ティファニアの覚悟
国の作った傷薬は良く効く。
ミストラの首筋の傷の痛みは消え、血は止まっていた。
国は剣士のために、薬学にも力を注いでいる。
だが、毒に関しては極秘だ。解毒剤があるくらいだから、作っていることは確実だ。
問題は、誰が管理して、誰が使っているのかだ。
ミストラは、最近、国の内部の事を考え始めている自分に、危うさを感じた。
昼間は暑いが、日が落ちれば涼しいものだ。
頭の血のめぐりが早すぎて、熱っぽい。湿気ははらんでいるが、夜風が気持ちい。
ティファニアの屋敷には裏門から入った。騎士の老人が三人を出迎えた。
屋敷の廊下の灯りは半分落とされ、使用人も休んでいる。とても静かだ。足音だけが響いている。
ミストラは応接室に通され、カイン達と一緒にティファニアのが呼ぶまで待たされた。
応接室で待つ間、ガーランドが、故郷では、「赤い髪の人間は人を食う」という伝承があると言った。それを聞いたカインは「確かに人を食っている」と言って笑った。
ミストラは「さっき二人食ったが、不味かった」と言い返した。
ミストラは、この雰囲気がいいものなのか分からなかった。剣士や傭兵達のように、毎日のように命の駆け引きをしているわけではない。
私と彼らは異なる人種だ。良い関係ができれば、仕事も進めやすいのだが。
そう思っていると、執務官が部屋に入ってきた。ティファニアの私室に案内すると。
ティファニアの私室に、三人が入っていった。
豪華な作りと思っていたが、とても簡素な作りだった。
テーブルに椅子。ベッド。燭台に鏡。質は良さそうだが、華美な装飾はない。
ティファニアに目を向けると、かなり疲れている様子だった。
顔色が悪く、化粧で隠してはいるが、目の下にクマがある。眠れていないのだろう。
ティファニアがミストラに座るように勧めた。
カインとガーランドは、警護のためにティファニア側に立った。
ミストラは、ティファニアに会えて光栄だと言うと、ティファニアは、夜分に呼び出したことを詫びた。
執務官が茶を二人に淹れた。
ミストラは、早速、用件を話し始めた。
「私は西の国から参りました。ルカは西の国の者です。しかし、ご存じかと思いますが、争い事に無頓着です。」
「失礼ではありますが、この国で争いごとの兆候があると聞きました。ルカがご迷惑をかけないうちに、私の手元に置きたいと思っております。」
「ルカには、すでに使いを出しておりますが、ご令嬢の警護をしていると聞きました。申し訳ございませんが、警護の役を解いて頂けないでしょうか。」
ティファニアはミストラに言った。
「警護の件は、二人の合意のもとに行われています。私にどうしろとおっしゃるのか」
ミストラは、用件の核心を語り始めた。
「ルカは私の国の罪人を狩る仕事をしています。そして、現在、彼女を補佐している人間は性急に事を進めています。ご令嬢を巻き込む可能性がございます。」
「計り事の渦中に飛び込もうとしている、ご令嬢の気持ちは察するに余りあります。しかし、ルカを伴うことで、余計な争いごとを呼び込む事が考えられます。」
「ご令嬢に、帰還の命を出していただけないでしょうか。ルカも大人しく、こちらに帰ってくるものと存じます。」
ティファニアは、言った。「こちらの事情もございます。帰還の命をお断りしたら、どうなります。」
ミストラは、「ルカに強制帰還を命じます。ご令嬢はご同行されている方と二人になります」
「僭越ですが、ガレス氏には手紙は届いておりません。状況は切迫していないものと考えております」
「ご要望であれば、領主様への最短の道が開けるように、お手伝いさせていただきます。」
ティファニアは、そこまで聞くとため息をついて言った。
「情報が入り乱れて、身動きが出来なのです。夫のエルンストと連絡が取れません」
「ガレスについて調べていた者と連絡が取れなくなりました。私共の情報提供者から、エンデオ領が戦争の準備をしていると情報がもたらされました。」
「そして、夫の弟、つまりエンデオ領の領主であるレジェの側近だった者が、退官の挨拶に参ったのですが、反エルンスト派は、レジェによって一掃されていたそうです。それは、私が視察にでる前の話です」
そう言うと、ティファニアは、また深いため息をついた。
カインもガーランドも、驚きの顔を隠せないでいた。
ミストラは考え込んだ。
戦争の件は、反エルンストの背後に、三領主の一つが後ろについてるとの情報から推測された事だ。
それは、エルンストとティファニアの間での秘密で、ティファニアの視察中の手紙で顕在化したと思われた話した。
しかし、反エルンストはいない。だが、エルンストと連絡が取れない。そして戦争の兆候があるとの情報。
面倒くさい話になった。情報が錯そうしている。どれも真偽がはっきりしない。
情報源の管理が出来ていない。少なくとも裏を取るなりしなければ。
諜報の素人が、陥りやすいことだ。
色々と手伝いたいが、そのつもりはない。ルカとあの女を引き離す。
とりあえずは、近場の監査役。いや、間者に命じて、ルカにそれ以上動くなと命じる。
後は、私が直接行ってルカを連れ戻す。
ミストラは、「心中お察しいたします。事が良い方向に解決されることをお祈りいたします。」
そう言うと退室しようとした。
その時、ティファニアが言った。
「戦争準備のために、領内で武具の調達を行おうとしていましたね。あなたを敵性民として拘束します」
あの商館長め。抜け目がない。別ルートで私の情報を伝えていたな。
「西の国でしたか。ルカ殿の不正入国について、大目に見てきましたが、同じく拘束します」
そして、西の国に抗議書を送ると。
西の国を巻き込む。捨て身で来たか。
豪胆な人間だ。私心のない彼女に、領民は喜んで命を捧げることだろう。
しかし、私が拘束されたとしても、ルカには情報は伝わる。ルカを拘束できたとして、一個大隊を失うだけだ。
まして、国は動かない。悪手でしかない。
私は生きて帰れないけど。
少し頭を冷やすか。
ミストラは、どうぞご自由にと言うと両手を差し出した。カインが縄をかけると。ティファニアが別棟の来客用の部屋に留置するように命じた。
ガーランドは「潔いいいな。不敵にして豪胆。何よりも悪がない。俺と一緒にならんか」と、ミストラに求婚をした。本気のようだ。
全員が唖然としている。
ミストラは、こういう刑罰もあるんだと、ガーランドを見つめながら思った。