約束はすぐに
濃い1学期だったなあ。
俺は2度眠という大罪を侵したというのに呑気に1学期を振り返っていた。人生で1番色んなことがあった学期だったろうな。視線が怖くなった時よりもはるかに色彩が濃い時間だったことはたしかだった。
「いやあ……夏休み最高」
あえて2度寝をすることで再度夏休みであることを確認した俺はしみじみと口にした。テストも赤点は回避できたし、憂いは1つもない、まっさらな夏休み。
さあ起きなさい良介! あなたには自由が待っている! 来日も来日も明くる日もゲームをする毎日が!
布団が名残惜しくもあるがゲームの電源をつけようとおき上がったとこで着信が入る。
「あん? んだよ人が気持ちよく起きた時に……渚か」
なーんかあいつの電話だと思うと嫌な予感がして出たくなくなるな。でもでなきゃでないでめんどいし。つまり選択は1つだけか。
「──もしもーし」
「1時間後ばんちゃんの家に集合よ」
「……いやってもう切れてるし……なんだよやっぱでないほうがいいじゃん」
そういいながらもなぜか逆らう気にならない渚の呼び出しに急いで準備をはじめる。つか1時間後?今家でても間に合わねーくらいじゃんふざけんなよ!ため息を漏らしながら急いで支度をする。
*
無駄にハデハデしい色合いの家具に大量のフォートファイトグッズの山。それに加えて4台の最新ゲーミングパソコン。そしてカメラ、言わずもがなばんちゃんの家である。なんかフォートファイトバーとか開けそうな雰囲気だな、前に来た時よりさらにグレードアップしてる気がする。
「やっときたの? 相変わらずとろいわね」
「どの口がほざいてんだよ……」
すでにPCに向かっていた渚は顔を上げてヘッドフォンを外してそういった。わざわざこんなとこまで来てやることがフォートファイトかよ!と、いいたいのを我慢して俺もしぶしぶ座ることにする。
「んで、わざわざ呼んだ意味は?」
「え? 呼ぶのに理由がなきゃ呼んじゃダメなの?」
「うわあ。なんで急にブリっ子スイッチ入ったんだよ、普通に可愛いな」
うるうると瞳を潤ませた美少女の上目遣いは性根が腐っていても可愛いかった。マジで元俺のなかの天使なだけある。
「これだから男はチョロいのよね」
「声のトーンがもう違う、こーわっ!」
「きゃあっ!怒鳴らないでよ~怖いじゃない」
「怒鳴ってないし、俺を遊び道具にするな」
どうやら俺が渚の裏表をみるたびに百面相してるのが彼女は楽しいらしい。ウヒヒと顔を歪ませている。
そしてもう1人俺が来たというのに一切ゲーム画面から目を離さなかった1人が、やっと声を出す。
「パワハラ?」
「してねーよ! ……てかなんで当たり前みたいな顔して工藤がいるの?」
「約束」
「いやまあ約束したけど…… なんで俺が約束したのに俺に情報が入ってきてないのかなと」
「渚ちゃんに、誘われた」
ゆったりと渚に視線をやった工藤は私はそんなこと知らんといいたげな顔? で俺に抗議した。
「別に俺は責めてるわけじゃないからな」
「あ、実乃莉が悲しそうな顔してる。女の子イジメルなんて最低ね」
「……最低」
「表情1ミリも変わってないし! どこが悲しそうなんだよ!」
案外この2人の組み合わせはめんどくさい。渚はあたり前だけど工藤も俺を煽るほうに寄っていくタイプだからな。油断するとすぐこれだ。
「なんだ? もう良介いじって遊んでのか?」
特に起伏のない声の主はこの家の主ばんちゃんだ。まるで俺がいじられるのが当たり前みたいな顔しやがって。まあパチモンスターを用意してくれたらしいから許してやろう。
「それくらいでしか価値がない男だしね」
「……おもしろい、よ?」
「俺は面白くないし、他にも価値がある……と思う」
「ははは! そこは断言しとけよ!」
気のいいあんちゃん的なのりのばんちゃんは俺の背中を叩きながら爆笑。ツボの浅い男である。
「……やっぱり、ばんちゃんは、ムードメーカー、だね」
「お! 実乃莉ちゃんはわかってるなー! このパーティーは俺がいるから回ってるんだよ! はっはっは!」
直ぐに調子ずくばんちゃんは工藤の頭をガシガシ撫でる。これセクハラでワンチャン行かれるぞ。つかばんちゃんはいつかやらかしそうなんだよな、悪意とかなく。
「はあ。実乃莉だし平気ね」
「まあ平気だな。なんか言わなくていいのかよ」
「枚挙に暇がないから物理でわからせようと思って」
「え? こわ」
嫌そうな顔1つしない工藤は内心どう思っているのかわからないが、ばんちゃんがついに肩まで組んでゲラゲラ笑い出したとこで渚が無言で立ち上がった。
──その手にはキーボードが。
……ま、まさか見れるのか? な、生でクラッシャーが。
生唾を飲んで状況を見守る。何もしらず愉快な奇声を上げてるばんちゃんはファンが直接褒めてくれてめちゃくちゃ嬉しそうだ。これから生クラッシュが見れるともしらずに。
……一応動画とっておいてやるか。
あわてて携帯のカメラを起動して動画撮影を始める。渚はすでにばんちゃんの目の前に立っているのだが、やたらハイになってるばんちゃんはそれに気づかない。
「死ね!セクハラ野郎っ!」
ストレートな悪態とともにばんちゃんの頭に向かってキーボードが真っ直ぐ振り下ろされる。ワイヤレスで虹色に光るキーボードは鮮やかな光線を残し弾け散った。
「いっっってーー!!」
頭を押さえてのたうち回るばんちゃんの周囲には足裏マッサージよろしくな感じでキーキャップが散らばっているが、頭の痛みが強すぎるのか彼はその上を転がる。
うわー痛そーだなあれ……
そしてその脇に憮然と立っている渚は「いいきみよ」と呟いてばんちゃんに視線を突き刺している。
セクハラ被害者である工藤はこの混沌とした空間でも無表情で、ばんちゃんからセクハラされていた位置から移動すらしてない。彼女の表情を読むことはできないが、どことなく楽しそうにしているきらいすらあるな。
「おい! いきなりなんだよこれ!?」
涙がちょちょぎれてさすがのばんちゃんもキレ気味だ。
「はあ? 実乃莉の肩を抱いてセクハラしてた男が何いってんのよ。成人が女子高生に手を出した。どういう意味かわかるわよね? キーボードの角で叩かなかっただけ感謝しなさいよグズ。」
早口でまくし立てられたばんちゃんは陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせているが、どうやら反撃はしないらしい。まあ普通に自分が悪いって思ったのだろう。
渚はやりすぎだけどな。
ばんちゃんはまずいと思ったのか実乃莉に向き直り、土下座。この間レイコンマ3秒ほど、残像が見える速度だった。
「悪気はなかったです! 下心があって肩を組んだわけじゃありません! 嬉しくてついやってしまいました! もう2どとこのようなことがないよう精進します! なにとぞお許しを!」
ハキハキとしたセリフに声量。なんかめっちゃ謝り慣れてるなこの男。俺が苦笑いしながら見守っていると座っていた工藤がもぞりと揺れた。
ばんちゃんと工藤の位置関係は下と上。もちろん土下座ばんちゃんが下から見上げる形なんだが、工藤の服はスカートだった。座るとできる足と足の間の空間、それを隠すように両手で押さえた工藤は呟く。
「セクハラ?」
こてん。と首を傾けた工藤を見た瞬間ばんちゃんは青ざめた。端からみると工藤の動きが可愛いくらいなんだが、ばんちゃんはそうも言ってられない。だってまだ傍らに修羅が立っているのだから。
「へぇ。さすが、いい度胸よね」
あっさりした声音の割に彼女の両手にはキーボードが2つ握りしめられていた。
「ま、まてまて! 今のは事故だろ!? つかキーボードもたけーんだぞ! 落ち着け!」
因みに渚がブッ壊したキーボードは3万以上する。あの2つも壊したら10万だな。エグ。
「それが遺言?」
「お、お、落ち着けぇーーーーッッ!!」
ばんちゃんの両手をブンブンふっている様子は今生の別れを惜しむシーンみたいだが、顔は必死も必死だ。つかただの命乞い、なんか涙は出てるし鼻水も出てる。さっきのキーボードクラッシュの痛みで自然に出てしまってるんだろうけど、哀れだ。
「……ふん、次はないわよ?」
「────あ、ありがとうございます! 渚様!!」
どうやらあまりの見苦しさからばんちゃんは助かったらしい。渚が若干引いている。今にも足にすがり付きそうなばんちゃんから距離をとっている。……渚もスカートだからな、ばんちゃんよせよ。
俺の心の中での忠告はばんちゃんに届かなかった。ばんちゃんは「ありがとう、ありがとう」と呟きながら渚に四つん這いで近づいていく。俺はこのあと運動音痴とは思えないキレのあるローキックをカメラにとらえることができた。それだけは言っておこうと思う。
「────っていつの間にかフォートファイトやってるし」
伸びてるばんちゃんにぐちぐち文句をたれてる渚にカメラを固定した俺は工藤に話しかけた。やはりコイツは自由人だ。
「……ん。いい、ローキックだった」
「はは。それな」
ちゃんといいところまでは見ていたらしい。工藤のしたたかさに思わず笑ってしまった。
「4人、そろったし、やろ?」
「おー! そうだよな、4人なら2V2もできるし、幅が広がるな!」
工藤なら俺達に混じっても全然できるくらい上手いと思う。なかなかの手練れだ。普通に練習になるし歓迎だ。俺もさっさとpcの電源をつけてフォートファイトを起動する。
「おーい2人とも遊んでないでそろそろやろーぜ」
こんこんと説教をする渚とうつむいて正座をするばんちゃんに声をかける。もうこれで動画も止めていいだろう。
「……そうね。今日はこれぐらいにしといてあげるけど気をつけなさいよ? もうばんちゃんは顔出しでやってるんだから、下らないことで炎上されたら私達だって巻き込まれるんだからね?」
「肝に銘じるよ」
渚は最後にまっとうな忠告をした。ばんちゃんもそれをちゃかしたりしない。ここがこのパーティーのいいところだ。やるとこはちゃんとやる、それが分かってれば大丈夫なんだと俺は思う。
「ところで今日の渚は紫か、高校生なのに進んでんな! あっはっは!」
……だ、大丈夫なんだと思う。




