の出方は気になったし、如何せん“何用か?”と聞いたのは、何を隠そう俺だから・・・、もし、これからする話を桐生自らが周りにリークして、お前が喋ったと言われても、反論できない危険性があるのに・・・だ。
こちら側の選択肢が少ないのは、すでに桐生の術中にハマっているのかもしれなかった。
「・・・・・解りました」
「では・・・。 実はこの前、うちの若い衆が1人薬中になりまして・・・、売人が薬中ではどうしようもないのだが・・・」
桐生の話はこうだった。
永成会岸組では、覚せい剤を売っている。
その覚せい剤の売人の若い衆が、覚せい剤中毒になった。
通常、売人は自分の商品には手をつけない。
だが、若い衆は覚せい剤中毒になった。
桐生は真相を調べるべく、その中毒になった若い衆を吊るした。
若い衆は、ボロボロになった身体を揺すりながら“誰かに射たれた”と答えた。
最近、この歌舞伎町で、質の良い覚せい剤が出回っているという噂がある。
若い衆は、この噂を確かめようと売人を探し出し、売買してるところの写真撮るのと、実際の覚せい剤を買って証拠にしようとしたところ、いきなり誰かに拉致られて、無理やりその覚せい剤を射たれた。
その覚せい剤は、質が良いのか何なのか、今までに経験した事のない快感に襲われたそうだ。
それからの1ヶ月で、まんまと中毒者となり下がった。
その若い衆は、その売人を“高橋 修”と答えた。
桐生は、その“高橋 修”を調べていて、1年前、堅気のくせして薬を売っていたあいつだと解った。
それで、ここに来たという。
・・・つづく




