序章 失われた三つの大陸
はるかな昔、この世界には三つの大陸があった。
東の大陸には、幾筋もの大河が大地を潤し、果てしなく続く黄金色の平原に豊かな王国が栄えていた。
西の大陸には、赤い砂漠と白い石の都市が広がり、星の動きを読み、数学や天文学を究めた学者たちが暮らしていた。
北の大陸には、天を突く山々と深い森林が連なり、鉱石と獣と雪に恵まれた土地に、古い氏族たちが根を下ろしていた。
人々は海を渡り、交易を行い、異なる文化を交わらせていた。
そして、三つの大陸には、もう一つ共通するものがあった。
魔法である。
魔法を扱える者は、どの時代にも少なかった。
けれど、魔法を使える者たちは、時に王よりも大きな力を持っていた。
火を生み、風を呼び、水を動かし、岩を砕く。
優れた者は、遠く離れた場所を見通し、傷ついた身体を癒やし、目には見えない力で物を動かした。
人々は彼らを敬い、王たちは彼らを求めた。
やがて、力を持つ者たちは、その力の限界を忘れていった。
王国同士の争いに魔法が投入され、山脈の形が変わり、河川の流れが変わり、海にさえ手が加えられた。
魔法使いたちは、さらに大きな力を求めた。
二千年前。
幾人もの大魔法使いが集まり、世界の根幹に触れる禁忌の術を試みた。
それが何を目的としていたのか、現在の歴史家たちにも分からない。
永遠の命だったのか。
世界の支配だったのか。
あるいは、失われた生命を取り戻すためだったのか。
ただ、その術が発動したとき、世界は大きく変わった。
空が裂けた。
大地がうなり、海が逆巻き、山々が崩れた。
三つの大陸は、まるで巨大な手に引き寄せられるように移動し、互いに衝突しながら、ひとつの大陸へと姿を変えた。
多くの都市が失われた。
人々の住む土地が海に沈み、あるいは山の下に埋もれた。
それまで築かれてきた文明の大部分が消え去った。
世界人口は激減し、生き残った人々は、わずかな知識と技術を頼りに、新たな暮らしを築かなければならなかった。
その後、長い年月をかけて王国が生まれ、街道が整えられ、農地が広がり、鉄を鍛える技術が再び人々の手に戻った。
現在、世界の人口はおよそ四千万人。
大陸は一つ。
その広大な土地に、大小さまざまな王国、公国、都市国家、部族の領域が存在している。
魔法は今も残っている。
しかし、それを使える人間は、人口のほんの一握りにすぎない。
人々の暮らしは、農業と牧畜、手工業を中心とする中世初期ほどの文化水準にある。
二千年前の文明については、伝承や遺跡、断片的な古文書が残るだけだった。
そして、人々はあの災厄を、こう呼んだ。
――世界の大災厄。
あるいは、神々の怒りと。
その世界の北方。
険しい山々と深い森林に囲まれた辺境の地に、古い血筋を持つ一つの家があった。
ヴァルデン家。
その家に生まれた三番目の子供は、漆黒の髪と瞳を持つ少女だった。
彼女の名は、アリア。
これは、彼女が七歳の春に、もう一つの人生を歩み始めた物語である。




