余計な人
ミストラは椅子に腰かけ、足を組んで一枚の紙を眺めていた。
紙には、黒い人の顔らしきものが、二つ書いてある。
それぞれに、男と女と文字が書かれている。
目の前にルカが立っている。いや、立たせている。
あれから屋敷に戻ると、リリスと別れてルカの様子を見に来た。
いたって健康そうだった。
ミレイラのところに行くと言ったのを、無理やり引き留めて、剣士の似顔絵を描かせた。
それがこれだ。
「これ、適当に書いてない?」
ミストラがルカに聞くと、何も答えない。
報告書通りだ。ルカは嘘がつけない。その代わりに沈黙をする。つまり図星だ。
ミストラが、ミレイラとは当面会えないと言うと、その話はミレイラから聞いたと言った。
だったら、なぜ会いに行こうと思うのか。
ルカは、ミレイラをどこかに逃がすと言った。
全く分かっていない。
そして、ルカがまた部屋を出ようとしたとき、ミストラが
「アリアに再教育をしてもらうかしら」と言うと、ルカは
「アリアはここには来ない。家から遠すぎる。面倒くさいとも言ってた」
あいつめ。面倒くさいとか言ってたのか。おかげで、私が行かされれたと言うのに。
しかし、ルカは最近、感情が豊かになり始めている。微笑んだり泣いたり。
そして、強気になっている。
「それが来るのよ。明日か明後日か。今日の夕方かもね」
ルカは、扉の前で立ち尽くしている。
「もう一回、よく思い出して書いてみて」
そう、ミストラが言うと、机に戻って頭を抱えながら似顔絵を描き始めた。
ミストラはあくびをすると、ベッドに横たわった。
「寝るから、出来上がったら起こしてね」
ルカは、横たわるミストラをみて、アリアが増えたような感覚を覚えた。
ミストラは目を覚ましたのは夕方だった。久しぶりによく寝た。
椅子にルカが腰かけてこっちを見ている。
手には、ましになった似顔絵が書いてある。こんな時間までかかったのか。
ルカに聞くと、よく寝ていらから起こさないでいた言った。
気持ちは有り難いが、今はそんな時ではない。
ミストラは、ありがとうと言うと、早速、似顔絵をみて頭の中のリストと照合を始めた。
男の方は、なんとなく分かる。当たっているなら、七年前に行方知れずになった剣士だ。
女の方は、分からない。こちらで調達したのか。
ルカに、女の方について聞くと、序列には入っていないと思うが、国の剣士だと言う。
間違いないとすれば、剣士自体が、あえて国から出て行っていることになる。
非常にまずい状況だ。
早急に報告せねば。
起きたばかりの頭で手紙を書き始めた。
書き終わると、回収の印をつける前にリリスが入って来た。
早々に立ち去れと言われたそうだ。
話を聞くと、明日までに屋敷を出て行けと言われたそうだ。
カインが執務官とペレスに呼ばれて、そう言われた。もちろん、ルカもミストラも。
昨日の件で、もはや取り付く島もないようだ。
カインは今から町に宿を取りに行くそうだ。暑い閑散期だ。何とかなるだろう。
ルカと私は、アリア達のに用意した宿があるが、今日の深夜か明日にでもつけば、四人は狭い。
監査役に会って、手配してもらうか。カイン達と一緒がいいが、何かと別行動をするのに気を配らなければならない。
ミストラはリリアに、こちらで探すと言い連絡先は交換しようと約束した。
リリスが出て行くと、今度はシエラが入って来た。
ありがたいことに熱いお茶と軽食を持ってきてくれた。
シエラは、お茶を注ぎながら、涙を流し始めた。
「あの時、頬を打ってくれなければ、私は言葉ばかりの人間になっていたでしょう」
「そして、剣を突き立てる事をしなければ、どこかの戦場で果てていてでしょう」
そして、何でもお役に立ちますと言った。
ミストラは、ありがとうと言うと、励ましの言葉を贈り、申し出を断った。
確かに、内部に協力者が欲しい。だが、素人が出来るものではない。
この子はいい子だ。そう言いう子には向いていない。
シエラはティファニアから手紙を預かったと言って、ルカに渡した。
そして、部屋を後にした。
ルカは手紙をもって、じっと見ている。
「開けてみないの?」
と言うと、「後で見る」と答えた。
ミストラは、荷物をまとめておくようにルカに言うと、部屋を出た。
ホールには、リリスたちがいる。もう出るようだ。
カインが「お別れだ。短い間だったが、面白い旅になったよ」
執務官だけの見送り。悲しいものだ。
カイン達は宿を見つけたそうだ。
カインは執務官に泊めてくれた礼を言うと、形式的ながらも別れを惜しんだ。
「私も町まで出るわ」そうミストラが言うと、カイン達と町向かった。
町に向かう通りに出ると、カインがミストラに、一枚の紙を渡した。何件かの宿の名前が書いてある。
リリスが先行して探していてくれたそうだ。昼間、私が寝ている間に。
そして、カイン達が滞在する宿を教えてくれた。
カインが、これからどうすると言うと、ローレリア領に来る連中を監視すると言った。
ミストラは、カイン達がどうするのか聞いてみると、ミレイラとの契約があると言った。
シエラが来て、手紙を持ってきたそうだ。
中には、お礼の言葉が綴られていて、最後に契約解除と締めくくられていたそうだ。
ガーランドが、口惜しいと言って涙を流し始めた。四回目だそうだ。
カインは、ガーランドをさして言った。
「契約は双方の合意があって解除だ。ミレイラの目的達成まで付き合う」
ミストラははミレイラの目的を聞いた。
「領地の拮抗を崩そうとしている勢力の排除。報酬は平和」
思わず吹いていしまった。お嬢様らしい。そして、それについて行くとは、カイン達も面白い。
ミストラは宿が決まったら連絡すると言って、カイン達と別れた。
自分自身とカイン達と、立場が変わっていたら、どうしていただろうか。
ランプを持ってくるのを忘れた。風が出て雲が月を覆いだしている。
辺りには草むらと、まばらに木が生えているだけだ。
ここで、剣を持った賊が現れたら。矢が飛んでくれば。結果は容易に想像がつく。
彼らは、そんな世界の住人だ。私は任務と言うから、仕方なくここに来た。
ミストラは大きく背伸びした。
私は、私の仕事をするだけだ。
ミストラは、屋敷に向かって歩き始めた。
屋敷に着くと、使用人にすぐに出ると伝えた。
部屋に入ると、ルカが手紙を読んでいた。丁寧に折りたたむと、大切に懐にしまった。
「もう出るの?」
ルカの静かな表情に、諦めか決意かと見ていたミストラは、我に返った。
リリスが、宿の当てがあるから、すぐに発つと言った。
ルカが頬の傷をさすりながら言った。
「嵐が来る」