遅延
傭兵全員がルカとリリスの部屋に集まった。
馬の変調から、馬車への細工も懸念された。とりあえずは騎士の老人に、状況を説明しなければならない。
カイン達が宿に行くと、騎士の老人を呼び出した。度々の呼び出しに機嫌が悪いのか、大股で歩き、眉間に皺を寄せていた。
状況を説明すると、一気に顔色が変わった。ほどなく、何事かとミレイラが現れた、ルカの姿を見つけると、少しだけ頭を下げた。ルカは毎度、ミレイラが頭を下げるのに応じなていないのは失礼と感じて、同様に頭を下げた。ミレイラはその姿に驚き、慌てて目を伏せてしまった。
二人のやり取りを見ていたリリスは、思わす吹き出してしまった。
それを見た騎士の老人は、自分が笑われたと思い込み、リリスを大声で怒鳴った。
そんなやり取りが終わると、全員は厩舎に移動した。
馬の様子を見た騎士の老人は、馬の姿を見ると、この馬は一日持たないと言った。
多くの戦場を経験した、人間の感だろうか。
次に騎士の老人は馬車の点検をし始めた。車輪に車軸を丹念に触りながら見ると、今度は下に潜り込んだ。
騎士の老人が馬車の下から這い出ると、車輪と車軸の結合部にが壊されていたと言った。
走りはするが、そのうち、振動で脱輪するそうだ。
騎士の老人はこのような事を、ある程、予測していたようだ。落ち着いていた騎士の老人とは逆に、
隣にいたミレイラは、驚きを隠せないようだった。
騎士の老人は考え込むと、待つように言い残し、ミレイラを伴い宿へ戻っていった。
連中にとっては馬か馬車のいずれか、または両方が原因で、道中で事故が起こればよい。
しかし、中の人間が、必ずしも致命傷を負うとは限らない。
カインは、確実にとどめを刺すなら、事故の混乱に乗じて、複数人で斬りかかるはずと考えた。
それなら、どこで事故が起きてもいいように、何人かで一団に事故が起こるまで、つける必要がある。
カインは、代替えの馬車が準備出来るまで、足止めされる。宿の護衛の件は騎士の老人に掛け合うと言った。
そのうえで、リリスに、後はどうすると問いかけた。
ルカが不得意な質問だった。
リリスは、質問から間を置かず答えた。連中は見つからないように離れておいて、弓矢を一斉射。
混乱に乗じて賊が突入して仕留めるつもりだ。
だから私が後衛に回り、連中を見つけたら弓兵を始末する。馬車に近寄る者が居れば、矢でガーランドたちを援護する。あとは、中央突破だ。
ルカは、カインの問いに、リリスがあっさりと答えたことに驚いた。状況を説明しなくても、状況把握と任務を共有しているからだと思った。
カインはガーランドに意見を求めた。ガーランドは、馬車に近づく賊など問題ないと言った。
カインは、最後にルカに意見を求めた。
「ミレイラを守る。この前の傭兵程度なら同時に三人。ガーランドと背中合わせなら五人。ミレイラは一人相手なら自衛出来る。矢は、同時でなければ剣で落とせる」
それを聞いたガーランドは、豪快に笑い「お前の背中は俺が預かる。ミレイラを守り通せ!」と言った。厩舎の馬たちが驚き嘶いた。
カインは頷くだけだった。リリスはカインからルカの事を聞いていた。現場は見ていないが、ひとりで十二人を斬ったと。ルカの腕前を信じている様だ。そして、ルカは何人いても斬るつもりだ。「逃げる」の文字が頭にないのか。
確かに矢で我々の馬が射られたなら、そうせざるを得ない。期待できるのは、衛兵が駆けつけ、賊が逃げ出すことくらいだ。
ミレイラを守るとも言った。ズレている。状況からして守るのは馬場の中の人間だ。ミレイラの母らしいから、彼女が馬車を離れることは無いだろう。実質は馬車の人間を守ることにはなる。
リリスは、こころ踊った。剣の使い手の少女と、その少女に思いを寄せる高貴な娘、裏のある騎士様の御一行の旅。そして、ルカの正体にも興味がわいた。表情なく、正確に斬る人数を言う。何者だ。
リリスは、背伸びをしながら思った。この仕事は、本当に面白い旅になりそうだと。
カイン達が宿の広間に着くと、騎士の老人が出てきたところだった。
騎士の老人は、今から代わりの馬車を探す。見つかり次第出発する。
カインは驚き、騎士の老人に言った。
馬車の調達にまだ目処が立たない以上、準備が整うまで出発は延期すべきと。
今の時間で出発しても、夕刻だ。夜間の移動は危険だ。
夜襲になれば、安全は保障できないと言うと。
騎士の老人が、それを何とかするのが傭兵の仕事だと一喝して、部屋に戻っていった。
カインは、まずいと思った。
本当に夜間の護衛となると、夜戦が出来るのは自分とリリス、おそらくはルカ。
相手に手練れが居なくても、数が多ければ自分たちの身が危ない。
命を落とせば金貨など意味がない。リリスも不利は否めないと思った。
皆が神妙な顔をしている中、ルカが口を開いた。
今のうちに、斬っておく。
皆は唖然としたが、リリスが腹を抱えて笑い出した。そうだ、その手があった。
ルカは、リリスがなぜ、笑っているのか理解できなかった。