二対一
カインは、ミストラの話を思い出していた。
「登場人物」。確かに、ありえない話ではないし、いま、可能性として備えるだけの説得力はある。
ミストラは、論理的で根拠のない話はしない。
信じるとすると、ルカが一緒とはいえ、リリスも危ない。
いつ来るか分からない剣士を待っていてもしょうがない。
筋書きを書いている人物が分かれば、こちらから打って出ることが出来る。
筋書きを書いている人物に、近づける情報を持っているのはガレス。
張り付いて行っというティファニアの協力者が消えたと言う。
騎士団にティファニアを預けるのは、心もとない。
では、単身で乗り込むのは、危険すぎる。ガーランドも連れて行きたい。
カインは、ミストラのいた部屋に戻ると、ミストラは首筋に傷を負っていた。
剣士が来たのか声をかけたら、「もういいです」とミストラは答えた。
理解に苦しむ状況だが、ミストラに、ガレスへの接近を提案をした。
ミストラは、暫し考えた。
確かに、口を開けて待つより、ガレスについていた協力者が消された件は興味深い。
こちらが動けば、向こうも動く。「誰か」の筋書きも読めるのではないのか。
ミストラは、カインに「悪くない」というと、カインはミストラに、屋敷の警護を頼むと言って部屋を出た。
ミストラは、文官にどうしろと。と思った。
仕方ないので、騎士の詰所に行くと、自分の身は自分で守れと言われた。
剣士と思われているらしい。騎士たちは、慌ただしく、屋敷の防備を固めるべ詰所から出て行った。
ミストラは、ため息をついて詰所の外にあった木の長椅子に腰かけた。
空を見上げると、夜が白み始めている。そういえば寝ていない。
疲れた。さすがに昼間に、騎士の詰所に来ることは無いだろうと、木の長椅子に横たわった。
風が吹く。緑の香りが濃厚に漂う。この季節に特有な風の匂い。
昼間までの、一刻の爽やかな安らぎ。
閉じかけた瞼に、男が立っているのが見える。
カインか?
違う。剣士だ。
独特の緊張感を醸し出している。大柄な男で、大剣を鞘に収めているのが分かった。
男は「ミストラか」と聞いてきた。寝たふりをしようかと思ったが、この赤い髪は目立つ。知っていて聞いているのだろう。
ミストラは起き上がると「そうよ」と答えた。
浅黒い肌に、彫の深い顔。ベルトに、これ見よがしに飾りナイフを付けている。
こっちを見て、にやついている。弱いものをいたぶる時の顔だ。
男は剣を抜くと、ミストラの首筋に切先をあてた。
まただ。剣を持つと、どうしても首筋に当てなければならないのか。
男はカインとガーランドの居場所を聞いてきた。
ミストラは、「名乗るのが先じゃないの」と、男の質問を制した。
男は「エルド」と名乗った。これから斬られる者に言うのは、もったいないそうだ。
ミストラは、頭の中の書棚から、行方知れずの剣士のリストを取り出した。
五年前に、派遣先の国の金持ちを斬って、金品を強奪した者だ。
ちょうどその時、その国の継承問題が発生して、監査役が国に入ることが出来ずに、取り逃がした。
ただの剣士だが、ここの騎士相手なら、十分に通用する。まして、私など問題にもならない。
しかし、こんな頭の悪そうな剣士に斬られるなんて、まっぴら御免だ。
斬られるにしても、一矢報いてやりたい。
ここで大声を出せば、騎士の連中が駆けつけるだろうが、その時には私は斬られているだろう。
ミレイラは、エルドの顔をみながら、髪を指に絡めて遊んでいる。
とりあえずは、時間稼ぎだ。
「カインとガーランド。行方を知って、どうするの」と、エルドに言った。
当然、斬ると答えた。そして、その前に、お前を斬ると。
「どうせ斬られるなら、色々知りたいわ。誰の命令で来たの」
男は、時間稼ぎはよせと、首筋に当てた切先に力を入れた。
今度は深く刃が、首筋に入っていく。
時間稼ぎは無理だ。仕方がない、大声を張り上げるか。
その時、大声をあげながら、あの騎士の女が、男に斬りかかってきた。
駄目だ。かなう相手ではない。
ミストラはエルドの剣を生身の腕で払うと、体当たりをした。エルドはミストラを振り払うと、一瞬、体勢を崩した。
エルドは、騎士の女の剣を弾くことしかできなかったが、空いた胴に蹴りを入れた。
騎士の女のは、蹴り飛ばされて倒れると、うずくまって、動かなくなった。
体格差がありすぎる。甲冑の上からでも相当、効いたはず。
ミストラは女の騎士に、逃げろと叫ぶと結った髪から小さなナイフを取り出そうとした。
無い。商館長にあげたんだった。
そうだ。銀の髪飾り。何かの武器だろうと外したら、針金が何本か落ちてきた。
見たことある。鍵を開ける小道具だ。
エルドは、また、にやついて、倒れたミストラに剣を振り下ろそうとした。
斬られる。
だが、目は閉じない。最後まで。
後ろから、立ち上がった騎士の女が、声を振り絞って、エルドに向かってきた。
だから、駄目だって!
ミストラは、騎士の女を止めようと、手を伸ばそうとした。その時、思わず銀の髪飾りを握りしめた。
髪飾りから、小さな三本の鉄の針が、強力なバネで発射された。
そのうちの一本が、エルドの眼球に、深々と突き刺さった。
エルドは悲鳴と共に、剣を手放して目を覆った。
ミストラの眉間に、剣が落ちてきたが、寸でのところで避けた。目を閉じなくてよかった。
女の騎士はエルドの喉を突いた。エルドは、片方の目で剣を追い、かわそうとしたが、首の動脈を切り裂かれた。
エルドは首を両手で押さえると、後ろにのけぞり倒れ込んだ。
ミストラは立ち上がると、エルドに近づいた。
エルドは目を見開いで、ミストラを見ている。何か言いたそうだが、呻くことしかできない。
血は止まることなく、地面に広がってゆく。もう、助かるまい。
振り返ると、返り血を浴びた騎士の女が剣を構えて、立ちすくんでいる。
ミストラは騎士の女の手を引いて、エルドのところまで連れて行くと言った。
「止めを刺してあげて」
そうしいて、女の騎士の後ろに回ると、手を添えてやり「目を閉じるな」と、言って、エルドの首に剣を突き立てた。
エルドは一瞬、痙攣すると、肺に残った空気をゆっくり吐き出しながら、動かなくなった。
終わった。
ミストラの腕に深い傷が出来ていた。髪飾りから針が出るなら、体当たりは必要なかった。
遠くから、騎士の連中が駆けてくる。
指南役の老人は、返り血を浴びた騎士の女の姿をみて、その名を叫んだ「シエラ」。騎士の老人は涙を浮かべながらシエルを抱きしめた。
そして倒れている剣士を見て、よくやったと褒めたたえた。
あの子は、シエラって名前なんだ。そういえば、あの指南役の爺さんの姪だったか。
騎士の一人が、医者を呼びに走った。
シエルは、喜び心配する爺さんに何か言いたげしている。
ミストラは長椅子に座った。
「医者が必要なのは、私なんですけど」