30歩 「襲撃」
昭和の珍品を献上した返礼として、守護館から出るときに渡された金子を頼りに高級旅籠に移ったわたしたち一行は、その日の晩、とんでもない騒ぎに付き合わされることになった。
ゆっくりと湯船につかり至福の時を過ごしたまではよかった。
――が、自室に戻るや否や、又左が肩に手を回してきた。狼狽えてたら更に男子特有の角ばった手で口をふさがれ、その場に押し倒され。
まるでその状況に釣られるようにして部屋の灯りが途絶えた。
「んうう!」
激しく抵抗しようとするが、男の子の力にはとうてい敵わない。これはもはや、怨念をこめた呪いでしかコイツをやっつけられないと観念しかけた。
「阿呆か、大人しくしてろ。襲撃だ」
なんだあ、それならそうと早く教えてほしいっての!
――って、襲撃ぃ?!
「誰が? 相手は?」
戦国時代への往還も今回で5回目くらいになるわたし。
(清須訪問準備のために何度か往復したのだよ)
だから大概の事には慣れたつもり。息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。
そうしてから彼に尋ねた。……ダメだった。
「声が震えてて何言ってんだか、分かんねえぞ?」
はいはいっ、ごめんなさいね!
きつく抱きついた彼の腕の温かさにようやくにして気付いたわたしは、彼に感付かれないようにそおっと手を離した。手の甲が緊張の汗でべっとりとにじんでいた。恥ずかしくて、スカートすそでこっそりぬぐった。
暗闇の渦中、続けざまに火花が散る。
その、一瞬発した金属音から、刃と刃のぶつかりあいだと判った。
「グッ」
――と、短く低い呻き。それとともに、たじろぐ相手の気配。
「……今のうちに裏から出るぞ」
ポツとつぶかれるや手を握られたわたしは、賑やかな裏通りへ連れ出された。
又左にガッシリ肩を抱えられ、完全に身を委ねるわたし。
背の高さあんまり変わんないって思ってたのに彼の横顔は見上げる位置にある。フシギ。
「聞いてるか? 裏通りに逃げるぞ?」
「う、うんっ。はい」
ヤッバイヤッバイ。わたし命とられかけてんだよ、お花咲かせてる場合じゃなかったよ!
……でもォ、カッコよすぎ……。
「だいじょうぶか? 走れるか?」
「はいっ。ずっーと走れます、いつまでも走れます!」
チラリと歯を見せる又左。
「よし、いーぞ。その意気だ」
キュッと彼の指先に力がこもったのを感じた。
うひぃぃ。
なんならもう一度押し倒してくれてもいーよ? 又左くんっ。




