隊列
カインはガーランドと共に、彼の宿に向かった。
その途中、ガーランドは紹介する傭兵の事を説明した。
最近、組んで商隊の護衛をするようになった傭兵で、リリスという女性だそうだ。慎重な性格で、初めて一緒に商隊護衛についたときは、度々、商隊に安全な道を進言していた。弓の使い手で、一度、谷の向こう側に潜んでいた盗賊の斥候を見つけ、一矢で貫いた。落ちて谷に転げ落ちてゆく盗賊は、豆粒くらいにしか見えなかったそうだ。
誠実に仕事をこなす信頼のおける人間だと言う。
そして、ガーランドは一呼吸置くと、彼女が暗器の使い手で、雇われていた国では斥候をしていたと言った。このことが言いにくかったのか、ガーランドは申し訳なさそうな顔をしていた。嘘は突けない性格だ。
暗器に斥候。危険度が高い仕事を専門にする傭兵だろう。高い金でしか雇われない。しかし、仕事内容次第では、使い捨て前提の傭兵だ。敵陣に潜み、指揮官に直接、手を下す連中もいる。
リリスの宿に着いた。一階が飲み屋になっている。開店前で職人と給仕の娘が準備をしていた。
ガーランドがリリスを呼ぶと、明るい声で返事が返ってきた。二階の宿から降りて来たのは、短髪の黒髪に大きな黒い瞳に。褐色の肌がきれいな若い女性だった。屈託のない笑みを浮かべ、ガーランドに、短く「よっ」とだけあいさつした。耳に深い緑の宝石のピアスをしていた。
ガーランドはカインを紹介した。カインは彼女の手首に入れ墨があるのを見た。容姿と入れ墨から、南方人だと思った。彼らは、おおむね柔和で明るい。しかし、戦うことに躊躇がない。
カインは手短に、仕事の内容と料金の事を説明した。リリスは興味がなさそうだったが、意外にも、ガーランドが行くならと、承諾した。
カインは、もっと傭兵が欲しかったが、この二人で十分だと思った。二人に旅の準備を願うと、集合場所と時間を伝えて、宿を後にした。
ルカは人込みは苦手だったので、市場の裏の木陰に座っていた。間もなく行商人の姿をした、鋭い目をした男が近づいてきて、ルカと距離を置いて座った。例の合言葉を言った後、報告を求められたので、昨晩の間者と同じ話と、一団の大まかな行程を報告した。男は別れ際、事態が変わったら、先に連絡するようにと、ルカに指示した。
間者の言うと通りだった。ルカは、手間なので、この次に間者に合ったら、連絡役にも伝えてほしいと言おうと思った。しかし、間者の女の顔を思い出すと、言わない方がいいと思った。
宿の厩舎の前の広場に馬車が準備されていた。騎士たちとルカ、カインが待っていると。ガーランドとリリスがやってきた。時間通りだった。カインが騎士の老人に二人を紹介し、さっそく前金が渡された。相変わらず不機嫌そうだった。
ガーランドは標準的な長さの槍を持っていたが、柄は太く金属製で、後ろが小さな金槌のようになっていた。槍先の鞘から長く太い刃をつけていそうだった。鎧は肉厚で、全周囲からの攻撃に強いものだった。おそらく、槍をもって、大きな体躯で突撃するのが得意なのだろう。
リリスは、大きな弓を背負って、二本の矢筒を携えていた。カインと同じく、動きやすさに特化した鎧を着て、両腰にそれぞれ短めの剣を身に着けていたが、片方の件はさらに短かった。幅は両方とも細かった。そして、鎧の上に緩やかに服を着こんでいた。何か仕込んでいるようだった。
リリスはルカをみて、「気になる?」と、屈託のない笑顔で言った。ルカは沈黙していたが、「いいえ」とだけ返した。リリスはルカに、面白い子というと、笑顔で、これからよろしくねと言った。
ガーランドは険しい表情のまま、力強くよろしくといった。
紹介が終わったところで、騎士の老人が、次の町への道と、休憩場所、配置を告げた。リリスはそれを神妙な顔で聞いていた。リリスの態度に気付いたミレイラは、リリスに意見があるのかと尋ねた。リリスは「さー」と、そっけない返事をした。ミレイラがその返事に対して何か言おうとしたとき、従者の声が聞こえた。
領主の妻の準備が整ったのだ。騎士団と馬車が宿の入り口で、彼女を出迎え、一団は出発した。
配置は変わらなかったが、カインとガーランド、ルカとリリスが同じ位置に配置された。
午前中に出発した一団は、昼過ぎに昼食と休憩を兼ねて、途中の宿場に立ち寄り、日が暮れに次の町に着く予定だ。次の町は、後にした町より小さいそうだ。
領地に近づくにつれ、街道は大きく整備された物に変わってゆく。
ルカの国に向かう街道とは大違いだった。行き交う人も多くなる。巡回と思しき兵士もいる。
少なくとも夜の行動を控えれば、盗賊の種撃ない。
ルカは昨晩の間者の事を思い出していた。私は、こんな行きかう人々の中で、あの男の存在を見つけ出せるか。市場のような場所で、背後に忍び寄られたら気づくことが出来るか。
ルカは乱戦や一対一の戦いには慣れている。しかし、人込みの中で、見えない敵を相手にしたことはない。
間者の女は、間者との戦い方は教えてくれなかった。
盗賊たちの事も、頭から離れない。色々な状況が発生するだろう。
私は何が出来るのか。ルカの頭の中に、未知なるものへの不安と焦りの感情がわずかに生まれた。
深刻な思いに頭を巡らせていると、リリスがこちらに来て並走してきた。
リリスはルカに、何人切ったのか尋ねてきた。ルカは黙っていた。そんなルカをみてほくそ笑むと、馬車を取り巻く配置について、聞いてきた「どう思う?」
ルカは集団での戦闘を経験したことは無かった。まして、馬車の人間を複数人で守ることなどなかった。
沈黙しているルカを見たリリアは「私は斥候が得意。弓も得意よ。」そういった。そして、カインは接近戦が得意で斥候の経験者、ガーランドは槍の使い手で、懐に入る隙はない。ルカは接近戦が主で、広い間合いも突き抜ける速さがある。
そう言い切ると、再度、問いかけてきた。
ルカが、改めて状況を整理しようとすると、前方のミレイラがリリスに、隊列を乱さないように注意してきた。
リリアは、早々とミレイラに目をつけられたようだ。
ルカは、まだまだ経験すべきことがたくさんあると思った。