森の男
シモンは愕然としていた。
目の前には、怯えて震えている衛兵がいた。
シモンは詰所に帰り着くなり、留守番の部下に、使いの者の話を聞くと、誰も来ていないと答えた。
そんな馬鹿な。
思わず、その衛兵を怒鳴りつけた。
怠けてどこかに行っていたのかと。
部下は何の事か分からないと震えている。シモンが厩舎に行くと、使いに出した部下の馬はいない。
おかしい。そのまま詰所に寄らずに行ったのか。
しかし、あの者、自らが馬がつぶれると言ったのだ。
事故か、手紙の中身をみて、どこかに情報を売りに行ったのか。留守番も関係あるのか。
シモンンは、部下に、留守番を牢に入れるように命じると、部下に付近を捜索させた。
シモンは焦りと怒りで、目が血走っていた。
部下たちは、シモンはこうなると、容赦なく暴力をふるうのを知っていた。
ミレイラはルカとミレイラに、取り乱した事を詫びた。
そして、涙をぬぐうと、毅然とした姿を取り戻し、母と話すと言った。
ルカとリリスは、仕切り壁の向こうにいき、のぞき穴から外を監視しを始めた。
ティファニアが物置から戻ってくると、ミレイラとティファニアが、小声で話すのが聞こえた。
耳を澄まして聞くこともできたが、リリスは、敢えてしなかった。
二人の声が聞こえなくなった。
ミレイラがルカとリリスを呼んだ。そして「この町から脱出しましょう。出来る限り早く」と、言った。
ミレイラの瞳からは涙は消え、力強いまなざしを取り戻していた。
早速、リリスとルカは計画を話し合った。
カインとガーランドは、自力でも脱出できる。問題は騎士たちが言うことを聞くかだ。
それは、ミレイラが行って説得すると言った。
後は、馬車と馬の調達だ。
馬車の話をしていると、ティファニアが奥から出てきた。
リロワに頼んでみると。
ティファニアはミレイラを見ると、少しうなずいた。
リリスは、ティファニアが、また一つ壁を越えたと思った。
そして、最後に、どこに行くかを決めなければならない。
このまま、領地に飛び込むか、あるいはティファニア側の人間のところに行くのか。
ミレイラは言った。ミレイラは父の下へ、ティファニアはローレリアに行くと。
リリスは、どういう計画だと思った。兵力が分散されてしまう。なんのつもりだ。
ミレイラは、困惑するリリスをみて言った。
ティファニアはローレリアで時間を稼ぐ。
そして、ミレイラは父のところに行き護衛に付く。そして二人で王に謁見してし、すべてを話す。
リリスは、思わず「馬鹿な!」と、声をだした。
確かにローレリアに入れば、反対勢力は公に動けない。
では、ティファニアはどうか、父を駆逐しようとしている連中の手のひらに飛び込むのだ。
領主令嬢とはいえ、行方不明になっても、どうにでももみ消せる。
敢えて、時間稼ぎをと言うなら、策があるのか。
ミレイラの父はどうか。この動きが耳に入れば、計画を前倒しにするのではないか。
ミレイラは続けた。
「母はローレリアに籠城します。小さいとはいえ、城です。駄目なら協力者の館を使います。」
「父と母は、ガレスが通じていることを知っています。ですが、ガレスは直接、兵を動かすほどの力は持っていません。母の安全が確保されているうちに、ダモクレス王朝の王に謁見し、三領主の動きを封じます。」
父と母とミレイラ。いずれかがこの世から消える。あるいは、三人とも。
そして、三領主で戦争が始まる。
連中は、それを避けるために慎重に事を運んでいるだけだ。状況が急加速しても、それを看過するとは思えない。
しかし、詳細を詰めながら進むより、時間を味方にするのはいい考えだ。
しかも、カインとガーランド、私も納得したわけではない。
リリスは、ミレイラに勝算があるか尋ねた。
ミレイラは、あの商館長の名を出した。彼が情報提供者だと。
リリスは納得した。ローレリア、おそらくはミレイラの父が、実質の領主になっているエンデオから、特権を得ている。
そして、ミレイラの父がいなくなって、権力者が変われば、違う者に特権を渡しかねない。
商人らしい考え方だ。ここで、恩を売るのも忘れていないだろう。
だから、資金には困っていない。金銭面でも支援をしている。
そのうえで、ミレイラは言った。「あなたたちが必要です」
ルカは、ミレイラを見つめて、大丈夫といった。
リリスは、ルカの大丈夫の範囲に、誰が含まれているのか考えていたが止めた。
みんな大丈夫。多分。
衛兵たちは、町から詰所の道、詰所の近辺を捜索していた。
誰かに会っても、尋ねることはしなかった。シモンから厳禁されていた。
衛兵たちは、なんの手がかりも得ずにいた。次第に疲労の色が濃くなっていった。
夜中から走り出して、休憩もままならず、引き返すと行方知れずの仲間の捜索。
衛兵たちは、二人一組で探し回っていたが、その一組が、森の中の廃村を見つけた。
シモンが巡回するなと言われていた場所だ。しかし。疲労で頭が回らず、近づいて行った。
遠くから見ると、その村の村長の家だったのだろうか、比較的大きな建物から、わずかだが煙が昇っている。
そして馬と小さな馬車が止まっている。
二人は息を潜めて近づいてい行った。
辺りに人の気配はない。二人は、建物に入って、中を検めようとした。
二人が間隔をあけ、近づいていく。馬車の近くで人影をみた衛兵は、隣の仲間に目配せをしようとした。
仲間は倒れていた。何の音も聞いていない。悲鳴ですら。
仲間に近づくと、背中のプレートに、剣の幅ほどの穴が開いていた。
そして、地面から血がにじみ出てきた。
誰かいると、周囲を見渡そうとしたとき、自分の胸から、剣の先が、飛び出しているのが見えた。
痛みより先に恐怖が全身を覆い、震えが止まらなないまま、暗闇に落ちていった。
男は衛兵から、ゆっくりと剣を引きぬいた。
金属の鎧を貫いた剣に、刃こぼれをはなかった。
両刃の直刀だが、切先に行くほど、細くなっている。
そして、刀身は紙のように薄い。
剣の男は、馬車の近くにいた男に、衛兵たちがここに居る理由を尋ねた。
そして、獲物はまだと付け加えた。
馬車の男が、答えに窮していると、剣の男は調べてこいといった。
彼は馬に飛び乗ると、弾かれたように馬を駆り、廃村を後にした。