契約
後ろ手に縛った縄が緩み始めている。結び方が雑だ。
カインとガーランドは捕縛され、部屋に閉じこめられていた。
あの男が書いた手紙の受取人は誰だ。そこからたどれば、首謀者に行きくだろう。
ティファニアにミレイラが、この情報を入手できれば優位に、そして、領主の暗殺を防ぐことが出来るかもしれない。
カインは思った。ここで自分たちが消えたなら、あの隊長殿の取引材料がなくなる。
宿の隅々まで探し回るうちに、ティファニア達の痕跡を見つけるかもしれない。
ここに留まっているのが、ティファニアとミレイラを守ることにつながる。
宿に着いたリリスは、茂みの中ら注意深く様子をうかがった。
衛兵が数名、厩舎の近くにたむろっている。ティファニア達の馬車の近くだ。
何かを感じている様子はない。
ティファニア達の存在には、今のところ感づいていない。
衛兵は全部で何人だ。そして、カイン達と騎士の老人の安否を確かめなくてはならない。
リリスは、滞在者だが、傭兵であることは使用人に知られている。
衛兵がうろついている館内で、見られるのは避けたい。
先ずは、状況を把握するために、騎士の老人の部屋に行きたい。
リリスは裏口にまわり、使用人部屋の壁に耳をあてる。
洗濯婦たちの声が聞こえる。部屋の掃除は済んだようだ。
リリスは、偶然、掃除婦の一人の声を拾った。
貴賓室の老人から、入るなと怒鳴られたそうだ。
元気そうで何よりだ。
裏の階段から二階に上がると、扉にから中をうかがった。
部屋の点検の点検をする者。客の御用聞きをしている者。
いるのは、この二人だけ。
二人が去るのを待っていると、部屋の点検をしている使用人が、扉に近寄っている足音が聞こえた。
リリスは袖から鉤爪を出すと、踊場の柵と床のつなぎ目に鉤爪を食い込ませ。床下にもぐ地込んだ。
使用人が扉を開けると、座り込んで何かをしている。
御用聞きの使用人が声をかけた。掃除婦から建付けが悪いと言われたが、異常はないと答えた。
掃除婦達は、神経質すぎると言うと、二人は立ち去った。
掃除婦の仕掛けた罠を回避したリリスは、扉を慎重に開け、中に誰もいないことを確認すると、騎士の老人の部屋の扉を小さく、ゆっくりノックした。
すると、中から帰れと怒鳴られた。しまった。合言葉や合図の段取りを忘れた。カイン達のような同業者なら、これで察しがつくのだが。
これ以上、大きな声を出されると面倒なので、二つの針金を取り出すと、手早く鍵を開けて部屋に飛び込んだ。
老いても騎士。飛び込んだ瞬間、剣がリリスの眉間を突いてきた。
すんでのところでかわしたが、耳のピアスに剣がかすめて、緑の石が取れてしまった。
「リリスか!」と、騎士の老人は叫んだ。
声がでかい。そして弁償しろ。リリスは心の中で叫んだ。
リリスが静かにするように言うと、構わずティファニア達の事を聞いてきた。
二人は無事にリロワの店に連れて行けたと言うと、安堵の表情を浮かべた。
リリスは、騎士の老人から今の状況を聞いた。
衛兵たちは九人。二人、出た言ったが、まだ帰ってきていない。
先ほど、一人が伝令か何かで出て行った。
あとは静かで、動きはない。
カイン達は、連行されていないようだ。
リリスが安堵していると、騎士の老人は、衛兵たちが、こちら側にとって良い人間たちではないと言った。
リリスが理由を尋ねたが、騎士の老人は答えない。
リリスは、ティファニアもそうだが、何かあると隠したがる。だから私たちが後手に回って危険な橋を渡る羽目になる
傭兵は使い捨て。
ミレイラは傭兵達の事を、どう思っているのだろうか。ルカも国が派遣する傭兵だそうだ。
リリスは、ミレイラもそう思っているなら、金の話が消えるか、こっちの命が危なくなる時には、さよならだと思った。
私情は持ち込まない。それが長生きの秘訣と自分に言い聞かせた。
次は、カイン達に無事を確認することだ。
リリスは部屋を出ると、また裏の階段を降りた。使用人たちは、朝の仕事がひと段落して居ない。
裏手に出ようとしたときに、衛兵が二人、歩いてきた。
リリスは階段裏の物陰に隠れた。
どうやら、使用人借りた桶を返しに来たようだ。
リリスが息を潜めてて、衛兵が通り過ぎるを待った。
その時、衛兵の会話を聞き取った。シモンという者へ愚痴だった。
上官の名か。何かの手がかりになるかもしれない。
騎士様たちは、こちらを信用していない。なら、こちらで勝手に情報は探るさ。
リリスは宿の裏から茂みに入り、カイン達の部屋を覗き込んだ。
中に衛兵らしき者は居ない。二人は縄で縛られている様だ。
部屋に近づくと、窓を指で小さく打った。
カインが振り返る。手は出されていないようだ。
カインは部屋の扉を顎でさした。扉の向こうに衛兵がいる。
カインは読唇術が使えない。リリスは部屋の窓の隙間から、懐から取り出した髪を差し込んだ。
カインは、あっさり縄を抜け、部屋にある筆で文字を書いた。
書きなぐりだが、衛兵の隊長は、カインの話に惑わされ、誰かに手紙を出したようだ。
そして、手紙の返事が来るまで、動きはないはずとも書いてある。
リリスは、騎士の老人の話の内容と。シモンと言う名前を書き込んだ。
カインが一読すると、シモンの事だろう。顔を横に振った。リリスは紙を懐にしまい込んだ
カインならいつでも、独力で抜け出せる。しかも、衛兵たちの練度は低い。
手紙の相手は誰なんだ。
騎士の老人は、衛兵の隊長を知っている。急ぎ、手紙を出すと言うことは、更に上がいるのだろう。
領主に近い人間なら、返事が来るまで最速で四日程度。
それまでに、この場所から離れなければならない。
リリスはカインの部屋から離れ、茂みに隠れると、紙を湿気をため込んだ草に押し付けた。
紙は少し水を含むと溶けていった。
リリスは溶けゆく紙を眺めながら、傭兵である自分は何者か。そう考え込んでしまった。
手紙を持たされた衛兵は、また汗だくになりながら、馬を走らせていた。
シモンがここにきて、どれだけ理不尽な思いをしたか。ここで、更に問題を起こして、放逐されればいのに。
そう、思っていると、遠くに人がいるのを見つけた。その瞬間、胸に強い衝撃が走り、落馬した。
何が起きているか分からないまま、視界が暗くなっていった。
フードを被った女がいた。
落馬した衛兵に近づくと、矢が心臓を正確に射抜いているのを見ると、まるで、子供が祭りで射的をしているかのように、「命中!」と言った。
「どこでも、無能な上司に仕える人は、たくさんいます。かわいそうに」
そう言うと、衛兵の懐から手紙を抜き出した。
器用に封緘を取り除くと、懐にしまい込んだ。中身を取り出して読みながら、「権力争いは、複雑ですよね」と言った。
手紙を読み終えると、森の茂みにむかって「見ていないで、お掃除してくださいよ」と、大声で誰かを呼んだ。
監査役と数人の男たちが現れ、衛兵の骸と、暴れる馬を森に引き入れた。
監査役は女に、邪魔をするなと言い、手紙をこちらに渡すように言った。
女は監査役に手紙を渡した。
「あなたたちが遅かっただけですよ。」
「邪魔をするなと言うなら、王に言ってください。私に言われても困ります。」
監査役は、女が何かを企んでいると考えていた。
「剣士が絡んでると思うんですよね。行方知れずの剣士ですよ。あなたたちがとり逃したと言うか。」
「ルカたちを助ける予定なんですが、ルカが剣士を見たとき、どうするのかなーって。」
そして、「わざとそう仕向けると言う意味ではないですよ。警告もしますし。不可抗力と言うやつです。多分。」
監査役は何も言わすに去っていった。
よくしゃべる女は、自分があつらえた外套に汚れがついていないか確認した。
そして、隠していた馬にまたがると、リリスのいる町へ馬を走らせた。