32歩 「清須(1)」
本日より1月5日まで冬休み進行で毎日12時更新します。
「凝香亭でカラオケバトルするぞ! 準備せい!」
今川五郎氏真の指令が伝えられた清須城はその夜、前代未聞の椿事で大騒ぎになった。
特に本丸内の客殿【凝香亭】は、いち早く連絡を受けテンション最高になった斯波義銀さんによって、それこそ現代の歌フェスならぬ野外ライブ会場と化して、わたしらが入城するころには、そうとう賑々しかった。
スポットライト代わりに篝火が立ち、建屋の一階部分がステージに見立てられている。四方はいっせい開放され、書院造のふすまがすべて取り払われ、まるでオープンセットの夢舞台。
このときになってわたしは、ようやく真の意味で斯波義銀というコギャル子と今川氏真というナマイキ娘の行動力を識った気がした。
いつの間にあつらえたのか、赤やオレンジや黄色などの可愛らしい花々がちりばめられた、今のお店でも売り物になりそうな浴衣に身を包んだ若武衛ちゃんが、勝手しだいに招き入れた聴衆を前に、得意の歌唱を披露していた。
その舞台度胸、衣装の着こなしのセンス、アイドル顔負けのルックスもさることながら、なんといっても観衆を引き付ける芸能スキルに、わたしはボー然とした。
「清須界隈の民衆をあますことなく招いた。みな大いに楽しんでおろう」
年配の公家装束さんが扇子をヒラヒラさせつつ、笑みを向けて来た。てか、貴族の格好なのに、荒々しい剛毛の口ヒゲがやたらインパクト強い。
ダレ? この人?
「坂井大膳殿だ」
ずんぐりした体型のこのヒゲのオッチャンは、尾張国守護、武衛さまこと斯波義統に仕える守護代、織田大和守信友の直属の部下なんだって。
「じゃが、用心せいよ」
前野将右衛門さんは付け加えた。
このオッチャンが、実はいまの尾張国の陰の実力者ナンバー1であり、織田美濃こと乙音ちゃんが目指す尾張統一の最大の障害になっている人物らしい。
――はぁ。この小太りヒゲのオッチャンがねぇ。
中庭に敷かれた毛氈の上に席を設け、本来上司であるはずの織田大和守がしきりにオッチャンに話しかけている。オッチャンは時折、うなづきを返している。
わたしはこの大和守さんが尾張の最大権力者だって認識してた。
でもそれは違ってて。
織田信長・織田美濃の上司が織田大和守で、そのさらに上司が武衛さまで。
けれども真の実力者1位はその誰でもない、ここにおわす坂井大膳さんなるオッチャン。
結構フクザツな人間関係に混乱しまくりだ。
そこにさらに今度は氏真が歩み寄ると、ふたりがふたりして弾かれたように数歩アタマを前に向けたまましりぞき、平伏した。
「――そして。これが現在の尾張の有様だ」
将右衛門さんが自嘲気味につぶやいた。
おそらく考えられるのは、今川氏真を無遠慮に尾張の中枢に入り込ませているのはこのふたり。
「大和守! 見てみろ、まわりの連中を。みんなとっても楽しそうだろう?! 民は総じて幸せなのだぞ!」
「は。左様にございますな」
氏真の満面の得意顔に、全身全霊の相づちで応えたのは坂井大膳。ヒゲのオッチャンの方。
「まさにまさに」
とにかく同意するのは大和守。
なんとなく情けない絵面。
けれども。
民らが享楽におぼれているのは、うそっぱちでも、お上へのへつらいでもない。紛れもない事実なのだ。疑いをはさむ余地なんてこれっぽっちも無い。
「どう思う? ……藤吉郎」
ざわつく胸中を探るように、そっと将右衛門さん。
「どうって……。清須の織田大和守家には平和があるんだなぁって」
「ふむ。……それでは那古野の織田弾正忠家は?」
「ん? そうねぇ、なんだかいっつもピリピリしてるかな? 侍さんも、民も」
「それはナゼだと思われる?」
「そりゃあ。四方、どこ見回しても敵ばっかだもの。ノンビリ過ごしてらんないからじゃない?」
「そう、それ」
将右衛門さんは眉をひそめた。
「ゆえに、清須は早晩ほろびる。かたや那古野はしぶとく生き残る」
「……どういうイミ?」
将右衛門さんは例によって煙管を出し、プカプカと煙を吐き始める。
なんだよ。もったいつけてんのか。
ブクマ6件目御礼!「疑ってました、ごめんなさい」




