引き金
女は機嫌が悪かった。
荷馬車で得た良い反物屋に行ったが、主人が仕入れで不在になっていた。
店番は、入ったばかりで留守を任せてもらえず、在庫の整理をするばかりだった。
見るだけでも良かったのだけど。
そうして、市場をうろつくことにした。すると、人の群れにリリスをみた。
出店でハンカチを二枚買って、市場を去ろうとしていた。ルカとミレイラへの土産か。
出店をみると、私が仕立てた服が飾ってあった。
感がいい。ますます彼女を好きになる。
宿の手前で声をかけると、身分証を探しているとう。
好都合だ。よそ者が身分証を買いたがっている。
偽造屋は商売をする前に、情報屋に確認するだろう。
あの情報屋なら、ミレイラの事までたどり着くだろう。
たどりつかなかったら、こちらで、感づくようにしてやればいい。
そうすれば、この町の「顔」に情報が行くだろう。そして、隠れている剣士に繋がりがあれば、ルカの元に現れる。
それに、あの「顔」役の男が、私に圧力をかけた背景が知りたい。
リリスに、偽造屋に接触の仕方を伝えた。
悪いことがあれば、いいこともある。
機嫌のよくなった女は、宿でに向かった。
宿に着くと、カウンターの男から、手紙を預かっていると、手紙を渡された。
内容は、明日までに出て行け。警告だ。
運よくリリスが動いてくれるところだ。
大人しく従おう。隠れて見るぐらいはするけど。
あの、ルカの斬り合う姿を見逃すのは惜しい。
いや、見たくてしょうがない。
一度見たときからそうだった。あの冷酷で無慈悲で、それでいて無垢なルカ。
布を裁つように、丁寧に体に刃を入れる。
もっと見たい。
女は、手紙をしまうと、部屋を引き払った。
ミストラは、来客用の部屋の長椅子に横になっていた。自慢の赤い髪の毛を、指に絡めて遊んでいた。
天井には、凝ったガラス細工の燭台が釣り下がっている。揺らめく蠟燭の灯りが、天井を淡く照らしている。
赤い髪の毛を、蝋燭の灯りにかざすと、淡く灯りを反射した。
顔を向けると。扉の前に、騎士を名乗る女が、椅子に座ってこっちを見ている。
見るからに気の強そうな顔だが、まだ幼く、黒髪のおさげに大きな瞳が、かわいらしい。
撫でてあげて、飴をあげたら、お化粧をして遊んであげたい。
そう思っていたら、首根っこをつかまれ、乱暴に凶器が無いか体中を触られ、部屋に突き飛ばして入れられた。
狂暴極まりない。
手の縄を解いてくれと言うと、解いてもいいが、中に入って監視すると言い始めた。
渋々、了承して現在に至っている。
おちょくって、遊ぼうと思ったが止めにして、状況を整理しようと、天井に顔を戻した。
真偽不明な情報が多い。それは、裏どりをしていないから。
確定した情報には、この国に追われている剣士がいて、ルカが二人斬った事。
そして、補佐する人間がいる事。最後に二人には「庇護者」がいること。
裏どりが必要なのは、エルンストが健在であるか。ガレスが敵か否か。
狙われいるのは、ティファニアはミレイラか、あるいはその二人か。
後は、ルカがあの女の手引きでも偶然でも、剣士を斬っているのか。
剣士がルカを斬り来ているのか。
ティファニアは、相当まいっている。何しろ、エルンストと連絡が取れない事。巡察に出るときには、暗殺騒ぎは無かった事。疑問と不信感を募らせている。
正常な判断が出来ない状況だ。
ガーランドは盾として、カインは剣であり、目と耳として使えるのに、使っていない。
あの二人にも、不信感を抱いているようだ。
あと、気になるのは、あれゆる場面で「戦争」の言葉が出てくる。
私も使ったが、皆がその可能性に振り回されている。
戦争で得をするのは誰だ。
残りの二つの領地は、政治、経済において安定している。戦争をする理由がない。
武具屋、商人、傭兵は得をする。しかし、大きな戦争になれば、すべては徴発されて、それどころではない。
儲けるなら、中規模紛争。
だとすると、エンデオ領とローレリア領の争い。
口実はどうするか。
現状だと、ティファニアの疲弊が判断を狂わせ、見え透いた手口に引っかかる可能性が高い。
とりあえずは、外に出たい。出来なければカインに会って、意見を聞きたい。
ミストラは、カインと話したいと言うと、ティファニアの許可が必要だと言う。
では、行ってこいと言うと、脱走する気だなと息巻く。
もう、知った事ではない。どうせこの国から出ることは出来無さそうだし。
ミストラは、仕方がないので寝ることにした。
しかし、何か重要な事を忘れている気がして、眠れない。
「なんだっけ」
ミストラは飛び起きた。船を漕いでいた騎士の女も何事かと飛び起きた。
「剣士が二手に分かれる」グリンデルの懸念していたことだ。
エルンストが暗殺の前に、すでにレジェによって反エルンスト派は一掃されていた。
「誰か」の計画は以前から動いていた。そこに、ルカに傭兵達。そして私とあの女が登場して、計画は狂った。
計画を修正したくないなら、後から現れた人物を消せばいい。
私も入っている。いよいよ、国に帰ることが出来なくなる。
騎士の女に、「すぐにカイン達と話をさせて。彼らの命がかかっている。」と、言うと、騎士の女は剣を抜いて、首筋に突き付けた。
「朝には審問官が来る。それまで大人しくしていろ!」
騎士の女は、ミストラの喉に切先をあてた。
頭にくる。急いでいるのに、騎士と言う人種はすぐに剣を抜く。
ミストラは、半歩前に踏み出した。切先が首筋に浅く沈み、わずかに血が流れた。剣から、かすかに震えているのが分かった。
「覚悟が無ければ剣を抜くな。私は文官だが、国に帰ることは叶わないと覚悟している」
「お前の覚悟を示せ」騎士の女は、顔を赤くして、黙れと怒鳴り返してきた。
ミストラは、さらに半歩踏み出す。
騎士の女は、切先が深く沈みそうになるのを感じた。ミストラに気圧されて引き下がると、思わず剣を首筋からそらした。
それを見たミストラは、騎士の女の頬を平手で打った。「覚悟がないなら、剣を抜くな!」
騎士の女は、顔を赤くして、大きな黒い瞳に涙を浮かべている。
やってしまった。子供相手に。
文官といえど、剣士の国の民。剣を抜くなら結果を受け入れる覚悟をしなければならない。
幼いとは言え、安易に剣を振りかざす姿に、感情的になってしまった。
「勉強になっただろうし、まあ、いいか」と思っていたら、騒ぎを聞きつけたカインとガーランドが、部屋に飛び込んできた。
騎士の女は、顔を伏せたまま、走って部屋を出て行った。
ミストラは「放っておきなさい」と言うと、剣士がカイン達を狙って来るかもしれないと言った。
リリスを含めて、みんな消されれば、ミレイラとティファに守り手がいなくなる。
あとは、誰かの筋書き通りに戻って、手を下さなくても、みんな自滅する。
そして、戦争がおきる。
カインはミレイラの話を聞いて、毒の事を思い出した。ティファニアの護衛が邪魔だったのではなく、自分たちの存在が邪魔だったのか。
カインは、ミストラの話が出来すぎと思えたが、確実に否定する材料がない。
カインは、剣士が来る前提で動く。ティファニアの護衛の騎士団とは、距離を置くと言った。
ミストラは、実は、私も狙われてるかもしれないと言う前に、カインに、完全に信じたわけではないと言われた。
カイン達は、早速、騎士の老人。指南役のペレスだったか。話をしてくると部屋を出て行った。
ミストラは、誰もいなくなった部屋で、首筋に手をあてた。
「また血が出ているんですけど」




