第6話 修道服
それからの夜は、形が変わった。テレーゼの祈りの後に、もう一つの時間が加わった。
ある夜。カタリーナの指がテレーゼの額に触れた。額から、こめかみへ。頬の骨の上へ。顎の線に沿って下へ。唇の輪郭を、指先で辿った。
「今、あなたの顔を全部覚えた」
「……指で?」
「指で。目で見るより正確に」
テレーゼの手がカタリーナの手首を掴んだ。顔に触れていた手を、自分の頬に当てた。
「十八年間——誰にも触れられなかった背中に——あなたの手があって——気持ちいいんです」
「もっと——触ってください」
*
ある夜。
テレーゼは居間に立ったまま、自分の修道服を見下ろした。
修道服の裾を掴んだ。両手で。頭の上から引き抜いた。
布が頭を通過する瞬間、視界が暗くなった。布が腕を通過する瞬間、肌が空気に触れた。
修道服が椅子の背もたれに掛かった。テレーゼは下着だけの姿で、居間に立っていた。
空気が肌に触れていた。腕に。肩に。首筋に。鎖骨に。十八年間、修道服の下にあった肌が、空気の中にあった。
寝室のドアを開けた。カタリーナが寝台の上で本を読んでいた。顔を上げた。テレーゼを見た。本が手から落ちた。
「脱ぎました」
「……見えてる」
「見てほしくて脱ぎました」
「寒くない?」
「寒いです」
「こっちに来て」
テレーゼが寝台に上がった。毛布の中に入った。冷たかった。テレーゼの肌が、カタリーナの服越しに冷たかった。
カタリーナの手がテレーゼの腕に触れた。素肌だった。布越しではない。
「七歳のときに修道会に入って——着替えも一人でした。入浴も一人でした。十八年間——自分の手以外が肌に触れたことがなかった」
テレーゼの声が震えた。
「こんなに——情報量があるんですね。人の手って」
カタリーナの手が背中を撫でた。肩甲骨の間を。脊柱に沿って。
「あなたも——脱いでください。私の肌だけが触れられているのは——不公平です」
カタリーナは服を脱いだ。
肌と肌が合わさった。テレーゼの冷たい肌と、カタリーナの温かい肌が。二人の間で温度が混ざった。
*
暗闇の中で、テレーゼが言った。
「私——修道女を辞めるかもしれない」
「……」
「この体は——神に捧げたものでした。でも今夜——あなたに捧げました。二つの場所に同時にあることはできないから」
テレーゼの声は震えていなかった。
「選ぶなら——あなたを選びます」
「……重い」
「重いですか」
「重い。でも——受け取る」
*
一週間後。テレーゼは聖都の修道院に手紙を書いた。古聖語で。
「還俗を願い出ます。理由は、誓願を守ることができなくなったためです」
封をした。カタリーナの前で。
「嘘の報告書は——もう書きたくないから」
*
四十三日後。返信が届いた。
「……承認されました。条件が一つ——修道名の放棄。テレーゼは修道名なので——新しい名前を届け出る必要がある、と」
「名前を——変えるの」
「生まれたときの名前は——覚えていません。七歳で修道会に入ったから」
テレーゼはカタリーナを見た。
「カタリーナに——つけてほしい」
「私が?」
「あなたが呼ぶ名前だから。あなたがつけてください」
カタリーナは長い間、黙っていた。涙が頬を伝った。
「——マリア」
テレーゼが——マリアが——目を見開いた。
「マリア・ヴェルナー」
「ヴェルナー——って」
「私の姓。帝国の姓をつけたら——帝国の書類でも、名前が書ける」
マリアは泣きながら笑った。
「きれいな名前ですね」
「きれいな人に、きれいな名前を」
*
翌週。カタリーナは外務局で同居人の情報変更届を出した。
変更前:テレーゼ(姓なし・宗教名)。ラインハルト神権国。
変更後:マリア・ヴェルナー。無国籍。
職員は確認した。
「同居人の姓が——申請者と同一ですが」
「はい」
職員は少し間を置いた。それから、何も聞かなかった。
「受理しました」
外務局はこの記録について、何も判断しなかった。姓が同じ理由を問う欄は、様式にない。




