元旦の初詣
「ごめん…菜穂子」
俺はあいつが泣き疲れて眠ってしまった後、毛布をかけてやりアパートを出ていた
携帯の液晶に表示されている時刻は午後十一時半、走れば電車に間に合うはずだ
あいつの心遣いは嬉しかった、感謝もしている。だからこそ甘えるわけにはいかなかったと悟った
雪が降り止んだ夜中の空雲の隙間から見える星空が綺麗だった。俺は数年ぶりに天を見上げながら歩く
駅はすぐそこだった。菜穂子は通学の弁を考えてここに住んだのだろうか?
将来の俺も仕事をするときは、そうやって住む部屋を選ぶのだろうかとも思う
俺はようやく未来を意識することが出来たのかもしれない。文也叔父さんや新木の野郎…菜穂子のお陰で
(俺はもう、迷わない。迷ったりなんか出来ない…どんな辛い未来が待っていようと歩き続けるんだ!)
外は寒かったが空気は澄んで、夜の闇には無数の星空が舞っていて綺麗だ
この情景は道具さえ持っていれば絵にしたいほど美しく、目に焼き付けるものだった
現在、俺が目にしている冬の夜景を俺は決して一生忘れないだろう
そう、決めたからこそ俺は帰るのだ。例え最悪な現実が口を開けて待ち受けていようとも進まねばならない
今のお袋には俺が必要だった。あの人や叔父さんは俺がへたれているときにも支えてくれたのだ
文句は何回も言ってきたものの、俺の世話を絶対に投げ出さなかったお袋
ひたすら家族に尽くし、社畜となってまで家計を支え続け叔父さんも受け入れた親父
そして、俺の相談に嫌な顔一つせずにずっと相談に乗ってくれようとした文也さん
彼等の全てが俺を支え、生かしてくれたことが判る
新木や菜穂子が俺を必要として迎え入れようとしてくれたみたいに…
世界には悪意だけじゃない。ちゃんと自分を見て心配してくれる人たちもいるのだと沢山の人のお陰で気付けたのだ
(早く…帰らなくっちゃな。母さんも心配しているし、親父は帰ってきているのかな?)
俺は白い銀幕に覆われた闇夜の世界の中を駆けていった
「早岳…」
「…母さん」
俺のお袋は玄関口で俺を待っていた。ずっと立っていたのか手が冷え切り赤くなっている
そんな母親の姿が痛々しかった。この人は数時間も俺の事を待っていたのかもしれない
今まで口うるさいだけの鬱陶しい親だと思っていた。だけどちゃんと俺の事を心配してくれていたのだ
このとき初めて俺は、お袋の存在を素直に受け止めて感謝していた
「文也が…」
お袋が口を開く、唇がわなわなと震えていて張り詰めた表情は今にも崩れそうだった
この人もたった一人のか弱い人間なのだと俺は確信していた。俺が支えなければ、とさえ思う
そうだ、この人は俺の母親であり世界に唯一無二の存在なのだ
何があっても受け止めないといけないと思う。例えどんなに残酷な現実を知らされようとも…
「…俺は」
「文也がね…意識が戻ったのよ!」
そのときの母の顔は印象に映った。ここまで喜色を露にしたこの人の表情は生涯でも余り無かっただろう
なにしろお袋は俺の御婆ちゃん…つまりこの人自身の母親を失っているのだ
だからこそ、血を分けた身内が一命を取り留めた事が嬉しかったに違いないのだ
「本当に!? 本当に戻ったんだね?」
「ええ、これからもずっと…一緒にいられる」
「母さん…!」
俺達は玄関先で抱擁した。互いの体温が俺達親子の存在を温もりで伝え合い喜びを分け合うように
今度こそはと、俺は思う。次こそは文也さんの顔を見てはっきりと謝れるのだろうと思うと嬉しかった
「え…叔父さん。就職するの?」
「ああ、ちょうど親戚筋の蕎麦屋の定員が辞めてしまってね。今日手伝いに行ったときに声がかかったんだ
ご好意から、僕も一月四日から少し仕事を覚えながらも勤めさせてもらうことにしたよ」
大晦日の日、俺はつい最近病院から帰ってきた文也さんが後で仕事をすることに内心驚いていたのだ
あれから色々あった。近所では色々と噂が立てられたらしいがお袋はそんな周囲のやっかみにも負けず健気に振舞っている
俺も学校に通うことになった。単位が足りず留年は確定だが、あと一年で頑張って生きたい
新木や菜穂子達から取り残されてしまうことになるが、あの川畑の糞野郎はもういないのだ
色々と困難はあるだろうが、今度こそは投げ出さずに歩いていきたい。勉強でも、生活でも
今は二人でゲームをしていた。そう言えば、この人と一緒にゲームをするのはひどく久しぶりのような気がしないでもない
「そうか…寂しくなっちゃうな」
「おいおい…そんな事言ってくれるなよ。ようやく社会人として一歩踏み出せそうなのにさ
まぁ、いろいろな人に迷惑をかけてしまって三十路後半からのスタートになってしまったけどね」
叔父さんは笑ったので、俺も笑顔で返す。こうして苦難を共有できる同士がいると言うのも悪くない
やっぱりゲームも二人でやったほうが楽しい。いや、ソロプレイもオフラインであれば決して悪いものではないのだが
「君も来年から頑張れよ」
「ああ、わかってるよ」
そして、文也さんはふと思い出したように言う。中ボスを二人で撃破したときだった
「そう言えば明日出るんだろう? 初詣に」
「…そういえば、そうだったな」
「こんな時間までゲームしていてもいいのかい? 早く寝ないと」
テレビの上に見える時計を見ると、時間は午後九時半を過ぎていた頃だった
あと二時間半で色々あった今年ともおさらばと言うわけだ。来年こそはちゃんとした生活を送りたい
寝るにはまだ早い気がするが…あいつとの約束の時間は五時くらいだった気がする
「…叔父さんが起こしてくれよ」
「駄目だよ。自分の力で起きれないと再来年社会人になっても、苦労するよ」
「うん…わかった。けど次のボスまでね」
「了解」
「それと…なんで僕は助かったのかな?」
文也さんがいきなり言ってきたことに対して俺は咄嗟に答えられなかった
「え…」
「いや…なんでもないんだ。でも僕は何故に蘇生出来たのかわからない
僕は生きることに疲れていた。今も迷惑をかけている姉さんに悪いけど本当に死ぬつもりだったんだ
死んでから来世でやり直すつもりだったと言えば変かもしれないけど、やり直せなくてもなくても別に良かった
いや、君にこんな事を話すのもあれなのかもしれないが…」
「それは…叔父さんが死んだら悲しむじゃないですか。俺とか…母さんが……」
「早岳くん…済まない。余計な事を話すのは野暮だったけど、誰かに聞いて欲しかったんだ
まぁ、こうして可愛い従兄弟とゲームが出来る上に、仕事も決まったから結果オーライかな?
それに一度生まれ変わった気になって取り組めば何か上手くいくかもしれないし、こういう人生も悪くない」
それから俺達は再びゲームを再開し、さくっとアーケードの大ボスを倒して満足してから
九時くらいで電気を消して床に付いて、明日のために備えようとしたときだった
「その、君が話している菜穂子って子は漫画家を目指しているのかい?」
「あ、ああ。そうだと思う」
「その子は君の絵を見たがっているのかな?」
「…うん」
「描いてあげればいいじゃないか。きっと喜ぶと思うよ
他の誰かに希望を与えられる人間は自分も強くなっていく…って僕が言っても説得力無いけど」
「本当にそうかな…?」
「あと、やるべきことは若いうちにやっておいたほうがいいよ。時間があって後悔しないうちにね…
それじゃあ僕は下の階でみんなと一緒に紅白見とくから、この辺でおやすみ」
「おやすみ、叔父さん」
そして、叔父さんは穏やかな表情で俺の部屋から出て行ったのだった
文也さんが助かったのは早期発見されたからだと、俺はお袋に教えられている
錠剤型の睡眠薬が胃の中で完全に解ける前に、除去できたと言うのも大きかったという話らしい
ある意味では俺が助けたようなものだったが、俺は自分ではそう思っていない
寝ていた俺を起こしたのは、夢の中で相変わらず生意気そうだった聖亞のお陰だろう
あいつが夢の中で出てきてくれなかったら、俺は大切な人を失っていたかもしれない
いつか、菜穂子と一緒にあいつの墓参りに言ってお礼を言おうと思っている
あいつだって俺に礼くらい言えたのだから。それくらいしないとあの世にいる聖亞に笑われてしまう
しょうがないからガムとジュースもお供えするようにしよう。俺は心の中で固く誓った後に
俺はゲームソフトや攻略本、漫画が散らばった机の上を簡単に掃除した後に作業に取り掛かったのだった
「うーん…相変わらず寒い朝だ」
次の日の早朝、俺は朝四時くらいに家を飛び出していったのだ
外の空気は冷たくて気持ちがいい。全く厚着をしてこなかった場合は時刻の寒さではあるが
全く、一年の始まりをこんな寒い日に決めた神様とやらにグチを零したくなってくるというもの
それに殆ど徹夜していたせいか眠い。早く寝るといっていたのにいろいろやってたせいだ
まぁ、元旦のめでたい日…それもあいつとの約束の日に愚痴ってもしょうがないのけど
こんなに体が無茶できるのも若いうちだけなんだろうしな
「ふあぁぁぁぁ…でも、やっぱり眠たいものは眠たいなぁ」
あくびをかみ殺して自転車を駆って走る。顔に冷えた空気が当たって目を細める
耳の端が徐々に痛くなっていくのが判ったが、それがちょうど良い眠気覚ましになった
何しろ俺は昨日から二時間程度しか寝ていないのだった。それは昨日の【作業】した後に
叔父さんを俺の所に呼んでから、色々と相談したり手伝ってもらっていたのだ
だから、叔父さんは今寝ていない。もしかしたら盛大にいびきをかいて今年初めての睡眠を堪能しているはずだ
「あ…樫富君! 早かったんですね」
「よっ、菜穂子。お前も俺より早いとは思わなかったぜ」
菜穂子は紅色の着物に身を包み、髪を結って少しお化粧までしていた
可愛らしかったあいつがまるで古風の美人のように一気に大人っぽくなっているのだから
今のこいつには現代日本にて絶滅していたと思っていた、大和撫子と言う言葉がしっくり来るだろう
まさか、一年前に正月の面倒くさい行事から逃げ出す為の口実が現実になるとは…尤も彼女と言うほど仲良くはないかもしれないのだが
「お前…どうしたんだよその格好」
「えへへ…新木君の女友達に手伝ってもらって借りてきたんです。学生最後の初詣だからって」
そして菜穂子は俺に見せるように袖を開いて見せた。街頭だけの光でも夜の闇の中で映える紅色は
美しさを損なうことがなくあいつの姿を十分に引き立てていた。並の女なら見事に着られる形になっていただろう
顔に薄く白粉を塗って口に淡い紅をつけた菜穂子は、今まで絵のどんな女よりも美しくて輝いて見えた
それこそ今此処で写生したくなってしまうくらいに、一生俺の目に焼きつく光景だったろう
「そう言えば新木達は?」
「えーっと…他の友達を迎えにいくために別の場所に行ったみたいですよ」
「あの野郎…」
あいつの意図を知って歯軋りしてしまう。成程、どこまでもおせっかいな野郎だ
それが時折、鬱陶しくもうざったくも感じたこともある。しかし今はあいつのお陰で色々と融通が利いたこともある
間違いなくあいつも一生モノの親友であり宝物だった。またいつか遊びに行こう…三人で
「どうかしましたか? 気分でも悪いんですか?」
「いや、心配ない。なんでも無かったと思うぞ
そ…それより、ちょっと見てもらいたいものがあるんだが…い、いいだろうか?」
俺は絵を取り出す。それは太陽が山の斜面から顔を出すのをイメージした初日の出の絵だった
「樫富君…絵を描いたんですか?」
「まっ、休載は終わりってところでな。そろそろ真面目にやらないと思って描いたんだ
これからは就活のためにいろいろ勉強しなければいけないからな。まぁ、俺は他の奴等より一年遅れちまうけど
あ、待ってくれ…お前に渡すのはそれだけじゃないんだぜ!」
「え…?」
もう一つ、俺が取り出したのは文也さんに貰った色鉛筆のセットだった
無論、これは無断で持って来た訳ではない。ちゃんと叔父さんと相談し決めたことだったのだ
俺が持っているよりは東京に行って漫画家の道を目指す菜穂子に合うだろうと思ったから
「尊敬している人から貰った物なんだ。邪魔になるかもしれないけど取っといてくれよ、夢を叶える為にさ」
「なんか…嬉しいです。凄く色使いが綺麗で、会った事は無いんですけど…昔に尊敬していた人の絵を思い出しました
それに日の出が二つあるなんで、凄くありがたい気持ちになれそうで……ううっ」
菜穂子はいきなり顔を伏せ泣き始めた。俺は何が起きたか判らず慌て始めるが
線画の修正と色の指定をしてきたのは文也さんだ。それにあの人は昔、サイトを開いていたのである
そして、顔を上げたあいつの顔はこればで誰も見たことのないような満面のお笑顔を俺に見せてくれた
もし、菜穂子の尊敬していた人が叔父さんだとしたら…あの人も誰かに希望を与え続けていた事になるだろう
俺の周りには叔父さんや菜穂子、新木のような凄い人たちが居る。果たして俺もあんなふうになれるのだろうか…?
「私、すっごく嬉しい。憧れていた樫富君に色々貰ったから絶対プロになって見せます!」
「そうか、俺も頑張るぜ!」
俺も菜穂子に当てられたように笑った。心からこんな晴れやかな気持ちになれたのは初めてのような気がする
そんな俺達を祝福するように、空の向こう側から陽光が漏れてくる
今年最初の日の出だ。此処で色々やっているうちにそんな時間が来てしまったのだろうか?
傍らに居る菜穂子もそう思ったかもしれない。新しく生まれ変わった希望の光が俺たちを祝福するように輝いていた
もう、迷う事なんて無い。もし迷ったとしても、周りの大切な人達が全力で元の道に引き戻してくれるはずだ
その事が俺にはとてつもなく、大切で掛け替えのない事のように思える。今の俺は世界で一番幸せ者だった
「おい、走るぞッ!」
「はいっ!」
体に宿る若き血潮が疼く衝動のままに俺達は走り出した。二人の道を阻む物なんてない
愚直なまでに突き進んでいく。輝く太陽に向かって…そして、明日を約束された未来へ向かって――――――
実を言いますとメイン三人のキャラクターの名前は漫画家を弄って考えています
特に主人公と新木あたりは即効で分ると思います(笑)
ちなみに河畑あたりにも元ネタはあるんですが、下手に出すとたぶん荒れそうなので公表は控えておきます
後、割と伏線張っているので気になった方は読み直していただいても楽しめるかもしれません(いるのか?)
いやぁ、小説書くのは楽しいですね。最近のゲームより工夫が必要だし、資料以外金使わないし、感想とか貰えた時嬉しいのでw
死ぬまでに連載作品を五十作(?)位完結させたいのですが無理でしょうかね?
まぁ、今のペースで書き続ければたぶん四十代手前あたりには可能でしょう
○○先生連載再開しないかなー? ○ン○ー×ハ○タ○がちゃんと掲載されていれば…アニメもあんな事には……
次の作品はたぶん五月くらいから連載したいと思いますが、まだストックが微妙なので伸びるかもしれません
それでは、また次回作でお会いしませう!




