知っていること
シモンは、宿の一室を徴発して、執務室にした。
夜通し馬を駆り、傭兵どもから情報を吐かせ、手紙まで出した自分の判断の早さに酔いしれていた。
俺は有能だ。ここで一生を終える人間ではない。
叔父は、どう出るだろう。
どちらにせよ、主導権はこちらが握っている。手玉に取って、出来るだけのものを引きだそう。
金ではない。権力者の椅子だ。
そう思っていると、自然に口元が緩んだ。
手紙の返事が来るまで、最速で四日。上官の巡視に来た時に不在だと、この件に立ち入れられはしないか。
詰所に傭兵どもが居るのを見られることなど論外だ。
この件は、誰にも知られたくはない。
シモンは副隊長を呼ぶと、傭兵達の見張りだけ残して、自分は詰所に帰ると言った。
そして、副隊長に、三名人預けると言った。
副隊長は、検分に行った二人が、まだ帰ってきていないことに気付いた。
そして、残る三名のうち、二名は検分から帰ってきた二名を充てるように進言した。
その方が、早く出発出来ると。
シモンは、それを許すと、部下をまとめて宿を後にした、
副隊長は一時でも早く、シモンに出て行ってもらいたかった。
そして、数日でも顔を見ない日がある事を喜んだ。
二人の衛兵が診療所に着くと、医者に案内され、建物の奥の安置部屋に通された。
安置している料理人の骸にはシーツがかけられていた。
シーツから中をそっと覗くと、料理人の胸は大きく陥没していた。
聞けば、大柄な傭兵が、突進して肩で弾き飛ばしたという。
詳細な検分医者がやっている。話を聞くだけで十分だが、見ないわけにはいかなかった。
疲れた衛兵だちは、これを一目見ると、さっさと安置室から出た。
医者から死因を聞いたが、納得しただけだった。
あとは、特に身体に特異なところはなかったと言う。
所持品は、短剣のほかに、太めの鉄の針が数本、持ち手の付いた糸のように細い針金があった。
衛兵たちには、短剣以外の物は、何に使われる物か分からなかった。
医者が、骸はどうするのかと聞いてきたが、丁重に葬るように言って、似顔絵と所持品だけ持って宿に向かった。
ルカは店の裏部屋にいた。
部屋は暗く、日中でもランプを灯さないといけない。
換気のために、屋根と壁の隙間を開けることが出来る。
そこから光が差し込むが、それでも、足元は見えない。
ルカは心配していた。暗闇から一気に日の光の下に出ると、まぶしさで目が見えなくなる。
それは、日の光に慣れるまでの時間は、暗闇にいた時間に比例してくる。
昼間に急襲されると、身動きが取れないだろう。
ルカ自身はこの程度の明かりがあれば、目が慣れるまでの時間が短くて済む。
部屋の間取りは覚えた。人の気配を感じることも出来る。
今は、リロワが物置の窓側に仕切りを作り、二人が日の光を浴びるようしている。
しかし、物置の仕切りは不自然だし、使用人たちには、物置に近づかないようにさせているが、口が硬いとはいえ、存在を知れせているようなものだ。
かくれんぼではない。
ミレイラ達は、精神的に、身体的に、どれほどの時間、耐えられるだろうか。
裏口から小さな音が聞こえた。
小さく、間隔をおいて、また小さく。
リリアが帰ってきたようだ。
ルカが、外の様子を覗い、扉を慎重に開けると、リリスは素早く中に入った。
リリスはルカを見るなり、声を出さずに話しかけた。この子は読唇術が出来るはず。
衛兵たちが、こちらの敵である事。騎士の老人が理由を話さない事。衛兵の中で分かっているのは、シモンと言う名だけ。そして、シモンと言う男が何者か調べる必要がある。
ルカは頷いた。
リリスは、もし、ルカがミレイラに協力を求めたら、彼女が、どんな反応をするか見てみたいと思った。
リリアが屋根裏に入ると、ミレイラが外を見張っていた。ティファニアは下で休憩しているようだ。
ミレイラはリリスに水を汲んで渡すと、小声でカインとガーランドが無事か聞いてきた。
無事を伝えると、安堵して、よかったとつぶやいた。
リリスは、後ろめたさを感じた。
リリスは、ルカとミレイラに状況を伝えた。
そして、状況が読めない以上、早急に町を出ることが必要だと言った。
ミレイラも、馬車の件はあきらめようと言った。
毒が使われるような状況になっている。まずは、みんなの安全が優先だと。
リリアは、ミレイラの言葉に偽りはないと感じた。
しかし、独断が過ぎると騎士の老人と、ティファニアの間に確執は生まれないか。
この旅が終われば、急いでこの地を去るつもりだ。
そのあとは、権力争いの中で、彼女一人、孤立無援になりはしないか。
そのとき、彼女はどうなる。
リリスはルカに目をやった。ルカはリリスの視線に気付いて、リリスを見つめている。
黒い瞳。初めて会った時の暗さは薄れているように感じた。
リリスはミレイラに視線を戻すと、シモンと言う男の名前に心当たりはないか聞いた。衛兵の一人で偉いらしい。と。
ミレイラは、リリスの言った男の名前を知っていた。なぜ知っているのか、何者なのか。
目をとじて、記憶を手繰り寄せ居ようとした。すると、突然、ある男の顔が浮かんだ。
「ガレス」
ミレイラは目を見開いた。
ローレリアの、わが領地の財務官。不在になりがちな父を支える男。シモンは、その甥だ。
父はガレスを信頼している。ガレスの甥のシモンが、暴力沙汰で放逐されかけていたとき、父の計らいでそれを免れた。
父の計らいに母が、根強く反対していたので、覚えている。
リリスは、ペレスと会っていると言った。ペレスが気付かないはずはない。シモンは父に恩義がある。
ならば、どうして協力を要請しない。
リリスは、困惑の表情をしているミレイラに言った。騎士の老人は、衛兵たちが、こちら側の人間ではないと言ったと。
ミレイラにとって、その言葉は衝撃だった。シモンがこちら側の人間ではないなら、ガレスはどうなんだろうか。
父の身の危険と、ガレスは関係があるのか。
ミレイラはルカとルカを見つめた。
領主は国に忠誠を誓い、そして兵も動かす。ガレスは父の代理人でローレリアを預かっている。彼がが命じれば、兵を動かすことも可能だ。
危険すぎる。
自分たちの事は考えてもらわなくてもいい。
今なら、ルカもみんなも逃げることが出来る。これ以上、みんなを巻き込みたくない。
そして、ミレイラは身の回りの人間が敵のように思えてきた。でも、一人で立ち会わなくてはいけない。
そう、覚悟をきめて、ルカたちに逃げるように言おうとした。
でも、なぜか声が出ない。一人では怖い。みんなに居てほしい。一人は嫌だ。
ミレイラは瞳から涙が流れ落ちそうなのが分かった。
ミレイラは我慢しようとした。そして、我慢しようとしたが、涙があふれ出し止まらなくなった。
ルカはミレイラの涙をみて、何か不安で悲しい思いをしていると思った。
ルカは知っていた。そういう時には、優しく抱きしめると、涙は止まる。
ルカはミレイラを優しく抱きしめた。




